幕間 『いつもの所』喫茶フェスティナ・レンテ
「ごめんごめん、おっまたせー!」
涼音はぶんぶんと大きく手を振りながら、こっちへとやってきた。
晃は恥ずかしいなあと思いつつも、ココアを啜る。
「やー、寒いねー、こっちは! ずっとCCに引きこもってたくなっちゃう。あ、私、ミルクティーね」
涼音は手で顔を煽ぎながらコンソールにそう注文すると、晃の向かいに腰を下ろす。雑な動作だが、背が高くすらりとした印象の彼女がそうすると、そんな動きでさえ不思議とスマートに見える。
「地下迷宮にでも引き籠ってたらいい。一年中温度変わらないから」
そんな彼女に、晃は無愛想にそう告げた。
「あはは、何言ってんの。そりゃアンタの方でしょ」
晃としては本気で言ったのだが、涼音は大して気にした様子もなくそう笑う。
「しっかしびっくりしたね。あの子。アゼルだっけ? すっごいキレーで」
「クラフトの作った子だから」
「まあそりゃそうなんだけど、それにしたってさ――あ、どうもどうも、……はー、暖まるぅー。やっぱり冬はあったかいものに限るねえ」
涼音は運ばれてきたミルクティーを一口すすり、ほっと息を吐く。
「ん? 何?」
そんな彼女の顔をじっと見つめる晃の視線に気づいて、彼女は首を傾げた。
「向こうでもそのくらい喋ればいいのに」
「アンタはこっちでもあのくらい喋ればいいのにね」
そんないつものやり取りに、二人は笑いあう。
「いや、ほら、私はちゃんと実用的な理由があるからね。魔術暴発しちゃうからね」
佐々木 涼音……CC内でシルウェスと名乗っている女は、からりとした口調でそう言った。
「そんなの、何年前の話? 今はもうそんな失敗しないでしょ」
三宅 晃……ミケーネは、ボソボソとした声色で尋ねる。
「いいのいいの。もう、クールビューティな冒険者って事でイメージついてるんだから」
CC内では犬猿の仲を装っている……いや、装っているというのとは少し違うか。
互いの纏う、仮想世界での人格。一種のロールプレイ。その相性が良いのか悪いのか、何故かCCの中ではしょっちゅう喧嘩になるが、現実において二人は親友と呼んで良い間柄だった。
「イメージかぁ……」
「あんた、まだクラフトに自分が女だって言ってないの?」
ストレートな涼音の言葉に、晃は盛大にむせた。
「そんなんじゃ取られちゃうよ」
「取られ……って、誰に?」
「あいつ意外とモテるんじゃないかな。高収入だしさあ」
睨み付ける様にして見つめる晃の視線を、涼音はさらりとかわす。
「収入の話なら、あたしもスズも大して変わんないでしょ」
「そりゃそうだけど、言い寄る相手もそうだとは限らないんじゃないの?」
「っていうか! 週一で会いに行ってるって本当なの?」
とうとうたまらず、晃は直接的に問いただした。
正直、そんじょそこらの女性にあの朴念仁がなびくとは思えない。
しかし、この親友がその気になってるなら話は別だ。
「本当だけど、それがどうかしたの?」
「どう……って」
「私だって別に年がら年中歩いてるわけじゃないよ。アンタの迷宮にだって、たまには寄ってるじゃない。あんなに行きにくい所なのに」
「あたしのダンジョンが更新された時に、攻略しに来るだけじゃない!」
この前彼女をおびき寄せた方法も、それだ。
ミケーネが新しい罠や守衛を配置する度に、どこから聞きつけたのかシルウェスがやってきてそれを潰していく。
「ダンジョンを攻略するのは冒険者の本能」
「まあいいけど……」
キリッと表情を引き締めて言う彼女に、晃は呆れ半分で溜め息をついた。
未知の場所があればそこを踏破せざるを得ないのが冒険者の性であるなら、折角作ったダンジョンなのだから攻略してほしいと思うのもまた、ダンジョンマスターの性だ。
「じゃあ、別にクラフトの事が好きとかそういうわけじゃないんだね」
「いや、好きだけど?」
「うおおおい!」
「落ち着いて。ちょっとミケーネっぽくなってる」
内心、晃のそんな反応を心行くまで楽しみつつも、涼音は彼女を宥めた。
「好きって言っても色々あるでしょう。別に異性として好きってわけじゃないから」
「あ、そっか。そうだね……」
あからさまにほっと胸を撫で下ろす晃。
「うん。実際会ってみてもそこまでときめかなかったしね」
そんな彼女ににこやかに爆弾を投下してやると、晃の表情は面白いくらいにひきつった。
「会ったの……?」
「うん。一回だけだけど。あいつリアルじゃ……」
「やめてやめて。聞きたくない」
晃は耳を塞ぎ、首をぶんぶんと横に振る。
「あ、そう? まあ会えばすぐわかると思うけどね。あのまんまだから」
「……あのまんまって?」
しっかり聞いてるんじゃない。
両手で耳を押さえながらも上目遣いに見てくる晃に、流石に涼音も内心突っ込む。
「何もかもよ。見た目もそうだし、性格も。私らみたいにロールプレイヤーじゃないからね、彼」
「そ、そうなんだ」
壊れた人形の様にガクガクと頷きながらも、晃の顔色はみるみるうちに朱に染まっていった。
「何、その反応」
「なんでもない、何でもない」
晃はぶんぶんと首を振る。
一緒に風呂に入ったなんて言われたら、どうなることか。
「というわけで、中身はキモオタって事もないと分かったことだし、さっさと告っちまえよ」
涼音の言葉に、晃は目を瞬かせた。
「……スズ、あたしの為に?」
「いや、私フラれたからさあ」
続く言葉に、晃はもう一度盛大にむせた。
「何やってんの!?」
「愛の告白?」
「何やってんの!!」
疑問形の叫び声が、確定へと変わる。
「イケメンってわけでもないけど、中の上くらいの顔はしてるし、良いかなって思って」
「それでOK出たらどうするつもりだったの!?」
「そりゃあ、付き合ったけど」
スプーンで紅茶をかき混ぜながらあっさりと言う涼音に晃は柳眉を吊り上げる。
「でも駄目だったからさ」
「スズ……」
しかし、寂しげに漏れる呟きに、その勢いはあっという間に鎮火した。
「だからアキもフラれたらいいんじゃないかな」
「嫌だよ!?」
しかしあっという間に再点火。
「っていうか、なんでフラれる前提なの」
「だってあんた男だと思われてんでしょ?」
「う……まあ」
しおしおと勢いを無くす晃をおかしく思いつつも、涼音は真面目くさった表情で言った。
「いや……ホモなら或いは……?」
「嫌だよ!」
「まあ、アゼルちゃんを見る限り、ホモよりはロリコンの方が可能性高いよね。晃、見た目ロリ巨乳だしいけるんじゃない?」
「ほっといてよ!」
「あるいは、人形フェチとか」
「ありそうで嫌だよ!」
喧々諤々和気藹々と話し合いながら、超一流の職人たちの休日は過ぎていく。
 




