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二話 『迷宮主』ミケーネ-6

「アゼル……大丈夫か?」


 アゼルはクラフトの腕の中でパチパチと瞬きする。


「クラフト……?」


 彼女はゆっくりと起き上がって、辺りをきょろきょろと見回した。


「ミケーネは?」


「はぐれた」


 端的に、クラフトは答える。


「危ないものは触ってはいけないと言っただろう」


「ごめんなさい……」


「まあ、今回は俺達も悪いけどな」


 しゅんと項垂れるアゼルの髪を撫で、クラフトは息を吐く。

 通常、魔物を倒した後に出てくるものが有害である事はそれほどあるわけではない。ましてや、今回の様に罠のかかった宝箱であることなど、本来はまずない事だ。


 では何故ありえたのかと言えば、それは勿論ミケーネの仕業である。


 ダンジョンと言えば宝箱。宝箱と言えば罠。自明の理でしょ?


 という彼女の謎の理屈によって、彼女はわざわざ魔物を発生させる魔法に複雑な手を加えて、宝箱が発生するように仕上げて見せたのだ。しかも、性質の悪い罠付きで。


「今回俺達が引っかかったのは、テレポーターだ」


 手元に残った宝箱から小さな宝石を取り出して、アゼルに手渡す。


「最初に、ミケーネのお部屋に行くときに使ったのと同じですか?」


「そうだ」


 クラフトは頷きながら、わけが分からないまま連れてこられたのに、良く覚えているものだと感心した。


 人工意識であるアゼルは、言ってしまえばプログラムの塊だ。

 しかし、だからと言って記憶力が特別良いというわけではない。人間同様に物事を見過ごしもすれば、忘れもする。罠に引っ掛かったのだって、危険なものには触れるなというクラフトの忠告を失念していたからだ。


 しかしそれとは別に、彼女の記憶力、洞察力が非常に優れているのも確かな事だった。一目見ただけの化けガエルを、小サイズとは言えあそこまで即座に再現して見せたのだ。


「アゼル。あのカエルは、もしかして俺の真似をしたのか?」


「はい」


 屈託なく頷かれれば、悪い気はしない。

 アゼルはコマやスレイといった人形を操るクラフトを真似たのだ。

 クラフトは彼女の頭を一撫でして、改めて周りを見渡した。


 常人であれば、このダンジョンの中で仲間とはぐれて迷ってしまうなど、命の危機以外の何物でもない。しかし、クラフトにとってはさほど危険というわけでもないはずだ。


「さっきまでいた所と、違いますね」


「ああ」


 ミケーネの迷宮は三階ごとにその様相を変える。先程までは赤茶けたレンガで作られていた迷宮は、氷を思わせるような青く澄んだ色のレンガに変わっていた。そのせいかどことなく寒々しい印象がする。勿論変わったのは色だけではなく、そこに内在する危険度も格段に増えている事だろう。


 とはいっても、小さな箱の力で三階からテレポートできる範囲はさほど遠くない。恐らくここは四階だろう、とクラフトは見当を付けた。それなら、今のアゼルでも問題なく戦えるはずだ。

 罠にだけ注意しながら上階への階段を探し、ミケーネと合流すればいい。

 彼女も恐らく、階段までは迎えに来てくれるはずだ。


「では、行くぞ」


「はいっ」


 クラフトは頭の中に地図を描きながら、複雑な迷宮を進み始める。

 幾らも進まないうちに、ぽこんと音をたて魔物が現れた。


「早速お出ましか。アゼル……」


「はい、頑張りますっ」


「待てっ!」


「はい」


 ピタリと止まるアゼルの頭上に、巨大な拳が振り上げられた。


「よけろっ!」


 とんと跳躍し、空中をアゼルの身体がクルリとまわる。

 一瞬前まで彼女がいた場所を、アゼル自身よりも太い腕が貫いた。


「なんだ、こいつは……」


 巨大な石くれで出来た人形を見上げ、クラフトは呟く。

 ゴーレムと呼ばれる石人形だ。人形とはいっても、辛うじて人型をしている程度のもので、クラフトが作る物とは精巧さは比べるまでもない。


 しかし、クラフトが目を見開いたのはそこではなかった。


「なんで、こんなところにこいつがいるんだ?」


 立ち上がれば、ゴーレムの身長は五メートルにもなるだろうか。それに対して、廊下の天井は三メートルほどの高さしかない。巨大なゴーレムは狭い通路にぎゅうぎゅうにつまっていて、身動きが取れずにいた。その状態のままやたらと拳を振り回し、その度に壁や床、天井にひびが入っていく。


「コードキャスト、『炎の矢』、一体、瞬間!」


 炎の線がゴーレムに向かって伸びて、表面で爆発を起こす。

 しかし、岩で出来た人形は意に介した様子もなく、アゼルに向かって手を伸ばした。


「わっわっ」


 さっきまで必殺だったはずの魔術が通用せず、アゼルは慌てながらゴーレムの攻撃を避ける。


「アゼル、こいつは岩だ。熱や冷気、面での攻撃は効きにくい」


 敵の弱点を考えて攻撃することを覚えさせるのは、もう少し後の予定だったのに。

 そう思いながらも、クラフトは叫んだ。


「はいっ……エディットモード、起動!」


 手持ちの魔術に有効そうなものがなかったのだろう。

 アゼルが濃紺の世界を広げながら、窓を素早く手で叩く。


「ええと……ええと……これ!」


 パン、と音を立てて窓を閉じ、アゼルはその場にしゃがみ込む。

 ゴーレムの手の平が、彼女を押しつぶそうと迫った。


「転写開始!」


 その寸前。

 アゼルの足元がぐにゃりと歪み、剣の様に鋭く突きだしてゴーレムの手の平を刺し穿った。


「転写、転写、転写!」


 動きの止まったゴーレムの周りを駆けずり回りながら、アゼルは次々に同じ魔法を転写した。魔術化せず魔法のまま、同様の操作を一気に別対象に広げる。クラフトはまだ彼女に教えていなかったが、緊急の際には有効なやり方だった。


 全方位からハリネズミの様にされ、ゴーレムはその場に崩れ落ちる。

 そしてすっと姿を消すと、手に平に乗る程度の大きさの人形になった。


「なんでこんな物が……?」


 クラフトはそれを拾い上げ、眉をひそめる。

 魔物が身動きが取れないほどの場所に出てくるようなミスを、ミケーネが犯すとは思えない。それにそもそも、ゴーレムはこの階層に出てくるにしては強すぎる相手だ。


「やりました、クラフト!」


 強敵を下して喜ぶアゼルとは裏腹に、クラフトは不吉な予感に眉を顰めた。

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