表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/64

三話 『地図師』シルウェス-7

「これ、本当に全部食べていいんですか!?」


「うん」


 きらきらと目を輝かせるアゼルに、シルウェスは頷く。

 その目の前には、小さなケーキがずらりと並んでいた。


 チョコレートで細かな細工が施された物。

 ふんだんに添えたフルーツによって彩られた物。

 ふんわりとしたムースで覆われた物。


 色とりどりの菓子はまるで宝石の様に輝き、アゼルを誘っているかの様であった。


「頂きます」


 ダンジョンの中でタマから習った淑女としての嗜みを崩さず、品良くアゼルはケーキにフォークを入れる。まずは、チョコケーキ。細かな細工を崩してしまわない様に気を付けながら、一口サイズに切り分けたそれをパクリと口に含むと、何ともいえない甘みが広がった。


 ただ甘いだけではない。濃厚なカカオのコクと、上質な甘さをさらに引き立てる僅かな苦み。


「はふぅ……」


 二重にも三重にも折り返す幸福の味に、アゼルは至福の息を吐いた。


「旨いかどうかはきくまでも無さそうだな」


「美味しいです!」


「あー本当これ美味しいわ」


「当然」


 クラフトはそれを微笑ましく見やり、ミケーネが横からパクつき、シルウェスは紅茶を飲みながらそう呟く。


 冒険者として世界中を飛び回るシルウェスが知っている中で、もっとも美味とされる店だ。当然、作っているのは『菓子職人』の称号を持つ超一流の職人である。


「どれもこれも美味しいです……シルウェスは、本当はいい人だったんですね!」


 満面の笑みを浮かべて無邪気にそういうアゼルに、シルウェスはどう反応していいものか悩んだ。


「返す」


 彼女がケーキに夢中になっている間に、シルウェスはクラフトに向けて手を伸ばす。

 その袖口から白い蛇がするりと顔を出して、クラフトの懐に入り込んだ。


「水を差すような真似をして悪かったな」


「ん……でも、手加減できなかった、から。ごめん」


 土人形の中からアゼルが現れ、シルウェスに迫った瞬間。

 彼女は勿論、幾らでもアゼルを迎撃できた。


 例えば、首を刎ねるとか、心臓を一突きにするとか、頭から真っ二つにするとか。


 そうするしか迎撃する手段がなかったし、シルウェスは反射的にそうしようともした。

 それを、クラフトの人形が止めたのだ。


 手加減すると言っていたのに、出来なかった。それどころか外部から止められた。

 これを負けと言わずして何が負けなのか。


「世界最強の看板もこれでおしまいかね?」


「元々名乗った覚えはない」


 比較的うちに籠りがちなクラフトやミケーネと違って、シルウェスには二つ名が多い。

 『冒険者』『世界最強』『馳せるもの』など。

 しかし彼女が対外的に名乗るのは『地図師』だけで、その他は他人が勝手に呼んでいるものだ。


「本気でやって勝った事なんて一度もない」


 シルウェスはクラフトを見ながら、少しだけ不満そうにそう言った。


「別に俺が強いわけじゃない」


 クラフトは軽く肩をすくめてそう答える。

 一対一なら、シルウェスは誰にも負けない。その自負はあった。


 だが、クラフトは人形師だ。そもそも一対一の戦いなんて想定していない。

 作る人形の一体一体がシルウェスに抗しうる強さを持っていて、それを何体も操ることが出来る。

 無数の上質の人形に囲まれれば、シルウェスに勝ち目はない。


「つまりそのクラフトに勝てるあたしが最強ってわけね!」


 得意げにそんな事を言うミケーネを、シルウェスは射殺さんばかりの鋭い目で睨んだ。


 クラフトの人海戦術も、ミケーネには通用しない。

 と言っても勿論それは、彼女の迷宮内というホーム限定での話だ。


 狭い迷宮の中では大型の人形は使えず、小型や中型でも一度に戦わせる事の出来る個数は限られる。そして自在に迷宮内を操作できるミケーネであれば、物量に押しつぶされる前にクラフト本人を制圧できる。


「でもお前はシルに勝てないだろ?」


 だがそれは、シルウェスに対しては通用しなかった。


「ほら、あたしダンジョンマスターだから。魔王だから。勇者サマにはやられる運命なの。強いとか弱いとか、そんなんじゃないんだよねえ」


 要するに、突出した個には弱いという事だ。

 ミケーネも魔法で作った魔物を操ることは出来るが、その強さはクラフトが作った人形達とは比べるべくもなく、シルウェスにとってはさしたる障害とはならない。無数の罠も同様だ。


 シルウェスはミケーネには負けないが、クラフトには勝てない。

 ミケーネは迷宮内であればクラフトに勝てるが、シルウェスには勝てない。

 そしてクラフトは、十分な準備をすればシルウェスには勝てるが、ミケーネにはどうしたって勝てない。


 つまり彼らは、そんな奇妙な三つ巴を為していた。


「だからさあ」


 ミケーネはニヤニヤと笑いながら、一心不乱にケーキを食べているアゼルに目を向ける。


「この子がどこまで強くなるかって考えると、物凄くワクワクするよね」


 癪ではあるが、シルウェスは彼女の意見に同意して、頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ