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四話 『青き鎧の戦乙女』葵-7

「えーい!」


 アゼルは小鬼を掴み、投げ放つ。


H(ほのおの)YTたくさん!」


 隊列が崩れた所に炎の矢を放ち、その隙を狙って飛んできた攻撃を素早く跳ねて避ける。

 葵は信じられない思いを抱きながら、その横で剣を振るっていた。


 強いか弱いか、と言われれば、アゼルは間違いなく強い。しかしクラフトほどに圧倒的ではない。


 クラフトにはどう頑張っても勝てる気はしない。

 百度戦えば百度負けるだろう。


 しかしアゼルになら勝てる。

 勝敗条件にもよるが、試合形式であれば百回中八十回は勝つ自信があった。


 隙は無数にあり、漬け込む余地もまた無数。

 動きは無駄だらけで非効率極まりなく、全く洗練されていない。



 なのに、こんなに強い。



 確かに力は強い。動きも早い。反射神経も物凄く鋭い。人間とは思えないレベルだ。


 だが動き自体に限れば、MoDにはそんな人間は幾らでもいた。

 CCと違ってスキルでの補正が効くMODなら、葵だってアゼルより強く早く鋭く動けた。


 だが、それは飽くまで現実の延長だ。


 アゼルの動きは何かが根本的に違った。

 何が、と言葉にするのは難しいが、少なくとも葵はアゼルのような戦い方をするプレイヤーをMoDでもCCでも見た事がない。


 まるで……と、彼女は非現実的な事を思う。

 まるで、現実世界でもこんな動きが出来るかのような戦い方だ、と。


 人とは本来、脆弱な生き物だ。だから、それを工夫で補ってきた。

 より大きな敵、より強い敵を、技と武器とを持って打ち倒す。

 それは仮想世界やゲームの中でも同じ事であって、葵の動きもその延長線上にある。


 だが、アゼルは違う。


 虎は武術を習わない。だが、人よりもはるかに強い。

 アゼルの動きは虎の動きだ。人間が長年積み重ねてきた工夫と技を、仮想世界で手に入れた大きな力に合わせて改良したものとはまるで違う。

 元々そう言った力を持ったものが、思うがままに揮う力のようだった。


 もしこれがもっと洗練されて、無駄をなくしていったら。

 葵はそう考えると、恐ろしささえ感じた。


 クラフトは強い。だが、その強さは理解できる強さだ。

 優秀な盾役(タンク)に、的確に敵の戦力を削ぐ攻撃役(アタッカー)

 そしてそれを保護する支援役(バッファー)と大威力の攻撃を放つ火力(ニューカー)がいて、クラフト本人は優秀な回復役(ヒーラー)として振る舞う。


 RPGの教科書に載っているかのような、合理的な戦い方だった。

 熟練のパーティが行う最高の連携をたった一人でこなして見せる。

 それは脅威どころの話ではない。ないが……


 その頂きは確かに、地面と繋がっている。


 それに比べ、アゼルの強さは理解不能だ。

 縦横無尽に戦場を駆け、効率も理もなく存分にその力を振るう。


 彼女の身体が特別性であることは、既に葵も理解していた。

 速い。強い。硬い。凄まじい性能だ。しかし、それだけなら怖くもなんともない。

 小鬼たちの物量の前に、とっくの昔に潰されてしまっているだろう。


 だが、そうならない。一見無謀としか思えない突出の先には綺麗なスペースが空いていて、アゼルはそこに身体を潜り込ませ、暴れ回って敵を引き付ける。周囲から殺到する敵を処理しきれなくなる頃には、次のスペースが空いている。そんな具合だった。


 今はまだその動きも危なげで、葵のフォローが無ければ窮地に陥ったであろう場面も度々ある。しかしそれも今だけの事で、あっという間に葵は抜き去られ、そして二度と追いつけないだろうという予感があった。


 現にこの短い時間の中で、アゼルの動きは確実によくなってきている。

 小鬼たちの群れを倒してしまうのに、それほどの時間はかからなかった。


 葵の指揮でアゼルに後衛を任せ、戦わせていた時の方が戦況は遥かに安定していた。

 それは確かだ。


 しかし、倒すスピードそのものは、彼女が好き勝手に戦いだしてからの方が圧倒的に早かった。


「頑張ったな、アゼル」


「はい!」


 満足げな表情でクラフトがアゼルの髪を撫で、彼女は息を整えながらも笑顔を弾けさせる。


「葵の戦い方がとっても上手かったので、勉強になりました!」


「え?」


 そして続いた言葉に、葵は思わず顔を上げて目を丸くした。


「そうだな。お前に一番近いんじゃないか」


 何を言っているんだろう、と思っていれば、クラフトまでそんな事を言い始める。


「近い、って……」


 今まさに、その差をまざまざと見せつけられたところなのに。


「相当弄ってるだろう、その身体」


 そんな考えを見抜くように、クラフトの視線が葵に向いた。


「わかるんですか?」


「伊達に『人形師』などと呼ばれてない」


 クラフトは葵の腕をつかむと、すっと指を滑らせる。


「手足の筋肉がだいぶ入れ替えられているな。元々よりもかなり高出力だ。速筋よりも遅筋……持久力を重視したつくりだ。現実ではもっと背が低いんだろう? 重心のかけ方でわかる。なかなかいい仕事をしている。知り合いに魔法使いがいるのか?」


「ええと、いえ、自分でやりました。と言っても魔法じゃなくて、補助ツールを使ってですけど……僕はコードとかよくわからないので」


「なるほど。それでも大したものだ」


 クラフトは感嘆の息を漏らしながら、更に手の平を這わせた。

 すると葵のところどころについた火傷や切り傷が、見る間に消えていく。


「あの……すみません、アバターとはいえ、ちょっと恥ずかしいです」


「ん。ああ、悪い」


 言われて初めて、クラフトはかなり遠慮なく彼女の身体をぺたぺたと触って確かめていたことに気づいた。


「その、すまん。職業病みたいなものなんだ。美しい義体を見るとつい……」


 誤魔化すように咳き込みつつ、クラフトは手を離す。


 その身体が、真横に吹っ飛んだ。


「え?」


 驚きの声は三つ。


 目の前からクラフトが消えた葵と。

 地面に転がったクラフトと。


 そして、その手でクラフトの身体を押したアゼルが、異口同音に声を上げた。


「……アゼル?」


 信じられないものを見るような表情で自分の手を見つめる娘に、クラフトは身体を起こしながら声をかける。


「……ごめんなさい!」


 瞬間、アゼルは弾かれたようにぱっと身を翻し、駆けだした。

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