四話 『』葵-2
「はわー……」
アゼルは感嘆の声を上げながら、首を上に向けた。
その視線はどんどん上に上にとあがっていって、危うくひっくり返りそうになる。
その視線の先に、ニゲルランケア山があった。
天を衝くかのようにそそり立つ、槍の様に細く長く高い山だ。
頂上は雲に囲まれて、窺い知ることはできない。
「小鬼っていうのは、このくらいの大きさで頭に角の生えてる生き物です」
自分の膝くらいの高さを手で示しながら、葵はそう説明した。
「あんまり強くないけど、とにかく数が多いので気を付けてください。……って、余計なお世話ですよね」
アゼルはふむふむと頷く。
「いえ、私はわからない事ばかりなので、教えてください」
「え、そうなんですか? もしかして、この世界に来て間もなかったり?」
「はい。この身体が出来てから、二週間くらいしか経ってません」
なるほど、と葵は得心した。
恐らくアゼルは、クラフトたちの現実での知り合いなのではないか。
そうであればあの強さも、その言動とのちぐはぐさも納得できる。
「もしかして、見た目より、だいぶ若い?」
「……はい」
少し考えて、アゼルはそう答えた。
彼女の見た目は、人間で言うなら十六かそこら。
それに対して自分が生まれたのは、指輪時代を計算に入れても一年前だ。
「じゃあ、アゼルちゃんって呼んでいいかな」
「はい、嬉しいです!」
「よろしくね、アゼルちゃん」
そんな光景を、クラフトは娘に初めての友達が出来た心境で嬉しそうに眺めた。
今回クエストを受けるように勧めたのも、やがてアゼルが一つの人格として自立し、生きていけるようにするためだ。
そうするなら、殊更隠し立てまではしないまでも、人形だという事はあまり吹聴しない方がいい。人でなく、人工知性だと知れば必ず彼女を侮り、蔑む人間も出てくるだろうから。
「じゃあ、説明を続けます」
「はいっ」
葵の言葉にアゼルはぴしりと背筋を伸ばして、表情を引き締めた。
「小鬼たちはあんまり強くないけど、頭はとてもいいです。罠を使ったりもするし、劣勢になるとすぐに逃げて仲間を呼びに行くので、なるべく撃ち漏らさないようにしてください」
それに影響されてか、葵もやや格式ばった口調でそう始める。
「はい」
「それと、たまにですが魔術を使う個体や、王と呼ばれる普通より強い個体がいます。特に王がいると、普通の個体まで強くなります。今回はたぶん大丈夫だと思うけど……注意してください」
「はい」
「あと、わたしは剣しか使いません。アゼルちゃん、魔術は?」
「えーと……ちょっとだけ、使えます」
「わかった。じゃあ基本的にはわたしが前衛で、アゼルちゃんは後ろから魔術で援護してね」
ドラゴンの時はクラフトの魔術の援護であそこまでの強さを発揮したのだろう。
葵はそう考えて、使命感に燃えた。
クラフトの愛娘を、仮想世界上とはいえ傷つけるわけにはいかない。
動きを軽く打ち合わせた後、アゼルたちは山に足を踏み入れた。
細長く見える山も、ふもとに至れば厳しいとはいえ歩いて登れる程度の傾斜だ。
中腹より先は流石にロッククライミングの様に登らなければならないが、それは小鬼たちも同じことだ。
人間よりもはるかに身軽とは言え、流石にそんなところには住んでいない。
「……いた」
しばらく山道を進んだところで、葵は小声で囁いた。
その視線の先で、緑色の小鬼が二匹、ぶらぶらと歩いている。
「じゃあ、わたしが突っ込んで右を攻撃するから、左をお願い」
こくりと頷く相棒に、葵は剣を構えて突進した。
クラフトに作ってもらった防具は以前使っていた甲冑よりも遥かに硬く、そのくせ格段に動きやすい。以前は防御をがっしり固めた重戦士をしていたが、全く同じことが軽戦士のスタイルで出来るようになってしまった。
「KYI!」
しかしそんな葵が敵に近づくよりも早く、左の小鬼に氷の矢が突き刺さる。
驚きに目を見開きつつも、葵は小鬼を一刀の元に切り伏せた。
「魔術、上手だね。びっくりしちゃった」
両方絶命していることを確認し、葵はアゼルの元へと戻る。
葵自身は魔術を使った事はないが、魔術師と組んで仕事をしたことはある。
これほどまでに見事な氷の魔術を使う相手は初めてだった。
「師匠に教えてもらった魔術だから」
クラフトに作り方を教わったものである。そんな自慢を、
「ああ、なあんだ」
葵は誤解した。
魔術というのは、他人に譲渡できる。
この世界はゲームではないから、レベルに当たるようなものはない。
上手なスクリプトが出回れば、誰でも扱える。
だからこそ、魔術を作り出した魔法使いは滅多な事では他人に魔術を教えない。
クラフトが作った魔術をそのまま貰ったのなら、これほど見事なのも当然な事だ。
葵はそう納得して、先に進むことにした。
今回の仕事はずいぶん楽が出来そうだ。そんな風に思いながら。




