五話 『鍛冶師』バルクホルン-2
その翌日。クラフトとアゼルは、ライカに紹介された工房へと足を運んだ。
路地の奥にひっそりとあるクラフトの工房と違って、バルクホルンのそれは大通りに面した大きな建物だ。飾り気の少ない巨大な扉を、アゼルは目を丸くして眺めた。
それはあまりにも大きすぎて、もはや扉というよりも門と言った方がしっくりくる。
「おう、おう、よく来たな」
何故そんな扉がついているのかという疑問は、中に入るなり氷解した。
笑みを浮かべて男がこちらへと大股で向かってくる。
一歩踏み出すたびにずしんずしんと足音が鳴り響く。
目の前にやってきた彼を、アゼルは殆ど真上を向くようにして見上げた。
「あんた達だろ、ライカの言ってた、俺に武具を作ってもらいたいってぇのは」
ドラ声が、雷鳴の様に響き渡る。
背丈がアゼルの半分しかなかったライカとは真逆に、男はクラフトより倍以上大きかった。
「クラフトだ」
「おう、『人形師』。噂はよく聞いてるぜ。俺はバルクホルンだ」
「それはお互い様だ、『鍛冶師』」
アバターを義体に交換する人間は、珍しくもない。
葵の様に手足を変えれば普通の人間よりも強い力を出せるし、顔形だけを変えるものもいる。
大元となる自分自身の身体を変更すればいいだけだから、その難易度はアゼルの身体の様に一から作るのとは比べ物にならないほど簡単だ。
しかし、流石にバルクホルンの様に極端に体格を変える人間は殆どいなかった。
単純にそこまで変えるのは難しいという事もあるし、現実に戻った時に実際の自分との差異に混乱してしまう可能性もある。
だからこそ、彼は原点の中でも有名な存在だ。
先代『鍛冶師』を抜いて今は彼がその称号を受け継いでいるが、かつては『巨人の鍛冶師』と呼ばれ、その時点で原点並みの知名度を誇っていた。
勿論、実力もそれに相応しいものであったが。
「えっと……アゼルです。よろしくお願いします」
声色にほんの少し怯えを滲ませ、しかしアゼルは礼儀正しく頭を下げる。
そんな彼女を見て、バルクホルンはその場に片膝をついてアゼルと視線の高さを揃え、手を差し出し、
「バルクホルンおじさんだよー☆ バルって呼んでいいからね」
虎をも噛み殺さんと言わんばかりの凶相で、そう言った。
本人としては満面の笑みを浮かべているつもりである。
アゼルは恐る恐る、差し出された彼の人差し指に触れる。
ゴツゴツとした岩の塊のような手から突きだした指は太く、アゼルの手では指一本を握るのが精いっぱいだ。
そっと握るとそれは暖かく、意外にも柔らかな感触を返す。
「よろしくお願いします、バル」
嫌な感じは全くしなかったことに安堵して、アゼルはぱっと笑顔を浮かべた。
シグルドの指に触れた時のような感触がしたらどうしようと、内心危惧していたのだ。
「……おい、クラフトさん」
そんなアゼルを見て、バルクホルンは唸る様に低く声をあげる。
「なんだ?」
「この子、滅茶苦茶良い子だな」
「だろう?」
鬼瓦のような顔を破顔させるバルクホルンに、クラフトもしかつめらしい表情を和らげる。そんな彼を見て、アゼルもニコニコと笑った。
結果として、天国の様に穏やかな地獄のような光景が広がっていた。
例えるなら、鬼と羅刹と天使各一である。
「いやあ、小さい子は大抵俺の顔見ると泣きだすんだけどなあ。怯えてると思ったら、全然動じてやしねえ」
「……小さい子?」
単に自分の背丈に比べて、というニュアンスではなかった。
「中身は十かそこらってとこだろ? この子」
当たり前の様にいうバルクホルンに、クラフトは驚いた。
生まれてからは二年だが、精神的な成長具合は恐らくその程度だろう、というのがクラフトとミケーネの見立てであったからだ。
アゼルの外見上の年齢は十六、七といったところ。
所作も落ち着いているので、パッと見てそれを見抜ける人間はそうはいないはずだ。
「当たらずとも遠からずと言ったところだが、良くわかるな」
「そりゃあ俺はロ……んん。いや」
バルクホルンは言いかけ、一つ咳払いする。
「子供が好きだからな」
「なるほど。俺も子供は好きだ」
自分の言うそれとはニュアンスが違う事にも気が付かずに、クラフトは笑みを浮かべてそう答えた。
「で、この嬢ちゃんに武器を作れってか?」
「ああ。材料はこちらで用意した」
クラフトは懐からカタハミを取り出す。
小さな球体が大きく口を開いたかと思えば、その中から鉱石がごろりと出てきた。
「ミスリル鋼だな」
製錬もされていない鉱石の塊を見て、バルクホルンはあっさりとその正体を見抜く。
ミスリル鋼。
現実ではフィクションにしか出てこない金属だが、そんなものもCCの中には実在する。
鉄よりも遥かに軽く、硬く、粘り強いのが特徴で、武具を作る素材としては最上のものの一つに数えられる。
「ふぅむ……」
バルクホルンは無精ひげの生えた顎をざらりと撫でて、アゼルを見つめながら考え込むように眉をひそめた。
「ううん……こいつは、いや、だが……」
何やらぶつぶつと呟きながらコロコロと表情を変える巨人を、アゼルはなんだか面白いものを見る気分で眺めた。
「だめだ、だめだ。考えたってしゃあねえな、こういうのは」
バルクホルンは首を振りながら立ち上がり、アゼルを手招いた。
「アゼル。こっちへ来な」
そう言って彼は奥の部屋へと向かう。
やはり彼の身体にあわせて作られた大きな扉を開くと、中庭のような場所に出た。
剣。刀。短剣。槍。斧に薙刀に弓、その他何と呼ぶのかもわからないような武器までもが、壁にずらりと並んでいる。
「好きなもん使っていい。思いっきりぶつかってこい」
その中央に立っていうバルクホルンに、アゼルは戸惑ってクラフトを見た。
「あー……気を付けた方が良い。その子の身体は特別製だ。思いっきりというのは」
「なあに、大丈夫だ。見ての通り、特別製ってんなら俺の身体も同じ事だ。さあアゼル、どんとこい」
「わかりました」
ぐっと腰を下ろして構えるバルクホルンに、アゼルは何も持たずに正対する。
「武器は使わなくていいのか?」
「よく、わからないので」
「良い判断だ」
アゼルが武器を殆ど使った事がないであろうことは、既に見抜いていた。
使う人間であれば、それに応じた癖が出る。
『鍛冶師』であるバルクホルンなら、それを見抜くのは朝飯前だ。
しかし、アゼルにはそれが全くない。だからこそ、彼はどんな武器を作るか悩んだ。
こうするのも実際手合せしてみて、最適な武具を探ろうという目論見だ。
「じゃあ、行きますね」
アゼルは何の構えも取らず、ただそう宣言する。
次の瞬間、ドドドと立て続けに音が三度鳴った。
一つ目は、アゼルの身体が音速を超えて衝撃波を放つ音。
二つ目が、その両手でバルクホルンの身体を押した音。
そして三つ目は、バルクホルンが壁に激突した音だ。
「な……が……」
「なるほど、確かに頑丈だな」
並んだ武器を圧し折り、壁に完全にめり込んだバルクホルンを見て、クラフトはしみじみと言った。
「まさかあれで生きてるとは」




