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掌の中の夏

作者: 熊野こずえ

 電車内の冷房で冷え切っていた体を、爽やかな夏風が撫でていく。

 久々に明るいうちに帰路に就けた私は夕焼け空を見上げた。

 薄い橙色の大きな雲の向こうで、蜩が線香花火のような鳴き声を上げている。


(あー……夏も終わりだなあ……)


 今年の夏は暑さに負けて、貴重な夏休みは夏風邪からの復帰に費やしてしまった。

 その後は他の季節と変わらずに仕事に追われる日々で、気が付いたらこうして夏の終わりを感じる頃になっていた。

 

(まあ、別に良いんだけど)


 海水浴や花火大会に魅力を感じないわけではない。

 だけど、子供の頃のように意気込んで参加したいほどでもない。


 足元に転がっていた蝉を避けて歩く私の視界の端に、ふと鮮やかな黄緑色が入った。

 何となく足を止めて視線を向ける。其処にはたっぷりと植わった白粉花があった。

 濃い紅色の花を申し訳程度に咲かせたそれを見つめていると、私の頭の奥からぼんやりとした記憶が蘇ってきた。 


(そういえば、子供の頃に種を集めたりしたっけ)


 この時期はまだ早いかなと思いつつも近付いて見てみれば、数は少ないものの黒い小さな種が所々に出来ていた。

 黄緑色の柔らかな葉に包まれたその種を私は指先で摘んでいく。無防備な種は軽くつつけば簡単にぽろりと零れ落ちた。


(……懐かしいな)


 五つほど掌に集めて気が済んだ私は、その種を掌の上で転がしながら再び歩き出す。

 ガーデニングが趣味なわけでもない私には持ち帰っても何の意味も無いけれど、それでも捨てる気にはならなかった。


 掌に収まってしまう程の小さな夏の証。

 頬を撫でていった風は、もう秋の温度に変わり始めている。



 END.


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