四話 『青き鎧の戦乙女』葵-5
「どういうこと!?」
葵は驚きに目を見張った。小鬼の王は、一つの集団に一匹しかいないはずだ。
王を擁する集団同士が偶然出会って、一つの大集団になる事は、もしかしたらあるのかもしれない。
だが、王だけがこれほどの数群れて現れるなどという事はあり得るはずがない。
想定外の光景の中、真っ先に動いたのはアゼルだった。
「HYT!」
彼女の手の平に炎の矢が無数に浮かび、王たちに飛んでいく。
しかしそれを、普通の小鬼たちが飛び出して盾となり、防ぎ切った。
爆炎が晴れれば小鬼たちは多少の火傷を負ってはいるものの健在で、その隙間から反対に炎の矢が飛んでくる。
「嘘でしょ、魔術師まで!?」
葵は悲鳴じみた声をあげた。
数の分布としては、王を擁する集団であればその中に二、三体魔術師がいても不思議ではない。
しかしその法則が目の前の集団にも成り立つとするなら……考えたくもない悪夢だった。
「シル、これは流石に……」
手助けがいるんじゃないか。
そう言いかけたクラフトは、あらぬ方向を見ているシルウェスの視線を追って愕然とした。
「わお。何あれ」
他人事のように、ミケーネが口にする。
その先には、もはや小鬼と呼ぶのが馬鹿げている程の巨躯。
王どころか、長身のクラフトやシルウェスさえ遥かに見下ろす大鬼が立っていた。
「あれは私がやる」
言うが早いか、シルウェスが駆ける。
「ああもう勝手に……援護してくる。そっち、お願いね」
ミケーネがそういって踵を返し、彼女を追いかけた。
「止むを得んな」
クラフトは、娘と共に戦える喜びを隠しきれずに笑う。
「行くぞ、アゼル、葵」
「はいっ」
「はい!」
二人の少女は、それに元気良く答えた。
「さて、存分にその力を見せてやれ」
クラフトは懐から赤い宝石を取り出し、その名を呼ぶ。
「コマ」
炎が燃え盛り、渦を巻いてわだかまる。
体格の割にガッシリとした脚が伸び、小さな頭にぴょこりと耳が生え、尻尾を伸ばしてぶるぶると身体を震わせる。そして最後に、コマは待ってましたと言わんばかりに一声鳴いた。
暗闇を激しく照らす新たな敵に、魔術師たちの指先から何本もの炎が乱れ飛ぶ。しかしそれは、彼にとっては心地よいシャワーのようなものだ。
お返しとばかりに放った炎の吐息が魔術師どもの矢を飲み込んで、そのまま炸裂した。
「流石、コマです!」
「……いや」
歓声をあげるアゼルとは裏腹に、クラフトは首を振る。
「対熱の魔術か、生意気な」
小鬼たちはコマの炎をたっぷりと浴びてなお、その大半がまだ活動可能だった。
小鬼の魔術師たちが使う耐熱魔術は、一体一体を見ればさしたる効果はない。
だが、これだけの数が揃えばコマの炎さえ防ぎきるのだ。
「アゼル。氷の壁を立てろ」
となれば、逆もしかり。
「え、あ、はい。KKG!」
降り注ぐ熱と光の奔流は、アゼルとクラフトが重ねて張った氷の壁を一瞬にして溶かしきった。
「厄介だな」
言いながら、クラフトは懐から更に人形を取り出す。
「スパイン改、オウル、アイシー」
名を呼びながらばらまくと、三体の獣が湧き上がった。
二又に伸びた長い角をもつ空飛ぶ魚。
四枚の翼を羽ばたかせるフクロウ。
三対六枚の羽根を持つ小さな妖精。
「蹴散らせ、テツオ二世」
そして鉄の巨人が、その前に立ちはだかった。
アイシーが昆虫を思わせるその羽からキラキラと輝く鱗粉をばら撒きながら、闇の中光る星の様に飛び回る。薄く青い光に包まれた鉄巨人は、乱れ飛ぶ炎をものともせずに小鬼の群れを剛腕で薙ぎ払った。
慌てて魔術を切り替えようとする小鬼の魔術師達を、スパインの角とオウルの羽矢が打倒す。耐熱の魔術が薄くなったその瞬間を狙って、コマの炎がその猛威を奮った。
「凄い……」
その光景を、葵は呆然と見つめる。
圧倒的という他なかった。
小鬼たちは王の能力によって、その一匹一匹の能力が強化されている。
無数にいる王たちのその能力は重複するらしく、普通なら一刀で斬り捨てられる筈の小鬼にすら、葵の振るう刃は殆ど通らない。
それが、まるで紙でも引き千切るかのように屠られていく。
「……しまった!」
憧憬と驚嘆の眼差しで葵がクラフトを見つめていると、彼は不意に深刻そうに表情を歪ませた。そして急ぎ、人形たちを呼び寄せ仕舞い込む。
「何か問題があったんですか!?」
「ああ」
彼が慌てるほどの事態が起きたのか。血相を変える葵に、クラフトは重々しく頷き、
「アゼルの活躍する余地を削りすぎた」
絶望的な声色で、そう呟いた。
見れば魔術師たちは殆ど動かなくなっていて、王は数を半分ほどに減じさせている。
それでいて、もっとも弱く死にやすいはずの通常種の小鬼は殆どが無傷のまま残されていた。こんな異常事態で、それでもそんな器用な戦い方をするほどの余地まであるのか。
葵は笑うべきか、愕然とするべきか、大いに悩んだ。
「仕方ない。取りあえず、残りを片付けてみろ」
厄介な戦力の大部分はクラフトが倒してしまったとは言え、王はまだ数十匹残っているし、通常種に至ってはその十倍以上だ。
それを『取りあえず片付けろ』とは、無茶を言ってくれる。
「はいっ」
葵は正直そう思ったが、アゼルは天真爛漫に頷いた。
そこには何の気負いも重圧も感じられない。
信じているのだ。
クラフトはアゼルなら簡単に片付けられると思っているし、アゼルはクラフトがそう言うなら出来ると疑いもしていない。
そんな二人の絆に、葵は疎外感と悔しさを感じた。
半ば無理やりついては来たが、彼らの枠には入れない。
同じ舞台に立つ資格がない。そう、悟ってしまったのだ。
 




