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四話 『青き鎧の戦乙女』葵-6

「……!」


 容易く弾かれた剣を見て、シルウェスは僅かに目を見開く。

 ぶんと振られる剛腕を彼女は避けようともせず、くるりと背を向けた。


 シルウェスの身体よりも太い腕が、彼女を捕えられずに壁を殴りつける。

 激しい音と共に岩肌が砕け、まるでクレーターのように岩壁が抉れた。


「もうっ、無茶すんなあ!」


 阿吽の呼吸でミケーネが空間を捻じ曲げ、攻撃を逸らしたのだ。

 シルウェスが避ける動作を見せもしなかったのはそれを察知したからだが、当たれば確実に死んでしまうであろう一撃を前にそんな風に振る舞われるのは、ミケーネとしてはヒヤヒヤするどころの話ではない。


「強い」


 そんな彼女の抗議の声もどこ吹く風で、シルウェスは短くそう言った。


「ん。あれ、変だね。小鬼ってレベルじゃないわ」


 そんな事は見ればわかる……というレベルの話ではない。


 CCはゲームではなく、『理論上、何でもある』世界だ。当然、同じ小鬼と言ってもその性質は発見者ごとに異なり、中には亜種や変種、突然変異と言ってもいいくらいに性質を異にする個体だって存在する。


 だが、今彼女たちの目の前に立ちはだかる大鬼は、単純に身体が大きいとか力が強いとか、その程度の差とは根本的に異なる存在だった。立場は異なれど、多数の魔物や怪物に関わってきた彼女たちだからこそ断言できる話だ。


「硬い」


 シルウェスは珍しく表情をハッキリわかる程に曇らせて、己の剣を見つめた。

 超一流の彼女が持つそれもまた、超一流の職人が作ったものだ。


 その刃が、欠けていた。


 硬さよりは鋭さを重視して作られているとはいえ、鉄さえ易々と切り裂く刃が、彼女ほどの使い手に振るわれて欠けるとは尋常な話ではない。


「これはちょっと本腰入れないとキツいかもねえ」


 そんな会話をする間にも大鬼の拳は嵐の様に振るわれ、壁と言わず床と言わず粉々にしていく。シルウェスを当たらなければどうという事もないとでも言いたげに最小限の動きでひらひらとかわす。


「速い。強い。硬い」


 その凄まじさは常軌を逸していると言ってよかった。ミケーネの倍近い体躯を持っているのに、普通の小鬼よりも俊敏に動くのだ。


「それだけ」


 だが、シルウェスにとってそれはさほど問題とはならなかった。

 攻撃方法はただ殴るだけ。特殊な武器も魔術も使わず、フェイントすらなく愚直に拳を振るうのみ。ならば、動く速さが音を超えようと対処する自信があった。


 奥の手を警戒して『大きく』身を躱していたシルウェスが、攻勢に打って出る。

 最小限の動きで数センチだけ距離を取っていたその攻撃を、重心移動だけで数ミリ避ける。風圧で彼女のつけた皮鎧がザクリと裂けるが、彼女自身に傷はない。

 シルウェスはその動きに合わせて刃を立てて、真っ直ぐ大鬼の目を突いた。


 そして返ってきた硬質な感触に、流石の彼女も目を見開く。


「嘘でしょ、それでもだめなの?」


 眼球を突いてなお無傷。その強靭さにはミケーネも絶句する。


「解析」


「さっきからやってるけど、全然効果がないんだよ!」


 防御魔術というものには幾つか定石とも言うべきやり方がある。

 例えば、身体の表面に見えない保護膜を被せるタイプや、斥力を身体の周りに作り上げて物理攻撃を反射するタイプ。空間を捻じ曲げ、間合いを誤魔化して防ぐタイプ、などなど。


 そしてそれに対処する魔術もまた、そのパターンにあわせたやり方というものが存在した。

 保護膜タイプなら簡単だ。単にその膜に穴をあけてやればいい。

 斥力の場合は力を中和するか、斥力を無効化できるくらいの力を攻撃に込める、といった具合に。


 しかしミケーネが思いつく限りの方法で対処しても、大鬼にはまるで効果が無いようだった。

 ダンジョンマスターの称号を持ち、数多くの魔法を作り上げ、無数の魔物を操ってきた自分でさえ知らない方法があるのかと、ミケーネは半ばパニックに陥る。


「……わかった」


 そんな彼女に、シルウェスは頷いた。


「何、どんな魔術!?」


「魔術は使ってない」


 ミケーネほどの魔法使いが解析できないなら、それは単にそんなものは存在しない、という事だ。シルウェスはそう素直に判断した。


「ただ硬いだけ」


「なっ……」


 ミケーネは再び絶句する。魔術を使っているなら、まだわかる。

 だが身体そのものがシルウェスの剣を弾くほどに硬いなんて事はありえない。

 ドラゴンの鱗だってそこまで硬くはないし、クラフトの人形の中にもそこまで硬いものはいない。


「それ、じゃあ……」


 震える声で、ミケーネは絞り出すように言った。

 シルウェスはコクリと頷く。


「楽勝じゃないの」


「そうね」


 二人は同時に、ほっと息を吐いた。


「あーもうびっくりしたー。アンタの剣を弾くレベルの魔術師がいるのかと思っちゃったじゃない」


「少し驚いた」


「ほんと、ビビらせないで欲しいわ」


 明らかに弛緩し、油断しきったシルウェスに、小鬼は豪腕を振り下ろす。



 その腕が、ぽんと飛んだ。



「しかしこれ、何なんだろねえ」


 地面に落ちた腕を、ミケーネはつんつんとつつく。


「誰かの作品?」


「っていう可能性が濃厚かなあ。それにしてもおかしいけど。こんなに硬くする技量があって、こんなの作るかなあ?」


 とにかく頑丈なものを作れ。

 仮にそういわれた場合、クラフトなら中までぎっしり詰まった球体を作るだろう。

 単純に強度だけを追い求めた場合、それが最善だからだ。


 では、人形にするならどうか? その結果が、アゼルだ。

 彼女の身体はどこまでも柔らかでいながら、実に頑強だ。

 しかしそれは奇跡的なバランスと匠の技術によって成し遂げられているのであり、単に硬くすればいいなどという類のものではない。


 何故なら、全体を固くしてしまっては動かなくなるからだ。

 体内の筋肉は当然として、関節部だって柔らかくしておかないと腕を曲げる事も出来ない。だからクラフトは、剛性と柔性を織り交ぜている。


「確かに変」


 シルウェスはぶんと振られる大鬼の左腕の肘関節に剣を差し込んだ。

 刃は大鬼自身の腕力と合わさって易々と関節部に食い込み、腕の肘から先をぶつりと断ち切る。何気なくやってはいるが、ほんの一瞬でもタイミングがずれれば彼女自身がミンチになるであろう神業だ。


 表面だけを硬くするという事は、こういう事だ。

 魔術による防護でないなら、シルウェスにとっては隙間だらけの鎧を着ているのと大差ない。その隙間に剣を差し込んでやれば斬れるし、鈍器があるなら上から叩いてやっても良い。


 とはいえ、ここまで硬くするというのは、それだけでもそうそうできる事ではない。クラフトでも出来るかどうか。だがそれにしては、構造も攻撃パターンも稚拙すぎる。かといって自然発生したにしては強すぎる。


 結局疑問は解けぬまま、シルウェスは剣の血を払って鞘に収め、大鬼に背を向けた。


「これくらいならアゼルに任せた方がよかったかな?」


 無防備なその背に、大鬼は牙を剥く。

 腕が無くても食い殺す。そんな殺意を込めて身体を動かし。


「あの子には、まだ無理」


 その首が、ぽろりと地面に落ちた。

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