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朱羽ドリーミン  作者: 枕木悠
第二章 ネイキッド・サン
13/14

「新田ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 例によって阿倍野キュウタロウは特殊生活安全課の研究室を開けながらがなった。

 キーンとスピーカがハウリングした。阿倍野はめまいがしそうだった。よろめきながらも新田フエコに近づく。

『動くな!』

 新田は拡声器に向かって叫んだ。新田は立方体の巨大なスピーカに足を組んで座っていた。そのスピーカからも小憎らしい声が放出されているようで、空気が揺れたような気がして、なぜか足が重たくなった。

『動くな!』なぜか新田は強気な目をしている。

 しかし、阿倍野が新田の制止を完全に無視して拡声器を引っ手繰ると、新田は子犬のような目をして、「ごめーん」と言って舌を出した。「……あれ、おかしいなぁ?」

「新田ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「もう、キュウちゃん、うるさいっ、」新田は片目を瞑って、耳を塞いで、力のないキックを阿倍野の脚にお見舞いしてから、部屋の暗い場所に逃げた。「そんなに、怒鳴らなくたっていいでしょ、フエコが可愛くないのか、べぇ!」

「……おい、新田?」

「あー、何も聞こえないぃ」

「お前、何をした?」そう聞いたのは、新田の力のない蹴りを受けて、阿倍野はその場で膝から崩れ落ちてしまったからだ。力を入れても、駄目だ、立ち上がれない。両手の力も入らない。あぐらを掻くのが精一杯の状態だ。あぐらの姿勢で阿倍野は新田に問う。「怒鳴らないから、言ってみろ」

「え?」新田はモッズコートのフードから顔を出した。そして阿倍野が動けないことをじーっと確認すると高い声で笑って飛び跳ねた。「キャハハハっ、大成功!」

 新田は阿倍野の目の前で回転している。短いスカートが踊って、新田の水色のパンツが見えた。阿倍野はなんというか、残念なものを見せられた気分になる。正面から目を逸らした。「だから喜んでないで、説明しろ、その拡声器とスピーカで、俺は力が入らないんだな、そうだな?」

新田は満面の笑みで頷いた。「うん、そうなの、本当はしゃべることすら出来ないはず、なんだけど、うーん、やっぱりキュウちゃんみたいに強い男の人には完全には効かないみたいだね、出力を調整し直さないと」

「しかし、凄いじゃないか、新田、」阿倍野は感心していた。「この拡声器とスピーカがあれば、貧弱な警察隊でも魔女相手に戦えるんじゃないか? ここ最近、魔女率いる訳の分からない秘密結社がはびこっているしな、そうだよ、新田、俺はこういうのを待ってたんだよ、ベルとかアナウンスとかよりも、こっちが正解だよ、さっそく科学班に依頼して、……おい、新田、……なんだ?」

 新田は阿倍野の前で膝立ちをして徐々に距離を縮めていた。悪い予感がした。新田は一カ月に数回見せる女の目をしている。色気ぶっている。全くそそられないが、危険だと思う。新田は五指を組んで、頬を染めていた。今までも、寝込みを狙われたことが数回ある。

新田は喉を鳴らした。「……キュウちゃん」

阿倍野も喉を鳴らした。「……ああ、そうだ、仕事が入ってるんだ、またつまらない仕事だ、匿名で家出娘を探して欲しいってつまらない仕事が舞い込んできたんだ、ほら、新田、歯を磨いて、準備しろ」

「歯なら磨いたよ、成功した時のために、」言って唇をすぼめる新田。「だからいいよね、キュウちゃん」

「よくねぇよ!」

阿倍野は後ろに逃げた。しかし力が入らないから、その場で仰向けに寝転がる形になった。新田は阿倍野に跨って呼吸を荒くしていた。十五歳のガキに犯されると思って阿倍野は絶望的な気分になった。

新田の唇はゆっくりと近づいてくる。

もう駄目だ……。

 そう諦めかけた時だった。

「お取込み中失礼!」

 大橋アユムが威勢よく扉を開けた。

 助かった、と阿倍野は息を吐いた。

 しかし。

「ああ、すまない、本当にお取込み中だったとは、五分後にまた来るよ」

 大橋は扉を閉めた。

「おい、大橋!」阿倍野は叫んだ。

「黙って」

 新田は真剣な顔で言って阿倍野にキスした。阿倍野が黙ってキスされたのは新田の真剣な顔に少しドキリとしたからだ。忘れたい感情だ。本当に。

 そして五分後、大橋はきっちりと現れ、パイプ椅子に座った。

「少し大人になったね」大橋は新田をからかう。

「嫌だ、アユムちゃんってば」新田はまんざらでもなさそうに大橋の腕を軽く叩く。

 その頃には阿倍野も普通に立ち上がって歩けるようになっていた。阿倍野は研究室の水道で口をゆすいで、顔を洗って、壁際の椅子に座って足を組む。「……で、大橋、一体今日はなんなんだ?」

「邑田教授失踪事件について進展があったものでね、その報告を」

「別に頼んだ覚えはない、これから家出娘を探しに行かなきゃいけないし、また今度でいい、……とりあえず、邑田は見つかったのか?」

「なんだ、やっぱり気になるんじゃないか」大橋は笑った。

阿倍野も照れくさそうに笑う。隠そうとしたけれど、隠せなかったのだ。「……まぁ、あいつには心臓を見られているからな、気にならないわけないよ」

「残念だけど、まだ見つかってないよ」

「すぐ見つかるような場所には、きっといないだろうな、」阿倍野は愉快な気分だった。学生の頃を思い出している。阿倍野は邑田が失踪したとは思っていない。あの頃のように流浪しているだけだと考えている。邑田がどこにいるのか考えるのは愉快だった。きっと想像も出来ない場所にいるか、すごく分かりやすい場所にいるかのどちらかだ。「たった一日で見つけられたら、大学生の俺たちは警察よりもバカだったということになるからな、せいぜい苦労してくれ」

「しかし、進展があった、なんと邑田教授の研究室に忍び込んで金庫を開けて、」大橋は息を吐いて吸った。「ピストルで研究室の蛍光灯を打って、まるで雷に打たれたように倒れている身元不明の外人がいたんだ、黒焦げだ、しかも女だ、訳が分からない」

 阿倍野は予想していなかったニュースに口を閉じたまま「うーん」と唸った。

「説明が足りないよ、アユムちゃん」新田が声を上げる。

「詳しく話そう、」大橋は前のめりになって説明を始めた。「昨日、私が新田ちゃんにセンサ付の警報機を借りて、研究室の金庫の前に設置し終わったのが午後六時頃だった、邑田教授の研究室は壬申館という建物の二階にある、私と鳴滝ちゃんは三階の部屋で警報が鳴るのを待っていたんだ、夜になると部屋はとても寒くなった、正直に言うと私と鳴滝ちゃんは眠ってしまったんだ、でも、目が醒めた時計を見ると午後十時を僅かに過ぎた時刻」

「え、そんな、あのセンサ壊れていたのに、」新田はぼそっと言ってから、はっとして口を塞いだ。「……ううん、なんでもない」

 大橋は口を開けて笑う。「ははっ、やっぱり壊れてたんだな、気にするな、壊したのは私だった」

「ごめんね、アユムちゃん、その、修理に時間がかかりそうだったから」

「済んだことだ、いいよ、とにかく、私が目覚めたのは警報じゃなく、銃声、ピストルの音、隣で妹の名前を繰り返している鳴滝を叩き起こして、私は下の階の研究室に向かった、すると見つけたのは床に仰向けに倒れている金髪の外人、ピストル、砕けた蛍光灯、開いた金庫、ともかく私は外人の安否を確かめて、意識はなかったが命に別状はなかった、鳴滝ちゃんに医者を呼んでもらっている間に私は金庫の中を確かめた、確かめたといってもからっぽの金庫の中を触っただけだ、外人も確かめた、体からは何も見つからなかった、外人は未だ意識不明、さっきも言っただ雷にでも打たれたように黒焦げで倒れていた、阿倍野ちゃん、つまり、どういうことだろう?」

「金庫の中には何が入っていたんだ?」

「ああ、事前に開けることは出来なかったんだ、とても精巧な造りの鍵と三つのダイヤルキィに守られていたからね、でも、開いていた、つまり外人は金庫の鍵を所持していた、なおかつダイヤルキィのナンバも知っていた」

「いろんなことが考えられるね」新田は言う。

「そうだね、」大橋は頷く。「その外人は金庫に入った何かを狙っていた、邑田教授を拉致し鍵を奪い、ナンバを聞き出した、そして昨夜金庫を開けに研究室に忍び込んだ、外人の他に誰かがいた、その誰かが外人を意識不明にして金庫の中身を持ち去った、二人は仲間だったのかもしれない、とにかく外人の存在が邪魔になって雷で殺そうとした」

「そもそも誘拐なんて事件はなくて、邑田の留守を狙った犯行かもしれない、金庫を開けられたのも長い時間をかけて鍵を準備していたのかもしれないし、何回も研究室に出入りしてナンバを探し当てたのかもしれない、あるいは特殊な魔法で開けたのかもしれない、」阿倍野はシガレロに火を付けそうになった。慌ててライタをしまう。可燃性のガスが発生しているかもしれないからだ。新田の研究室は危ない場所だ。「しかし、金庫の中に何が入っていたにせよ、邑田の技術を欲しがる奴はいくらでもいるからな、犯人を特定するのは難しそうだ、その外人が目を覚まさない限り、動きようがないんじゃないか?」

「その外人さんが金庫の中身を守ろうとした可能性もあるよ」新田が発言する。

「ああ、そうそう、その外人なんだが、昨日は分からなかったんだが、今朝病院に行って気付いたんだ、なんとなく似てたんだ」

「似てた?」阿倍野は聞く。

「誰に?」新田は大橋を見る。

「邑田教授の自宅に使用人の他に変な三人組がいたっていっただろ、その一人の椎本ヨネ、教授と結婚するっていうハーフの女に似てるんだよ、もしかしたら姉妹か親戚か、何かつながりがあるかもしれないし、念のために鳴滝ちゃんが今確認しに行ったところ、新田ちゃんの言うとおり金庫の中身を取り返そうとして雷に打たれたのかもしれない、むしろそう考えるのが普通かもしれない、でも、身元不明だ、大学の関係者に聞いても誰も知っている人間はいなかった、邑田教授と密かな繋がりがあったとも考えられるが、どうだろう?」

「分からん、分からんが、邑田に失踪、誘拐、拉致っていうワードは、やっぱり、しっくりこないな、」阿倍野は首を横に振って立ち上がった。「おい、新田、そろそろ行くぞ」

「うん、そうだね、」新田は時計を確認して笑顔で頷く。正午を僅かに過ぎていた。「今日はどこ食べ行く?」

「何言ってんだ、家出娘を探しに行くんだよ」

「えー、」新田は腹ペコのポーズで声を上げた。「もうお昼だよ」

「さんざん間食してるじゃねぇか、」阿倍野の目線の先の机にはいろとりどりのお菓子の包み紙が散乱していた。「こんなもんばっかり食べてるとそのうち太るぞ、っていうか新田、お前最近太ったんじゃねぇか?」

「え、太ってなんてないもん、」新田は頬を膨らませた。「アユムちゃん、私、太ってないよね?」

「うーん、」大橋は目を鋭くして新田を観察してから、にこやかに言う。「大丈夫、太ってっても新田ちゃんは新田ちゃんだよ」

「えぇ、それってどういう意味!?」

「ほら、行くぞ」阿倍野は研究室から出て大股で廊下を歩く。

「そろそろ鳴滝ちゃんが帰ってくるころかな」大橋も研究室から出る。

「ああん、待ってよぉ」後ろから新田が追いかけて来る。



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