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三話 『地図師』シルウェス-5

 その後七時間の行軍は、意外な所からキャンセルされた。


「いい加減飽きた」


 ミケーネがそう主張したのだ。

 アゼルとしても土地を広げる楽しさはわかったが、ただただ歩数を数えながら歩くのには流石に辟易していてその意見に一も二もなく賛同する。


「歩く事が肝要」


 シルウェスは意外にも、それに強硬に抗った。


「アゼルには冒険者の才能がある」


 まさか彼女からそんな言葉が飛び出すとは思わず、アゼルは驚いて目を瞬かせる。


「冒険者になるのに最初に必要なのは、利き足の矯正。左右で違う歩幅を同じにするのには、長い訓練が必要。だけど――」


「アゼルは訓練するまでもなく同じ、か」


 クラフトの言葉に、シルウェスはこくりと頷いた。


「後は毎回の歩幅を完全に同じにするだけでいい」


「一流の冒険者は歩測でかなりの精度を出すとは聞いてたが、そんな事をしてたのか」


 クラフトは感心した風に声を上げた。

 彼がそんな風に感心してくれるような事柄に、自分に才能があるならやってみても良いかもしれない。


「一ヶ月も歩けば、一日百キロ歩いて誤差を五十センチ以内に出来る」


「お断りします」


 そんなアゼルの淡い思いは、即座に霧散した。

 流石に一ヶ月も延々と歩き続けるのは嫌だ。


「……なぜ……」


 理解できないという表情をしながらも、シルウェスは適当に開けた場所を見繕う。


「では、戦闘訓練を始める」


「はいっ」


 アゼルはほっと胸を撫で下ろしながらも、シルウェスに相対した。

 ただ歩き続けるのに比べれば、戦いの訓練はまだ楽しさがある。


「ひやぅっ」


 そう思ってシルウェスに向かった次の瞬間、情けない声を上げて彼女の身体は宙を舞っていた。


「うう、なんで……」


 何度やっても不思議だった。


 動きの速さ自体は、アゼルの方が遥かに勝っているはずなのだ。

 風のような速さで駆けて、時には横や後ろに回り込んで攻撃する。

 その場で魔術を使っていればその隙に投げられるからだ。動いているうちは少なくとも投げられない。


 だが、ひとたびシルウェスに近付いた瞬間、アゼルの視界はくるりと回って、その背中は地面にくっついているのだ。


「これは、こういう魔法なのですか?」


 何度目かに投げられたときに、とうとうアゼルはそう尋ねる。


「違う違う」


 パタパタとミケーネは手を振った。


「単にアゼルの腕を掴んでぶん投げてるだけよ」


 確かに腕を取られているのはわかる。

 というか、地面に転がっているとき、シルウェスは腕を引いてアゼルの上半身を起こし、頭を地面に強打しないようにしてくれている。


 だが肝心の、腕を掴まれる瞬間が全く察知できなかった。気付いた時には地面に転がっているのだ。


 原理はわからないが、要は近づかなければいいのだ。


 アゼルはそう思って、シルウェスから大きく距離を取る。


「コードキャスト、『炎の』――」


「WiC」


 風が、渦巻いた。


 シルウェスの身体が信じられない速度で加速して、一瞬にして間合いを詰められたかと思った次の瞬間には、アゼルはぽんと宙を飛んでいた。


 何をどうやっても、かなわない。


「魔術を使ったな」


 そう思った瞬間に、クラフトがそう言った。


「一歩前進だぞ、アゼル」


 微笑む父親の表情に、アゼルはパチパチと目を瞬かせる。


「今まで体術しか使わなかったシルに、一手打たせたんだ。進歩だ。だろう?」


 クラフトの言葉に、シルウェスまでもが頷いた。


 有効だったのだ。

 結果として通じはしなかったが、工夫の余地があるという事だった。


 アゼルは一転して、俄然張り切った。


 今度は円を描くようにして逃げてみる。それでも無理なら跳躍してかわす。

 右に避けると見せて、左に鋭く切り返す。

 工夫を重ねる度に投げ飛ばされながらも、地面に着くまでの時間は着実に増えていった。


「コードキャスト、『炎の矢』、単体、瞬間!」


 そしてついに、シルウェスの手を逃れながらアゼルの指先から炎が迸る。

 高速移動はアゼルの全力よりも速いものの、小回りが効かない。

 それを逆用して、彼女の方に手の届かないギリギリ横へと飛び込むという策で、ようやく魔術一発分の時間が稼げた。


「FES」


 しかしそれはシルウェスに届く事なく、空中で立ち消える。

 呆然とする間に、また投げられた。


 地面に転がりながら、アゼルは考える。シルウェスは今間違いなく、魔術を使った。だが、防御魔術にしては妙だった。


 コマと戦ったとき、クラフトは明らかに炎を防御する魔術を使っていた。ミケーネもだ。アゼルはその時の様子をはっきりと覚えていた。今の炎の消え方はその時とは様子が違う。炎は壁に当たる様にして消えたわけではなく、じゅっと音を立てて消えた。


 ならば。


 アゼルはぴょんと起き上がって、シルウェスに相対する。バックステップでは彼女を振り切るには間に合わない。くるりと背を向け、野山を駆ける。風が渦巻く音とともに、シルウェスがそれを追ってきた。


 これもそうだ。魔術だ。素の速度では彼女はアゼルの脚に敵わない。だから魔術を使って移動してるんだ。


「コードキャスト『風の壁』、単体、五拍!」


 振り向いて魔術を使う暇がない事は、今までの数度の戦いで思う存分思い知らされていた。アゼルはシルウェスに背中を向けたまま、呪文を口にする。そしてそれを地面に向けて叩きつけると同時に、ぐっと脚に力を込めて跳躍した。


 噴き上げる風の反動と共に、彼女の身体は高く高く宙を舞う。シルウェスがやっている事も、恐らくはこれに近い事なのだろう。


「コードキャスト――」


 空中で身体を捻り地面を向けば、シルウェスがこちらを見上げていた。僅かに見開いた目が、こちらを刺すように見つめている。


「『氷の矢』、五つ、瞬間!」


 大気中の水分をかき集め、それを増幅。同時に熱を奪って凝固させる。

 アゼルの手の平の先に、五本の鋭い氷柱が生まれ、シルウェスに降り注いだ。


「WoF」


 それは彼女に刺さることなく、宙で溶けた。炎の壁が彼女の前に展開したのだ。


 だが、それはアゼルが狙った展開だった。

 氷を防ぐとともに、シルウェスの視界は立ち上る炎で遮られている。


「コードキャスト、『火の矢』、単体、瞬間!」


 風の魔術の効果が切れて、アゼルは落下を始めながら最後の魔術を発動させる。

 それは彼女が初めて使おうとした魔術であり、真っ先に失敗した魔術でもあった。『炎の矢』の失敗版だ。火花を作らずに、そこにある火を対象とした為、通常時は効果を表さない魔術。


 だが、今なら、火はそこにある。


 ぼん、と炸裂音がし、炎の壁の向こうで爆炎が巻き起こった。


「やった!」


 快哉を叫びながら、アゼルは着地する。


「やってない」


 その背後に、シルウェスが立っていた。


 そしてまた、彼女の身体は宙を舞う。






「大丈夫か、アゼル」


「全然勝てませんでした……」


 クラフトに髪についた土ぼこりを丁寧に落としてもらいながら、アゼルは力なくうなだれた。


「何故勝てないかわかるか?」


 疲れ切った娘は反射的に首を横に振りそうになったが、少し考える。


「私の方が速いのに、攻撃が全然当たらないし、向こうが掴むのを避けられません」


「見切りという奴だな。どんな攻撃が来るか予測しているから、動き出しが早い。とは言えこればかりは、訓練するしかない。他にはどうだ?」


「魔術が。魔術の発動が、ものすごく早いです」


「よく気付いたな」


 クラフトは破顔して、アゼルの頭を撫でた。


「それが魔法使い(ウィザード)魔術師(ソーサラー)の違いだ」


「うぃざーどと、そーさらー……」


「俺とミケーネはどちらもウィザードだ。ウィザードとは魔法を作る職人であり、それを売る商人でもある」


 シルウェスの使う呪文は、クラフトやアゼルが使うそれよりも圧倒的に短い。

 その多くが一言で成り立っているから、即座に起動できる。明らかに戦闘向きだ。


 対して、クラフトの魔術はそうではない。

 それを真似たアゼルのものも同様だ。

 そもそも頭に付ける「コードキャスト」の時点でシルウェスより三倍も長い。


 何故クラフトがそうしたのかは、聞くまでもなく何となく分かった。

 誤発動を防ぐためだ。魔術の起動を詠唱で行う場合、どんな状況であれその言葉を口にしたら発動してしまう。

 短い文言であればあるほど、誤爆の可能性は増える。

 だからこそ、クラフトは絶対に日常会話で使いそうもない言葉をキーワードに組み込んでいるのだ。


「魔術師はその買い手だ。自分では、魔法は作らない。代わりにその扱いに長ける」


「作ってないのに、作った人より上手いんですか?」


 それはずいぶん不思議な気がして、アゼルは首を傾げた。


「基本的にはな。才能や資質も関係するが……基本的に、似たような年齢の魔法使いと魔術師が戦えば、魔術師が勝つ。前者は魔法の研究をしているが、後者はその扱い方だけを学んでいるのだから、当然と言えば当然だ」


「クラフトでも?」


「俺とお前とで手も足も出なかったコマとスレイが、簡単にやられていたのをみただろう? 迷宮の中のミケーネが全力でじっくりと準備をして、引き分けか……いや、それでも勝てないかもしれないな」


 その言葉に、アゼルは少なからず衝撃を受けた。

 根拠はなく、クラフトなら誰にも負けないと思っていたのだ。


「だから勝てなくても恥じる必要はないぞ」


 すっかり綺麗になった髪を撫でてくれる優しい手の平に、アゼルは頬をすり寄せる。


「クラフト」


 しかし。


「私、勝ちたいです」


 決意に満ちた瞳で、アゼルははっきりとそう口にした。


 アゼルはクラフトの『作品』だ。

 ならば彼女が勝てば、クラフトはシルウェスより上という事になる。


「そうか」


 そんな彼女の想いを知ってか知らずか、クラフトは深く笑みを浮かべた。


「任せておけ」

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