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五話 『鍛冶師』バルクホルン-3

「わかった、俺が、悪かった」


 クラフトに治療を施されたバルクホルンは、開口一番そう言った。


「お嬢ちゃんを見くびってた。まさかここまで強いとは思わなかった」


「す、すみません」


「いやいや、思いっきりこいっていったのは俺だからな。いい一撃だった」


 腹を撫で擦りながら、バルクホルンは呵々大笑する。

 手の平で押されただけだったから無事だったものの、固く握った拳だったら恐らくその身は真っ二つになっていただろう。


「だがあれじゃあわかんねえんでな。もうちょっと手を抜いて、組手してくれるか?」


「手を抜いて……ですか。やってみます」


 初めて要求される注文に少し考えて、アゼルは頷く。


「で、悪いがこっちの方は本気で行かせてもらうぜ」


 言うや否や、バルクホルンの身体は真っ黒な鎧に包まれた。

 全身を隈なく覆うフルプレート・アーマー。


「ほう……」


 それを見てクラフトは目を見開き、感嘆の声をあげた。


「凄い鎧だな」


「お、わかるか」


 兜の中からくぐもった声で、嬉しそうにバルクホルン。


「これでも『人形師』だからな」


「いやあ、嬉しいねえ」


 陽気に言いながら、バルクホルンはぐるぐると腕を回し、先ほどと同じように構える。


「さあて、仕切り直しだお嬢ちゃん。どんと来い」


 言ってから、


「さっきの半分くらいの力でな!」


 そう慌てて付け足す。


「はんぶん、くらい……」


 アゼルは困ったように眉根を寄せる。しかし不意に何か名案が浮かんだらしく表情を輝かせた。


「わかりました、行きます!」


 言って、彼女はすっと片足をあげる。

 構えというものを取らなかったアゼルが見せるその中国拳法のようなポーズに、クラフトとバルクホルンは内心首を傾げる。


 しかし一瞬の後、彼らは同時にある可能性に気付いた。

 それを裏付けるかのように、アゼルの身体が加速する。


 ――片足は上げたまま、もう片方の脚だけで地面を蹴って。


 いわゆる、"ケンケン走り"だ。

 十メートルほどの距離をたった二歩でつめ、アゼルは腕を突きだす。

 そして振りぬかれる腕もまた、片方のみだった。


 身体の半分だけを使えば、その力もまた半分になる。

 そんな単純な発想なのだろう。

 だが、弾丸の様に飛び、結果としてその体重全てを乗せる事になった一撃の威力は、半分どころか下手をすると先の一撃を超える。


 それを、バルクホルンは十字に構えた腕で受けきった。


 その巨体が押され、地面に二本の轍を作りながら下がる。

 しかし、壁にぶつかるギリギリで、彼は踏みとどまった。


「いいぞ、もっとだ。どんどんこい!」


 手を止めるアゼルに、バルクホルンは吼える。


「はいっ」


 アゼルははっとして頷き、更に攻撃を加えた。

 コンビネーションもフェイントもなくただひたすらに、足で拳でバルクホルンを打ち据える。技も工夫もないシンプルで愚直な攻撃。だが、その手数は途方もなく多い。まるで小型の嵐の様だった。


 間断なく打ち鳴らされる金属音。歪み、傷つき、凹みながらも、しかしバルクホルンの着込んだ鎧は彼自身に致命的な傷を与えることなく守り抜く。


「ふっ」


 十分ほどもそうしていただろうか。

 止まることなくバルクホルンを打ち続けていたアゼルは息を大きく吐き、ほんの一瞬だけその動きを止める。


 そこを、バルクホルンの太い腕が掴んで宙に吊り上げた。


「ほい、捕獲」


「わわっ」


 片腕を掴まれ宙にぶら下げられては、流石のアゼルも動きようがない。



 ないだろう、とバルクホルンは油断した。



K(かぜの)OおようふくIいっしゅん


 くるりとアゼルの身体が宙で回転し、掴まれたまま彼女はバルクホルンの腕の上に立った。


「ちょ……」


「待て、アゼル」


 高々と振り上げられ、そして振り下ろされた彼女のかかとが、バルクホルンの手首に触れるか触れないか辺りの位置でピタリと止まる。その圧力によって作られた風がぶわりと辺りを薙ぎ、クラフトの前髪を揺らした。


「それをやると、流石にバルクホルンの腕がもげる」


「ご、ごめんなさい」


 驚きに手の力を緩ませるバルクホルンの手からするりと抜けだし、アゼルは慌てて頭を下げた。


「いや、まあ、驚いたが、そういう動きも出来るわけか。参考になった」


 兜を脱ぎながら、バルクホルンは溜め息をつく。


「『五方五帝、四時四氣、捧ぐるに祿人を以てし禍災を除かむことを請ふ』」


 そして何やら呪文のようなものを述べると、彼の鎧がガチャガチャと音を立てながら蠢き始めた。傷つき、凹んだそれはあっという間に元通り、新品同様の輝きを取り戻す。


「鎧、すごく硬かったです」


「その硬い鎧を全力でぶん殴って傷すらつかねえお嬢ちゃんの拳の方が驚きだけどな」


 感嘆の声をあげるアゼルに、バルクホルンは呆れ混じりにそう答える。


「どんな魔法がかかってるんですか?」


「かかってない」


 何か秘密があるに違いない。

 そう思って尋ねたアゼルに、クラフトが首を振った。


「直したのはバルクホルンが使ったただの魔術だ。鎧自体には何の魔法もかかってない。あれは、ただの鉄の塊だ」


「ただの、とは言ってくれるなあ」


「では訂正しよう。非常に高度な技術を使われた、鉄の塊だ」


 素材も、魔法の付与も、何も特別な事はしていない。


 ただのその製法と、厚み。

 それだけでアゼルの攻撃に耐える程の強度を備えた鎧を、バルクホルンは作り上げたのだ。


「その鎧を着る為なんだな、そのアバターは」


「それだけってわけじゃないんだが……まあ、そういう事だ。俺は鍛冶師であって剣士じゃない。切った張ったは出来ないからな。こうして分厚い鎧に亀みたいに閉じこもって、動きをじっくり見させてもらってるってわけだ」


 バルクホルンは軽く言ったが、勿論そんな簡単なものではない。


 どれほど強固な鎧であろうと、それには必ず隙間があり、弱点がある。

 しかし彼は嵐のようなアゼルの攻撃を、全て鎧の硬い部分で受け止めていた。

 そうでなければいくらなんでも鎧ごとゴミクズの様にバラバラにされていただろう。


「だが、しかし、どうしたもんかなあ……」


 バルクホルンは鎧を脱ぎ捨てると、頭をガリガリとかきながら地面にどっかりと腰を下ろした。


「まず、弓だのなんだの遠距離武器はなしだな。折角の運動能力が無駄になる」


 座ってようやく頭の高さが同じくらいになるアゼルを見つめながら、彼はぶつぶつと呟く。


「槍。これもねえな。斧。論外だ。剣。悪くはないが……無駄が多すぎる」


 何となくアゼルはその前に正座して、彼が結論を出すのを待った。


「……やはり、アレしかねえな。よぉし、決まった!」


 何十分そうしていただろうか。

 やおら彼は膝を叩くと、すっくと立ち上がった。


「何を作るか決まったぜ。お嬢ちゃんに相応しい、最高の武器を作ってやる」


「何を作るんだ?」


「そいつは、見てのお楽しみって奴さ」


 クラフトの素朴な問いに、バルクホルンは悪童のような笑みで答える。


「まあ、まずない事だろうが、気に食わないなら作り直してやるから安心しろ」


「……わかった、信頼しよう」


 一流の職人にはそれぞれ自分のやり方というものがある。

 バルクホルンにも、彼なりの美学があるのだろう、とクラフトは頷いた。


「別に急いでいるわけではないが、いつ頃できるかは教えてくれるか?」


「そうだなぁ……」


 バルクホルンはざらりと顎を撫でる。


「明日の昼ごろには出来るんじゃねえかな」


 そして、恍けた顔でそう言った。

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