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二話 『迷宮主』ミケーネ-7

 おかしい。


 巨大な獣を目の当たりにしながら、クラフトは考える。


「アゼル、来たぞっ!」


「はいっ」


 轟音と共に炎が炸裂し、鷲の頭と獅子の身体を持った猛獣……グリフォンを包み込む。

 しかし、グリフォンは怯みもせずに炎の中から飛び出し、その鋭い爪をアゼルに向けて振り下ろした。


「っ!」


 咄嗟に腕で身体を庇うアゼル。その腕に触れて、鋭い爪はパキンと折れた。


「……あれ?」


「止まるな、攻撃し続けろ!」


「は、はい!」


 クラフトが……超一流の人形師である彼が丹精込めて作り上げたアゼルの身体は、ただ美しいだけではない。その機能性も卓越している。本来は同時に成り立たせることができない剛性と柔軟さを併せ持ちながら、それでいて完璧な人の姿をしている。それは超一流と呼ばれるにふさわしい、凄まじい技術によって成り立っていた。


 並みの職人が同じだけの強度を持たせようとすれば、それこそ先のゴーレムのような巨大で武骨な姿にならざるを得ず。


 同じだけの機動性を持たせようとすれば、妖精か虫の様に小さく軽い素体にする他ない。それを両立させつつ、人の姿に収める。見る人間が見れば驚愕せざるを得ない神業。


 しかしその凄まじさを、誰よりもアゼル自身が理解していなかった。

 それはクラフトが狙った事だ。


 愛娘の身体を案じると同時に、その身に宿る力には気付いてほしくない。彼女の身体能力をもってすれば、鍛えずとも力技で大抵の魔物には勝てる。だが、だからこそ、彼女にはさらに上を目指して欲しいのだ。


「ええっと、ええっと」


 アゼルは必死に頭を巡らせ、考える。

 ゴーレムと違ってグリフォンには炎は有効なようだ。しかし、一撃、二撃で倒すには耐久力が高すぎる。反面、先程の土の槍のような魔法は発動速度が遅すぎて避けられてしまう程に素早い。速く、強く当てなければならない。


「あ、そっか。コードキャスト、『風の壁』、三歩、瞬間!」


 ごうと風が吹いた。クラフトが好んで使う『一歩(いちぶ)』という単位は尺貫法で、長さにすれば約1.8メートル。面積としてはその二乗で3.3平方メートルを表す。即ち三歩とは、10平方メートル程の空気を動かす魔法だ。


 その威力は範囲と時間に反比例し、三歩となると巨大なグリフォンを吹き飛ばせるほどの威力はない。しかし大きく開かれたその翼のバランスを崩すには十分で、グリフォンは大きく身体を傾いで地面に降り立ち、一瞬動きを止める。


「コードキャスト、『石の槍』、三本、瞬間!」


 そこに、地面と壁が槍となって伸びてグリフォンに突き刺さった。


「コードキャスト、『炎の矢』、一本、瞬間!」


 穴の開いたグリフォンの身体に、炎の塊が注ぎ込まれる。身体の内側から焼かれたグリフォンは断末魔の声を上げながら崩れ落ち、大ぶりの宝石を残して掻き消えた。


「素晴らしいな」


「えへへ」


 良く考えられたコンビネーションに、クラフトはアゼルを撫でてやる。目覚ましい成長を見せる愛娘は、猫の様に目を細めて彼の手の平に頭を摺り寄せた。


 しかしそれにしても、やはり出てくる魔物の強さがおかしい。

 グリフォンも、こんな低階層で出てくる相手ではない。


「あれ?」


 クラフトが思い悩んでいると、不意にアゼルが声をあげた。


「クラフト、あそこにコマがいます」


「何?」


 彼女の視線を追って、クラフトは振り返る。

 すると、空中から炎の塊がぽろんと転げ落ちるところだった。


「な……」


 炎は瞬く間に小さな犬の形をとる。燃え盛る炎がぐるりとその首を取り巻いて、たてがみの様に彼の頭を覆う。


 それは確かにクラフトが作り上げた人形、コマだった。


「逃げろ!」


 同時に、クラフトはアゼルを抱きかかえる。炎が渦巻き、迷宮の石壁を焼き焦がした。

 その熱量は、アゼルの放つ魔術の比ではない。


「クラフト、どうしたんですか?」


「あれは、コマだ」


 まず、ない事だ。しかし、ありうることだ。

 アゼルはあれを見て、迷いなくコマだと言った。


 だから、あれは間違いなくコマなのだ。


「くそ、そういう事か……!」


 クラフトは思わず毒づいた。


「コードキャスト、『火炎からの防護』、三歩、十秒!」


 クラフトの張った魔術の壁が、炎を塞き止める。しかしそれも長くは持たない。


 アゼルの知識は非常に偏っている。

 そして、人間ならば誰でも持っている『こんなところにこんな生き物がいるはずがない』という認識を持っていない。


 人間は無意識にその認識によって、掬い取る物を取捨選択している。

 例えば暗い洞窟にならコウモリがいるだろうし、日の当たる野原になら草花が生い茂り、海や川には魚がいる。


 だから、山の上で魚を発見したりしないし、砂漠のど真ん中で花を見つけたりはしない。

 だが、アゼルは違う。知識としては知っていても、そう言った基本的な認識を持っていない。であるがゆえに彼女は『何でもアリ』だ。


「クラフト、なんでコマは私達を襲うんですか?」


「あれはコマだが、コマじゃない。コマと同じ力を持った魔物だ」


 だから、普通ならこんなところで見つけ出すはずのない魔物を、彼女は発見してしまったのだ。


「どういうことですか?」


「簡単に言うと、ミケーネの奴のせいだ」


 彼女の魔法が、アゼルの人とは異なる認識と妙な反応をしてしまった結果、普通なら見出されるはずのないものが魔物として生み出されてしまった。


「では、倒しますか?」


 しかしそれが、よりによってコマだとは。

 クラフトは迷った。今までの敵とはレベルが違い過ぎる。


 小さく見えても、あれもまたクラフトの作った傑作のうちのひとつなのだ。

 クラフトが作った中で、単純な戦闘力では最強の人形なのだ。


 ……だが。


「わかった。倒そう」


 一旦『発見』してしまった以上、倒さねばあのコマは魔法によって与えられた破壊衝動に則って、人間を攻撃し続ける。このダンジョンに収まってくれればいいが、もし万が一外に出ようものならこの前のドラゴンとは比べ物にならない程の災禍が起こる。


 創造主として、発見者の親として、そんな問題を見過ごすわけにはいかなかった。


「俺も手伝う。二人で、倒すぞ」


 とは言え二人がかりでも倒せるかどうか。


「はいっ!」


 そんな親の心配も知らず、アゼルは嬉しそうに頷いた。

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