四話 『青き鎧の戦乙女』葵-4
「ご……ごめんなさい」
「いや、いいよ、何とかなったし……」
アゼルと葵は二人そろって荒く息を吐きつつ、地面に腰を下ろした。
アゼルの出した大声に小鬼たちが反応し、当然の帰結として凄まじい数の小鬼たちを相手にする羽目になってしまったのだ。
「それにこれだけ倒せば、流石におしまいでしょ」
累々と横たわる小鬼たちの死骸を見渡して、葵はそう言った。
「……小鬼は、石にならないんですね」
「こいつらは魔物じゃなくて、元々こういう生き物だからな」
言いながら、クラフトは小鬼たちの死体に手をかざす。
「仕事だ、カラハミ」
その袖口からころりと小さな球体のようなものが転がると、それは大きく膨れ上がって小鬼の死体を飲み込んだ。
一体飲み込むたびにカラハミはその身体を大きくしながら、あっという間に小鬼たちの死体をまっさらに片付けた。
「その子が食べたものはどうなるんですか?」
元々の大きさに戻ってクラフトの袖の中に納まるカラハミを見て、アゼルは問うた。
「角や骨なんかは道具の素材として使えない事もないが、大部分は肥料だな。それはそのまま野菜になったり、家畜を育てる餌になったりする」
アゼルはただ生きていくだけであれば、食事も睡眠も必要としない。同様に、小鬼や植物、家畜たちも、この世界の生き物はただ在るだけであれば食料などは全く必要としない。
ではなぜものを食べるかというと、繁殖と成長の為だ。
生き物は他の生き物を取り込む事によってその性質を変化させ、己によく似た性質の生き物……要するに、子孫を作る。
「電子の世界なのに食物連鎖があるって、ちょっと不思議な感じですよね」
「食物連鎖というよりはライフゲームね。生き物の生成と死滅自体が一種の情報伝達になってて、それそのものが一つの計算機なのよ」
葵に対するミケーネの言葉は、アゼルには全く分からなかった。
しかし、一つだけ理解する。
「じゃあ、最終的にはご飯になるんですね?」
「まあ、そうだな」
クラフトがそう答えると、アゼルはほっとした様だった。
成り立ちも複雑性も全く異なるが、電子生命体であることは小鬼も彼女も同じだ。
その生死について、何か思う所があったのかもしれない。
「……おかしい」
そんな中、不意にシルウェスは呟いた。一瞬遅れ、アゼルもそれに気が付く。
「葵、まだいます!」
「え、嘘っ」
あれだけ倒したのに、とぼやきつつも、葵は無駄のない動きで暗がりの中の小鬼を剣で斬り捨てる。
「……多すぎる」
「あー、確かに言われてみればそうかもね」
いつにもまして深刻な表情で呟くシルウェスに、ミケーネも賛同した。
「こんなもんじゃないのか?」
「ほら、この山って食べるもの殆ど何もないじゃない。だから増える筈ないのよ」
ミケーネはアゼルたちが倒した小鬼たちの数と、山の規模を試算する。
普通、小鬼たちは百匹程度で群れを作る。
しかしアゼルたちが倒したのは優にその三倍はいる。
殆どが岩肌で覆われたこの山にだって多少の植物は生えているし、それを目当てに来る鳥もいる。しかし、これほどまでに小鬼たちが増えるには到底足りる量ではないはずだった。
「では、増えすぎた小鬼たちが流れてきたのか、それとも山を下って餌を調達しているのか?」
「それもそれでなんかおかしい気がするけど……」
ミケーネが言いかけた、その時。
どうと音が響いた。
雪崩だ。
無数の小鬼たちが、雪崩の様に押し迫ってくる。
それはもはや進軍と呼べるようなものではなかった。
数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの小鬼の群れが、通路一杯を埋め尽くして互いに押されるままに流れてくる。
「アゼルちゃん、炎の壁!」
「え、あ、HKG!」
葵の鋭い指示に、慌ててアゼルは炎の壁を張った。
しかし、それは悪手だ。
じゅっと音がして小鬼の何匹かが焼かれるが雪崩を防げず、炎のついた弾丸を彼女達に向けて飛ばしただけの結果に終わってしまう。
「アゼル!」
すかさず懐に手を入れるクラフトを、シルウェスが腕で制する。
「……二人を信じろという事か?」
クラフトの問いに、シルウェスはこくりと頷いた。
確かに、今回は手は出さないという約束だった。
多少の苦境は乗り越えてもらわなければ困るし、いざとなればクラフトたちに頼ればいいと思われても困る。
「……わかった」
クラフトは身を切るような思いで動きを止め、アゼルたちを見守ることを決める。
「きゃー!」
その次の瞬間、アゼルたちは悲鳴と共にあっさりとゴブリンの津波に巻き込まれた。
「アゼルー!?」
「だから、落ち着きなさいって、お父さん」
思わず駆けだしてしまいそうなクラフトの肩を、ミケーネが掴む。
「アゼルなら無事だよ」
「何?」
ミケーネは呆れた表情で指をさす。その先で、ドンと音を立てて地面が隆起した。
そしてそのまませりあがると、天井まで達して小鬼たちを押しつぶす。
「吊り天井ならぬ、せりあがる床かあ。なるほど、良いセンスしてるわ」
ばらばらと崩れ落ちる小鬼たちの残骸の中、床がぱかりと開いてアゼルと葵が顔を覗かせた。
「『シークレットドア』。あたしのもちゃんと魔術に組み込んでたのね。嬉しいことしてくれるじゃない」
そんな彼女を見て、ミケーネは声を弾ませる。
小鬼たちは自分たちの重みでそのほとんどが既に息絶えていたようで、アゼルと葵は落ち着いたところで残りに止めを刺していく。
「流石にこれだけの量を倒せば、打ち止めですよね……?」
動くものが見えなくなったところで汗を拭いながら、葵がそう呟く。
シルウェスが痛ましい表情で、首を横に振り、剣を引き抜いた。
「……王がいたのか」
その視線の先に現れたのは、もはや小鬼とは呼べない生き物だった。
全体的な造形は小鬼にそっくりだが、膝くらいまでしかないはずの体格はアゼルより頭一つ小さい程度だ。その肉体は実に屈強で、背は低いはずだがそれを全く感じさせない厚みがあった。
「頑張れー。ま、そこまで苦労もしないだろうけど」
とは言え、アゼルの敵になるほど強いわけでもない。王とは言っても所詮は小鬼。
単体としては竜より強いはずもない。
「いや、待て。おかしいぞ」
単体で、あれば。
ぞろりと。
暗がりから姿を現す無数の王たちに、シルウェスは無言で剣を構える。
それはつまり、彼女が戦わなければならない程の事態であるという事を示していた。
 




