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二話 『迷宮主』ミケーネ-9

「アゼル、お前まさか……」


「見つけちゃった、見たいです……」


 アゼルは眉を落としてクラフトを見つめた。しかし、彼女を責めるわけにはいかない。

 発見は、地上であればある程度『見なかったフリ』を出来る。見つけたとしてもそれを具現化し、掘り出すかどうかは発見者の意思である程度左右できるのだ。


 しかし、この迷宮内ではそういうわけにはいかないかった。

 なぜなら魔物達は、迷宮への侵入者に対する罠だからだ。

 自動的に現れるように魔法がかけられている。


「逃げろ、アゼルっ!」


 アゼルの身体を抱きかかえて叫ぶと同時に、炎が吹き荒れた。

 コマを倒す前に、ゴーレムを破壊されてしまったのは大きな痛手だった。

 スレイだけならどうとでもなる。それこそ、コマで倒せばいい。


 しかし、この二体が力を合わせるというのはちょっとした悪夢であった。


「コードキャスト、『爆発』、二歩、三拍!」


 連続して三度、魔術の爆発がスレイ達を包み込む。

 しかしそれは、足止めにもならなかった。

 スレイはその八本の脚を巧みに動かし、破壊の嵐の中を悠々と駆ける。

 爆発の炎よりも、彼の脚の方が、早い。


「アゼル、とにかく逃げろ!」


 アゼルは頷いてクラフトを抱きかかえ、ぐっと脚に力を込めた。


「コードキャスト、『雷撃』、五歩、三拍!」


 クラフトの放った電撃が唸りを上げながらコマへと向かう。

 しかしコマの放った炎は大気を歪ませ、電撃さえ捻じ曲げた。

 炎はそのまま通路を埋め尽くし、熱と光の奔流となって直進する。

 アゼルは角を曲がって、それを何とかかわした。


「くそっ、なんて奴だ!」


 思わず、クラフトは毒ずく。

 あちらと同じようにスレイに乗って逃げたいところだが、この迷宮の中では彼の身体は大きすぎる。サイズが小さい分、早さも強さもオリジナルに比べれば随分低いが、それでもその強さは厄介な事極まりない。


 我ながら良い人形を作ったものだ、とクラフトは内心で自画自賛した。


「コードキャスト、『爆発』、二歩、三拍!」


 スレイの身体が曲がり角に差し掛かり、動きが一瞬止まったところを狙ってもう一度爆破の魔術。狙い澄ましたその一撃は流石にスレイも避けられず、その身体は爆炎に包まれた。


「……駄目か!」


 爆炎の中からスレイは全く応えた様子もなく抜け出して、ぐっと頭を下げてこっちに向かい突進してきた。小型化しているなら耐久力は相応に減っているだろう、というクラフトの予想は外れた。この程度の攻撃ではビクともしない。


 アゼルがクラフトを地面におろし、ぐっと両足を踏み込んで腕を伸ばす。

 スレイの突進を受け止めるつもりだ。しかし、それはあまりにも無茶だった。

 オリジナルより遥かに小さいとはいえ、その体重は優に一トンを超えるであろう。

 それに対し、アゼルの体重は見かけの通り。四十数キロ程度しかない。


 絶対的な体重差に、彼女の身体はあっけなく吹き飛ばされた。


「アゼル!」


 クラフトは悲鳴じみた声をあげる。幸い気を失っているだけで、アゼルに大きな怪我はないようだった。


「ツムギ!」


 クラフトの袖から小さな蜘蛛が姿を現わし、糸を吐き出す。八方に伸ばされたその糸は網となって通路を塞いだ。

 同じ太さの鋼鉄よりも堅固でゴムよりも柔軟な彼女の糸は、スレイの突進を受け止めた。


「ツムギ、すまん。時間を稼いでくれ」


 クラフトの懇願に、ツムギはチャッチャと牙を鳴らした。

 彼女の糸は、コマの炎には耐えられない。糸にスレイが囚われているので巻き込むのを恐れコマは炎を吐きださないが、業を煮やして炎を吹くか、スレイが抜け出すか。いずれにしてもそう長い時間は持たないだろう。


 健気な子蜘蛛に頭を下げて、クラフトはアゼルの身体を抱きかかえた。

 アゼルが気を失っているのは、ある意味で好都合だった。

 万一この上、更に強大な魔物を発見されたらそれこそ一巻の終わりだ。

 行く手を阻む雑魚を爆破と電撃で散らしながら、上階への階段を探してクラフトは迷宮を当てもなく彷徨う。


「……しまった」


 ふと、その足が止まった。

 通路の奥、曲がり角を曲がると、そこはすぐに行き止まりだったのだ。


 元の道を戻るより他なく、くるりと後ろを振り向くと、蹄の音が聞こえた。

 出口を塞ぐように、八本脚の馬が雄々しく立ちはだかる。

 その背には破壊の化身たる炎の獅子を乗せて。


 クラフトは、深々と息をついた。


「全く……」


 そして、スレイ達の更に後ろ。

 見知った顔に、笑みを向けた。


 通じないと知りつつも放ったクラフトの魔術。

 爆破を三度、電撃を三度、そして、もう一度爆破を三度。


「来るのが遅すぎるぞ、ミケーネ」


 S・O・S。何百年も前から変わらず使われる、原始的な救難信号だ。


「あんた、たちの、あしが、はやすぎるん、だって、の……」


 新たな敵に、スレイとコマはくるりと振り向く。


「ちょ……待って、まだ、呼吸、ととのって、な……」


 ぜえはあと肩で呼吸するミケーネ。それを隙と見たか、炎が吐き出される。


 しかしその炎は、ミケーネに当たる寸前あらぬ方向へと曲がった。


「だから待ってって言ってるじゃないの……で、何なの、この子たち。アンタの子供じゃないの? スレイとコマでしょ」


「の、複製品だ。アゼルが『発見』した」


「……そんなことあるんだ」


「のようだな」


「そっかー……そりゃ、あたしのミスね。何か対策考えないと……」


 のんびりとそんな会話を交わしながら、ミケーネはスレイ達に向かって無造作に歩く。

 スレイはぐっと脚に力を込め、弾丸の様に突進した。

 音さえ超える速度で真っ直ぐ走るその体躯は、しかしミケーネの手前で突然曲がって、横の壁に頭をしたたかにぶつける。轟音が鳴り響き、レンガにひびが入ってばらばらと崩れ落ちた。


「で、倒しちゃって構わないんだよね?」


「ああ。悪い、頼む」


「……ミケーネは、クラフトより強いんですか?」


 いつの間にか目を覚ましていたらしく、アゼルはクラフトの腕の中でそう尋ねた。


「まっさかぁ。あたしはダンジョンマスターよ。人形師に敵うわけないじゃない」


 ミケーネはケラケラと笑った。

 それほど大きく差はないものの、二つ名の格としては人形師の方がよりシンプルで、より上だ。


 ただね、と彼女は手を伸ばす。


「ダンジョンの中なら無敵なだけよ」


 瞬間、スレイの身体が掻き消える。

 同時に、どごんどごんと何かが打ち付けられる音が派手三度、響いた。


「『三段式落とし穴』」


 見れば、床にぽっかりと穴が開いていた。スレイはそこに落ちたのだ。


「『回転床』」


 コマの吐き出した炎が曲がり、彼女の横にそれる。

 炎が曲がったのではない。通路の空間そのものが、捻じ曲げられた。


「『シークレットドア』」


 ミケーネが壁に手をつくと、その手がするりとレンガで出来た壁の中に入り込む。

 そのまま彼女は壁の中に姿を消した。それを追うように吐きかけられた炎は、壁にぶつかって跳ね返る。


「大丈夫? アゼル」


 ミケーネは手品の様にアゼルの傍らに現れ、彼女の傷を見る。


「『ワンウェイドア』」


 そこに吐き出された炎のブレスが、アゼルの目の前でぴたりと止まった。


 ダン、と音をたて、スレイが落とし穴から抜け出す。

 八本ある脚のうち三本は折れ、身体のあちこちにヒビが入っているが、スレイは壁を蹴って跳躍すると、ミケーネを蹴り殺そうとその前足を振り上げた。


「『つり天井』」


 その頭上の天井が凄まじい速さで降り注ぎ、スレイを押しつぶす。天井と床に挟まれ、スレイは崩れ落ちて小さな馬の置物に戻った。


 その隙を突く様に、コマが駆ける。

 炎をまき散らしながら、自身も爪を翻して襲い掛かる二段攻撃だ。


「『鍵のかかったドア』」


 しかしそのどちらも、ミケーネの手元から立ち上った金属製の扉によって阻まれた。


「『密室』」


 更に床が、壁が、その周りを覆ってコマの身体を完全に閉じ込める。


「『水牢』」


 そしてそこに小さな穴が開き、容赦なく水が注ぎ込まれた。

 じゅわっと音がして、扉の隙間から湯気がもうもうと立ち込める。

 しかし水はどんどん注ぎこまれ、蒸気の勢いは徐々に弱り始めた。


 やがて音さえしなくなって隙間から水があふれ出すと、扉がゆっくり開いて、中から赤い宝石が水と共に流れ出てくる。


「今のは魔術……なん、ですか?」


 ミケーネは呪文の詠唱らしきものも、指先での紋章らしきものも見せずに、タイムラグなしで発動させていた。


「そうであるともいえるし、そうでないともいえる」


 クラフトの言葉に、アゼルは首を傾げる。


「このダンジョンそのものが、私の魔法なのさ」


 そう言って、ミケーネはウィンクして見せた。

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