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四話 『青き鎧の戦乙女』葵-3

「思ったより腕がいいな」


 葵とアゼルが小鬼たちを倒しながらどんどん山道を進むのを少し離れた所から眺めつつ、クラフトはそう呟く。


「ん」


 するとシルウェスが頷いたので、クラフトは驚いた。

 彼女が肯定するなら、本当にあの葵という少女は有能なのだろう。


 小鬼というと初心者向けの害獣、雑魚の代名詞のように思われているが、与しやすい相手かというとそう言うわけではない。特に今回のような巣穴に潜っていくような場合は、熟練の冒険者でも油断できる相手ではなかった。


 何せ、一匹でも取り逃がしてしまえば山の様に押し寄せてくるのだ。

 一匹一匹の力は弱く簡単に切り捨ててしまえるような相手とは言っても、周りを囲まれれば危険極まりない。人間には腕は二本しかないし、目は前にしかついていないのだから。


 そうして囲まれればシルウェスでさえ不覚を取りうるのは、先のアゼルとの訓練でも明らかだ。


 葵はそうなる危険性をきっちりと潰しながら、アゼルには傷一つつけることなく、同時に彼女の魔術を存分に生かしている。新米の立ち回りにしてはやけに上手い。


「アンタと同じタイプ?」


「違う」


 シルウェスの強さは、現実でのそれに依存している部分が多い。

 現実世界においても武術をたしなむ彼女は、身体の動かし方自体が格段に上手い。


「無駄がなさすぎる」


 だが、葵の動きは彼女のそれとは全く違った。

 現実での武術は飽くまで対人を目的としたものだ。

 自分より身長が半分以下の相手を想定した武術などあるわけがない。


 勿論、百戦錬磨の冒険者であるシルウェスは小鬼に限らず様々な怪物相手の動きを独自に作り上げてはいるが、現実の武術をベースにしているためにどうしてもある程度無駄な動き……言い換えれば、独特の癖がある。


 しかし、葵にはそれがない。


「実はこう見えて、僕、MoDじゃそれなりに名の知れたプレイヤーだったんですよ」


 そんな会話が聞こえたのか、葵は振り返って人好きのする笑顔を見せた。


「へえ。何階くらいまで行ったの?」


「一応行くだけなら最下層まで行って、ボスも倒しましたよ。ソロでは無理ですけど」


「なるほどね」


 葵がそう答えると、ミケーネは何故かニヤニヤと笑みを浮かべた。


「何の話だ?」


「マスター・オブ・ダンジョンっていうVRMMOのお話です。ひたすらダンジョンを降りて攻略するタイプのゲームで……ミケーネさんもMoDプレイヤーだったんですか?」


 葵が屈託なくそう言った瞬間、シルウェスが吹き出した。

 ミケーネが視線を向けると、彼女はふいと顔を背ける。


「今、笑ったでしょ」


「笑ってない」


「いや、絶対吹いたでしょこのクールビューティ!」


 よく見れば、シルウェスの肩は小刻みに震えていた。

 その態度に、クラフトは何となく見当を付けた。


「もしかしてそのダンジョンっていうのは……」


「そ。大半は、あたしが作ったデータが大元」


 『VRMMORPG』というジャンルが生まれた瞬間衰退したのは過去の話。今は幾つかタイトルもあり、運営が成り立っている。なぜなら、必要なデータはCCからいくらでも湧いて出てくるからだ。


 自社で一から構築するより、CCプレイヤーからデータを買い取る方が遥かに安く、質の高いものが手に入る。CCでは自分の作ったり見つけたりしたデータを、現実の貨幣で売ることができる。


 そんな好循環が成り立って以降は、VRMMORPGというジャンルはそれなりに発展していた。CCの地味さを嫌ってそういったゲームに流れていく者もいれば、その逆。葵のように、VRMMOから源流へと辿ってくるものもいる。


「その、『もっど』とミケーネのダンジョン、どっちが大変なんですか?」


「そうねえ。向こうじゃレベル上げしなきゃいけないから、単純に比較はできないけど……」


 アゼルの素朴な問いに考え込む振りをして、ミケーネはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「悪辣すぎて採用できない、ってボツになった罠が沢山あるから、今度遊びに来ると良いよ」


「そ……そのうち行かせてもらいます」


 葵はそう答えつつも、かつての戦場を思った。

 宝箱を開けようとしたら、その手前に落とし穴。

 扉を開けようとレバーを引いたら、閉じこめられて毒ガスが吹き出してくる。

 スキル封じの罠を踏んで、慌てて返ろうと振り返った瞬間にドアが消える。


 ……あれより悪辣だって?


「……この辺りだな。ミケーネ」


 そんな会話をしながら歩く内、不意にクラフトは足を止めた。


「まっかせといて」


 ミケーネは壁に手を当てて、瞬く間に魔法を作り上げる。


「よいしょぉ!」


 気合の声と共に岩壁が真っ二つに裂けたかと思うと、ガチャガチャと音を立てながら岩がまるで生きているかのように蠢いて柱を作り、天井を支えてゆく。


「凄い……」


 瞬く間に出来上がった通路に、葵は感嘆の声をあげた。


「鉱石が落ちてるだろう。拾っていけ」


 魔術の光を掲げ、綺麗に石畳まで造られた通路の中にゴミのように転がってる石を拾い上げてクラフトは言った。


「はーい」


 アゼルは素直に返事して、事前に用意した背負い袋の中に鉱石を入れていく。


「ロクなものがないな。もっと上の方に行くか」


 しかしそれを見て、クラフトは眉を潜める。


「上……ですか?」


「ああ。ミケーネのダンジョンとは逆に、この山は上に行けば行くほど良質な鉱石が見つかる。単純に、未発掘だからな」


「ま、そっちはあたしがガンガン掘っちゃうからね! あんたたちはゴブリン退治頑張りなさい」


「ごぶりん?」


 ミケーネの言葉にアゼルが首を傾げると、彼女は失言したかのように口を手で隠す。


「おっと。小鬼の事よ。本当はそう呼んじゃいけないんだけど」


「何で呼んじゃいけないんですか?」


「いけないという事もないんだけどな。避ける方向で、小鬼と呼ばれてる」


「そう言えばそうですよね。何でなんでしょう」


 MoDにも似たようなモンスターはいたが、そちらは普通にゴブリンと呼ばれていたはず、と葵も揃って首を傾げた。


「商標登録」


 そんな彼女たちの疑問に、シルウェスが答える。


「え、そんな理由なんですか?」


「この世界で作ったり発見したりしたものは、一種の著作物として扱われるんだ。だから、既に商標登録されている名前は勝手に使えない。ゴブリン以外にも、エルフ、トロール、オーガなんかはアウトだな」


「ドワーフはセーフなんだけど、一種類だけそう呼ぶのもって事で、鉱精とか呼ばれてるね」


 クラフトが詳しく説明し、ミケーネが補足する。


「なんだかややこしいんですねえ」


 そう言いながらも、葵は暗闇から躍り出た小鬼を切り払った。


「さて、そろそろお喋りはここまでみたいですね」


 ミケーネの作った規則正しい通路は途切れ、目の前にあるのは天然の洞窟。


 即ち、小鬼たちの巣だ。


「頑張ります!」


「ちょっ……」


 葵が止める暇もなく。

 気合を入れたアゼルの声が、洞窟の中に響き渡った。

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