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五話 『鍛冶師』バルクホルン-1

「いや、おっかしいでしょ」


 武具の素材に良さそうな鉱石を発掘し、報告がてらライカの店に帰った後。

 事の顛末を説明すると、ミケーネが真っ先に呆れた声を上げた。


「何で名前がシグルドで、技がアロンダイトなの。神話系くらい統一しなさいよ」


「ええと、すみません、何がおかしいんですか?」


「シグルドは北欧神話の英雄で、アロンダイトはイギリスのアーサー王伝説に出てくる、ランスロットが持っている剣の名前……ですよね?」


 首を傾げる葵に、アゼルがすらすらと答える。

 一体どこでそんな知識を身につけてきたんだ、とクラフトは一瞬思ったが、そんなことは考えるまでもない。


「そう。しかも、アロンダイトなんて剣、そもそもアーサー王物語自体には出てこないのよ。出てくるのは十四世紀中頃に書かれた――」


 この妙にオタク気質な迷宮主が、元々仕込んでいたに違いなかった。


「どう?」


 ぺらぺらと蘊蓄を垂れ流すミケーネを完全に無視しながら、シルウェスはクラフトに問う。彼はシルウェスが切り飛ばした大鬼の腕を解析している真っ最中だった。


「……やはりこれは誰かの作品ではない、と思う」


「思う、ですかー?」


 クラフトにしては曖昧な言葉に、ライカは首を傾げる。


「ああ。人間が人工的に作品として作った際に必ず出る癖や偏り、あるいは、こだわりや美学……そう言った類のものは全く見られない」


 言いながら腕をぽいと放り投げると、カタハミが大きな口を広げてそれをぱくりと飲み込んで、クラフトの袖の中に潜り込んだ。


「俺に見抜けないくらいに、そう言った痕跡を消せる人間が作ったというなら、話は別だけどな」


「なら、大丈夫」


 シルウェスはあっさりとそう請け負う。


「そんな人間はいない」


「それはそれで変なんですけどね」


 お茶を出しながら、ライカが口を挟んだ。


「山にいたのは確かに、百程度の小鬼の群れだったはずなんです」


 今回の件はいうなれば、ライカのミスだ。

 斡旋する話がどの程度の脅威であるか、依頼する相手にそれを解決する能力があるのか。それをしっかりと見極め、適切に仕事を振るのが斡旋屋の腕というもの。


 クラフトたちのお陰で結果的には問題なかったわけだが、それは偶然に過ぎない。

 ライカ自身は小鬼たちの討伐を、比較的初心者向けの依頼と思っていたのだから。


「あんな大きい山に何匹小鬼がいるかなんて、わかるものなの?」


「わたしは『斡旋屋』ですよ?」


 幼い頬をぷくりと膨らませ、ライカは鋭い視線をミケーネに向けた。


「百の中にたった一匹の王や魔術師がいるかどうかなら、それは流石にわからないでしょう。でも、数千を百と間違えたり、何十もいる王や魔術師を見過ごす事なんて、ありえません」


 そうきっぱりと断言する。


「……となれば残る可能性は魔法だが」


 一同の視線が、ミケーネに向く。彼女は慌てて首を振った。


「いや、魔物じゃないよ。魔法がかかってたわけでもない。あれは天然の小鬼、もしくは誰かの作品。それだけは確実」


 注目されて居心地が悪そうに、しかし自信を持ってミケーネはそう言った。


「……つまり、どう言うことなんでしょう?」


 アゼルは首を傾げる。


 クラフトは作品ではないと言いはり。

 ミケーネは魔物ではないと言い張り。

 ライカは、天然ではないと言い張っている。


 だがこの世界に、そのどれでもないものというのは存在していないのだ。

 それぞれが、それぞれの専門家。それも超一流、その道で最高の人物だ。

 しかし、誰かが間違っている。


「……どちらにせよ、実状が情報と異なっていたのは確かです。原因が何にあれ、わたしの手落ちです。すみませんでした」


 真っ先に矛を収めたのは、ライカだった。


「いや、謝ることはない。おかげでアゼルにとってはいい経験になった」


「……嬉しそうに」


 シルウェスは小声でぽつりと呟く。

 アゼルが葵への褒め言葉に嫉妬したのだと気付いてから、彼は実に上機嫌だ。


「っていうか、そのシグルドって奴が怪しすぎるよね」


 シグルドに切り裂かれた、大鬼の身体。

 その切り口は、シルウェスのそれとはまったく別のものだった。


 シルウェスは構造上硬くしようのない関節部位を狙って切り裂いたが、シグルドは脳天から真っ二つだ。一体どれだけの剣と膂力を持てばそんな事が出来るのか。


「全くの無関係とは思い難いですね」


 しかもそれだけの腕を持ちながら、『斡旋屋』と呼ばれるライカすらその素性を知らないのだ。


「責任を持って、調べておきます」


「私も」


 立ち上がるシルウェスに、ライカは瞠目した。

 今回の件は明らかにライカの失態であり、取り返さなければならない。

 だが、シルウェスにそれを手伝う義理はないように思えた。


「嫌な予感がする」


 そんな彼女の思いを察してシルウェスが言うと、ミケーネは明らかに嫌そうな顔をした。


「止めてよね、アンタのそう言う勘ってよく当たるんだから」


 そんな彼女に何も言わず、シルウェスはただミケーネをじっと見つめる。


「……わかったわかった」


 そのまま数秒見つめ合い、ミケーネは深く息を吐く。


「あたしも手伝えばいいんでしょ」


「ふむ」


 何やら大事になってきた、とクラフトは思う。


 職人でない人間をそう呼ぶことはあまりないが、『斡旋屋』であるライカも原点(オリジン)の一員ではある。

 原点が三人も絡む話というのはなかなかあるものではない。


「では、俺はアゼルの武具を作る」


「アンタもブレないね、別にいいけど!」


 だが飽くまでクラフトの最優先事項は愛娘であった。


「あ、それなんですけど」


 と、そこにライカが口を挟む。


「折角だったら万全を期しませんか?」


「どういうことだ?」


「勿論クラフトさんも人形を作っている以上、その衣服や武具の造詣も深くていらっしゃるのでしょうが、餅は餅屋とも申します。超一流の仕事には、超一流の仕事を持って応えるのが相応しい」


 立て板に水とばかりに、ライカは並べる。


「武具作りの原点。『鍛冶師』バルクホルン。


 今なら格安でご紹介しますよ」


 にっこりと、幼い斡旋屋は無邪気な笑みを浮かべた。

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