四話 『』葵-1
「今日はアゼルに、クエストを受けてもらう」
シルウェスとの過酷な訓練から数日後。
クラフトたちは彼の工房がある街、アーティアへと戻ってきていた。
「クエスト……ですか?」
「そうだ。お前にとってはそれが一番やりやすい金の稼ぎ方だろう」
今まで自分で金というものを扱った事のない彼女にはいまいちピンと来ないらしく、アゼルは首をひねる。
「自分で稼げるようになれば、その範囲で好きなもの食べられるよ」
「やります!」
しかしミケーネがそう助言すると、効果は絶大だった。
「ところでクエストとは何でしょうか」
「簡単に言えば、他人の困りごとだ。害獣の駆除や特定素材の入手なんかが主なものだな」
「つまり、人助けですね!」
「まあ……間違ってはいないけどねえ」
表情を輝かせるアゼルに、ミケーネは微妙な表情でそう受けた。
純粋な彼女らしい受け取り方だが、この世界で使われている金銭というのは現実世界と共通だ。ゆえに依頼を出す側も受ける側も真剣で、人助けというにはもう少し殺伐としている。
「とはいえ、そうそう簡単に困っている人間が見つかるわけじゃない。この世界には電話もメールもないから、困ってる側もそれを解決できる人間を探すのは一苦労だ。その両者を繋ぎ、仲介するのがこれから会いに行く『斡旋屋』というわけだな」
「斡旋屋……あっ、ライカさんですね!」
「知ってるの?」
少し驚き、シルウェスが問う。
「はい。と言っても、直接会うのは初めてになるのかもしれません」
「アゼルがまだ指輪だった頃、何度も俺が足を運んでるからな。声と名前だけは知ってるんだ」
「……じゃあ、驚くかも」
「アゼルはどうだろうな」
そんなやり取りをするシルウェスとクラフトに、アゼルとミケーネは首を捻った。
斡旋屋の多くは、酒場を兼ねている。CC内での疑似的な酩酊は現実に戻ればさっぱり抜けてしまう上に、度を超えた泥酔や中毒症に陥る危険性もないため、現実と同じかそれ以上の人気を誇っている。
人が集まれば情報も集まり、それを商うというわけだ。
クラフトたちが足を踏み入れたのもその例に漏れずそう言った作りの店で、日中であるがゆえにまだ客の姿は見えず、閑散としていた。
「ライカ、いるか?」
他の店と違う所があるとすれば、たった一つ。
「あっ、クラフトお兄ちゃん、いらっしゃい。お久しぶりです~……って」
経営しているのがライカの見た目が十に届くかどうかという、幼い外見であることだ。
「今日はいつもと違って、仕事を受けにきた。何かいいクエストはないか?」
「いやいやいやいや」
パタパタと手を振る少女の背丈はクラフトの半分ほどしかない。
勿論見た目通りの年齢であるはずはないが、ここまで幼いアバターを使う人間というのも珍しかった。
「後ろにいるの、『地図師』のシルウェスお姉ちゃんと、『迷宮主』のミケーネお姉ちゃんですよね? 世界でも救う気ですか。ありませんよそんなもの」
ライカはあどけない口調でそう言い放つ。
「いや、受けるのはこの子だ」
「ええと……初めまして。アゼルです」
アゼルは少しだけ悩んだ結果、そう自己紹介して頭を下げた。
「その子は……この前ドラゴンを一発でノした子じゃないですかー」
「なんだ、見てたのか?」
「おおっと、『斡旋屋』を舐めないでくださいよー。直接見てなんかいなくったって、しっかり情報は仕入れてるんですから。クラフトお兄ちゃんがまた新しく凄い美人を連れてたって……」
言葉の途中でライカはふと何かに気付いたように、アゼルの姿をじっと見つめた。
「あのー……つかぬ事をお聞きしますけど、この子、その……人間じゃなかったり、します?」
「良くわかったな。初見で気付いたのはお前が初めてだ」
「わたしの外見に驚く様子もないと思ったら、やっぱりですか。あいっかわらず、有り得ない技術してますねー。一周回って気持ち悪いです」
ライカはにこやかにそう毒を吐く。
「気持ち悪いですか?」
「あ、いや、アゼルちゃんの事じゃなくてね……クラフトお兄ちゃんがですよー」
いってライカは後ろを振り返る。
「普通、人形って言ったらああいうのですからね」
その視線の先、カウンターの奥で黙々と皿を磨いているのは、背の高い人形だった。
つるりとした金属光沢を放つ肌に、複眼を思わせるような赤く光った瞳。
関節部は球体で出来ていて、万が一にも人間と見間違いそうにはない。
「あれでも相当高級なレベルなんですから。クラフトお兄ちゃんの技術は毎回本当に気持ち悪……ってなんで余計に泣きそうになってるんですか!?」
「クラフトは気持ち悪くないです」
ぷくりと頬を膨らませ、アゼルはそう主張した。
「あ、はい、すみません。お兄ちゃんは全然気持ち悪くなんかないですよー」
慌ててそう言い繕い、ライカは話題を変える事にした。
「それで、何でしたっけ。クエスト?」
「そうだ。この子の訓練にいいクエストはないかと思ってな」
「いやー、若い個体だったとはいえ、ドラゴン以上の害獣なんてそうそうでませんよ?」
「こっちもそこまでは望んでない。新米の冒険者として扱ってくれればいい」
「そう言われましても……」
まさか初心者にそうするように、誰でもできるようなお使いを任せるわけにもいかない。
「あっ!」
ライカがどうしたものかと思い悩んでいると、聞き覚えのある声にクラフトは後ろを振り返った。
「クラフトさん、アゼルさん!」
黒い髪の少女が、口を真ん丸にあけてこちらを見つめている。
「……誰だ?」
「こんにちは、お久しぶりです」
首を傾げるクラフトとは裏腹に、アゼルは礼儀正しく頭を下げた。
「誰?」
声を揃えて問いただすミケーネとシルウェスに、クラフトは首を捻る。
「声は聞き覚えがあるんだが……」
「葵です! えっと、これ……前にこれを頂いたものです! ほら、ドラゴンの時の!」
葵は剣を掲げ、胸を張って身に着けた鎧を見せつけた。
「え、なにこれ。クラフトが作ったの?」
ミケーネは目を丸くして、その武具を見つめる。
「ひっどい出来ね」
そして続いた酷評に、当然賛辞が送られるものだと思っていた葵はえっと声をあげた。
「雑すぎる」
シルウェスがミケーネに追従する。
「ああ、確か五秒くらいで作ったものだからな」
「そ、そうなんですよ! 一瞬でばーっと……」
「なるほど、それでこんなに酷いんだ」
「酷い」
以前使っていたものとは比べ物にならない性能のそれを酷い、酷いと連呼され、葵は泣きそうになった。
「材料も良くないからな」
ただの鉄、それも一度製品として作られたものを鋳溶かして作ったものだ。クラフト達の基準だと、酷く質が低い。
「……ああ、あの時の戦士か」
そんなものをアゼルに着せる気にもならず、サイズだけ軽く調整して葵にあげたのを、クラフトはようやく思い出した。
「え、僕の印象って、五秒で作った鎧以下なんですか……」
葵はがっくりと肩を落とす。
「……そう言えば、アゼルにもちゃんとした武具を作ってやった方がいいな」
そんな彼女を気にもとめず、今更のようにクラフトはそう言った。
魔法使いである彼は普段武具を使わず、アゼル自身も武具などなくても困らないほどの性能を持っているのですっかり失念していたのだ。
「でしたら、材料を探しに行くというのはどうでしょう?」
そこにすかさず、ライカが口を挟んだ。
「ニゲルランケア山は、勿論ご存知ですよね」
「作った」
頷きながら、シルウェスが僅かに胸を張る。
ニゲルランケア山に限らず、この辺りの地形は大体彼女が『発見』したものだ。
「ええ。そこに小鬼が住み着いてしまって、討伐依頼が出てるんですよ」
「もうそんな時期か」
CCでは、小鬼は一般的な害獣だ。
春が来ると増えては作物を荒らすので、こうして定期的に退治依頼が出回る。
CCは無限に広がる平坦な土地であるが故に、惑星ではなく公転も自転もない。
だが現実に合わせて、季節の移ろいだけはあった。
「まあ竜とは比べるまでもありませんが、何せ量だけはたっぷりいるんですよー。退治して貰って、ついでに鉱石なんかを掘り出して来ればいいんじゃないでしょうか」
「なるほど……だが、一人でとなると少々面倒かも知れないな」
小鬼と竜とではその強さは比べるまでもないが、厄介さで言えば小鬼の方が上だ。
竜が一体、逃げも隠れもせずにのし歩いているだけであれば、それこそ以前の様に一撃決めれば終わる話だ。だが、洞窟の中に隠れ潜む小鬼たちとなればそうもいかない。
「いやいや、オリジンが三人も揃って何を仰っているんですか」
オリジンとは、もっともシンプルな称号を持つ職人たちを指す総称だ。
『人形師』『迷宮主』『地図師』。
それぞれの分野の最先端にして基本。ゆえに原点。
「さっきも言ったが、この子の訓練も兼ねてるんだ。俺達は手を出すつもりはない」
「あのっ」
そこに、葵が意を決して声をあげた。
「ぼ、僕もついていってはいけませんでしょうか!」
「何を言ってるんですか」
ライカは呆れた声で言う。
確かに新人としては有望ではあるが、葵は二つ名すら持たない新米に過ぎない。
たまたま知り合ったからと言って、この世界でのトッププレイヤーたるクラフトたちと共に行動できるような身分ではなかった。
「アゼル、どうだ?」
「はい。葵なら知ってる人だし、安心です」
だがクラフトがそう尋ねると、アゼルは嬉しそうにそう答えた。
本人がそう言うのならば、娘に甘い父親としては是非もない。
「だそうだ。では、よろしく頼む」
「はいっ!」
力いっぱいに、葵は頷いた。
 




