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 ギスギスとした空気しか流れていない会議室では再び怒号が飛び交っていた。王が抑えてはいたが、これでは議論ではなくただの喧嘩である。大臣に向かって唾を飛ばす将軍に額に青筋を浮かべる神官長、困ったように眉を下げる宮廷魔術師、副騎士団長は血の気の引いた顔で、しかしじっとりと大臣を睨みつけていた。


 王は眉を寄せ、椅子に深くもたれる。ここで責任を押し付けるように罵った所で事態は発展しない。王が求めるのは罵声ではなく意見なのだ。



「さっきから聞いていれば大臣! 貴様ことの重大さを理解しているのか!」


「重々に。しかし現状我々が知り得る事は少ないですな。あらゆる可能性を私は申し上げているのです」


「あなたの意見は御子様への感謝が感じられませんっ」


「感謝はしておりますよ。彼女が成した偉業も承知しております。ですがこの先御子があのままだったらどうするので? ただ見ているだけでは御子は死に邪神は再び復活するやもしれません」


「貴様ぬけぬけと、その口でいうか!」


「先ほど御子様に邪神が封印されているかあやしいと言ったのはあなたでしょう!」


「ですから可能性の話ですよ。彼女が真実のみを口にしているとは限りますまい」


「ならば貴様は御子様の御言葉を虚言と申し御子様にすべてを押し付ける気か!」


「そのような……そのようなことはけして許されません!」


「国益、ひいては世界の平和の為に必要な犠牲も考えねば」


「貴様ァァ!」


「そこまでだ」



 将軍が今にも大臣へ拳を叩き込みそうなタイミングで王は声を張り上げた。将軍はハッと王へ目を向け、醜態をさらしたと恥いるように席へついたが視線は鋭く大臣を睨んでいた。



「事態は迅速さが要求される。双方、感情と憶測のみにまかせた短絡的な発言は控えよ。神官長、天空神アーメリアは次元の果てから帰還出来ぬのだな?」


「神も冒せぬ理に捕らわれ、おそらくは召喚も帰還も絶望的かと」


「ならばやはり、これ以上は無駄か」



 王は会議に集まったその場の顔を一つ一つ見渡し会議のひとまずの終了を告げる。



「あとは御子との面会にて判断する」



 騎士団長よりこの会議を任されていた副団長が唇を噛みしめるのを、王は溜め息を飲み込む事でやり過ごした。




***




 さて、城の隠し部屋へと軟禁されている御子はこの先ここからどう脱出するかという事に脳を占拠されていた。外野で団長が色々と話かけなんとか人事を尽くそうとしていたが、御子にしてみればそんなものはことごとく却下である。



(あー……動き辛い。ちっくしょうめが政治家はみんなクズばっかりよ)



 親指の爪を歯でガリゴリ削りつつ、御子はちらりと扉に目をやる。



(自分から死ぬのは怖いわ。首痛くて死にそう……もういっそ何故死ななかったと自分に言いたい。痛いのは本当いや。無理。かと言って国に従うのはまっぴらだし。獣置いてけないしつーか薄々思ってたんだけど)



 御子は己の周囲を取り囲む獣を見ながら微かに首を傾げた。



(なんか気配が違うのよね)



 訓練された軍人でもなければ封呪以外の超人的能力も持っていない御子ではあったが、邪神の使徒である穢れた獣共と闘った十年の歳月は彼女をたしかに一般的な婦女子からは逸脱させていた。


 別に隠れている生き物の気配がわかるだとか背後からの殺気を感じとるだのの話ではなく、見慣れたそれに感じる違和感とでも言えばいいのか。



(どうって言われたら困るんだけど、やっぱりなんか違うのよ)



 例えば、御子の知る穢れた獣共はまず大人しくしているという事がない。満腹であろうとも穢れた獣共は近くに人がいれば必ず襲いかかるし、目に感情が乗るような事もない。



(こいつら尻尾とか振るし)



 果たしてそれは己の内に邪神がいる影響であるのか、はたまた御子から産まれたせいであるのか。



(比較対象ないからわからん)



 御子は「どうかした?」と言わんばかりに己を見上げた小さい獣の頭を撫で、再び思考を脱出へと向ける。



(とりあえずこっから出たい。その先どうするのかはゆっくり考えればいい)



 御子は自分にあまり時間がないと考えていた。このまま国に捕まっていて、己の意志が尊重されるとは到底思えないのだ。


 馬鹿正直に戻りなどせず、やはり道中で逃亡をしておくべきだったと後悔するも過去には戻れない。何度も御子はあのまま逃げることを考えたが最後の希望である帰還の可能性をどうしても捨てる事はできなかった。



(あーもう。同じ所ぐるぐるするなぁ……帰るのは無理なのよ。自分のこれからを考えなきゃ。そのためにもここから出るのよ……でもどうやって? 団長が常にいるし扉の外にも人はいるわ。武器も装飾もお金もないし出たあとどうするのよ)



 適当に崖でも見付けて飛び降りるか。と考えた所で御子は首を振る。



(いやいや、そんなひっそり死ぬなら勢いとは言えわざわざ王様の目の前で首を切ったりしないし。私は、そう……思い知らせたいのよ)



 日常が奪われた苦しみを、世界から孤立する恐怖を、大切な人と二度と会えない悲しみを、背負わされた荷の重みを、立たねばならなかった怒りを、この世界の全てを呪う憎しみを、すべてのものに等しく絶望を味わせやりたい。


 そうすれば、御子の胸に巣くう闇を晴らせるのだろうか。



(あぁ、なんて)



 浅ましく、矮小な人間なのだろうか。


 自虐的な暗い笑みを唇に乗せ、御子は立ち上がり扉を睨んだ。側に控えていた騎士団長が慌てて御子の近くに寄るが、獣に唸られ距離は遠い。



「御子様?」



 戸惑うように己を呼ぶ騎士団長に御子はうっすらと微笑みを乗せる。



「私の名前は、御子じゃないわ」



 騎士団長は、目を見開いた。御子はすぐに笑みを消し、きつく扉を睨む。


 扉から続く廊下から微かに足音が響いていた。



(さぁ、どう転ぶのかは、神にさえわからないわ)



 御子が信じる神などこの世にはいないのだから。


 彼女は強く、拳を握り締めた。


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