女王陛下の王配候補はいずこに
臣下団は即位したばかりのセシリアに、早急に結婚する必要がある、と急かした。
セシリアはにっこり微笑みつつ、拒否することなどなかったが、瞳の奥は笑っていない。
彼らは知らずに、セシリアの逆鱗に触れてしまった。
もともとセシリアはユーグ大公の娘で、結婚相手など引く手あまただった。
そんな中、婚約者として立てられていたのは、テンペスタ大国の第七王子クティリンだった。
彼は騎士隊を率いる偉丈夫で、ユーグ大公の愛娘の傍に置く男として相応しいとされていたのだ。
セシリアは婚約者として、クティリンに対し誠心誠意接しているようだったが、彼はそうではなかった。
オブリガシオン王国に滞在中、クティリンは人妻と逢瀬を重ねた挙げ句、妊娠させてしまったのである。一人や二人ではない。片手で足りないほどの人数を。
後腐れない相手を選んでいたようだが、のんきに子種を振りまいていたのだ。
クティリンの女遊びに知ったセシリアは激怒したが、クティリンは反省するどころか、愛人の存在は黙認しろだのと言って、すっかり開きなおっていた。
最終的にクティリンは未婚女性と関係を結び、妊娠させてしまった。
女性の父親から責任を取るように言われ、無理だと答えたら地の果てまで追いかけられてしまう。
命の危険を感じたクティリンはセシリアに泣きつき、妻となる女性は君しかいない!! と涙ながらに訴えた。
しかしながらセシリアの気持ちは冷え切っていたのだ。
彼を助けるどころか、セシリアはクティリンがこれまでオブリガシオン王国内でやらかした横領や収賄を指摘し、テンペスタ大国の国王に報告した上で婚約破棄をうると宣言したのである。
クティリンはテンペスタ大国に帰国したあと、王族から除籍されたようだ。
そしてテンペスタ大国はお詫びの印として、国内一の美姫と呼ばれていたエレナ王女を王太子殿下の婚約者として立てた。
けれどもその結果はご存じの通り――。
平然と婚約者を裏切る愚か者を目の当たりにしたセシリアは、すっかり結婚に対して嫌気が差していたのだ。
テンペスタ大国から即位の祝いと、国一番の美男子であるクレス王子との結婚を勧められたようだが、エレナ姫の件もあったので、きっぱり断る。
ちなみにエレナ王女はあの騒動のあと、自ら王族を除籍し、オブリガシオン王国に残ってセシリアの筆頭侍女を務めている。
テンペスタ大国に帰って修道院に身を寄せると言ってきかなかった彼女をセシリアが引き留め、傍にいるように言ったのだ。
セシリアはエレナ王女に対して女王の相談役の地位を用意したようだが、受け入れてもらえなかった。
表舞台に立たされる位置に置かれるのはこりごりだと言って、陰ひなたでセシリアを支える侍女になることを選んだのだ。
と、話が少し逸れてしまった――。
クレス王子との結婚を断ったことにより、臣下団の表情に不安が過る。
もしや我らが女王陛下は結婚するつもりはないのか、と。
けれどもそんな彼らの不安は杞憂に終わった。
セシリアは臣下団に対し、ある決定を知らせたのだ。
それは、結婚相手は国内の男性から選ぶ、というもの。
臣下団の表情は喜びに染まる。
なぜならば、自らの身内を女王陛下の王配として立てたら、自らの地位ももれなく向上するから。
一人目の婚約者候補は、臣下団の中でもっとも権力を持つ男の息子だった。
騎士隊に所属しており、セシリアに心酔しきっていたのである。
その男の名は、ブリアック・ド・ジョアンノ。
あろうことかブリアックは初めてセシリアと顔を合わせる場に、上半身裸でやってきたのだ。
彼としては、筋肉美を披露し、この体でセシリアを守ると訴えたかったのだろう。
しかしながらそんな彼を目にした瞬間、セシリアの表情は冷え切ったものとなる。
見苦しい、出て行くように、セシリアは短くそう命じたのだ。
当然ながら、婚約すら成立せず……。
セシリアは脳みそまで筋肉でできているような男が大嫌いだった。
なぜかと言えば、元婚約者だったクティリンがそうだったから。
彼もしきりに筋肉美を主張し、褒められることに快感を覚えるような人物だったのだ。
その後、ブリアックはセシリアの近衛騎士となり、日々傍で護衛任務に務めている。
夫としては不合格でも、騎士としてはとてつもなく優秀な男だったのだ。
ブリアックの見事な散りっぷりを目の当たりにした臣下団は、次から次へと血縁者をセシリアの王配候補として送り込んだ。
けれどもセシリアが頷くことはなかったのである。
そうこうしているうちに、お断りした見合いの件数は八十件を超えていた。
国内にセシリアと年齢と家柄がつり合う男はいなくなる。
そうなれば、送り込まれたのはうっかり婚期を逃した者となる。
中には親子ほども年の離れた男を送り込んだ臣下もいた。
女慣れしていないのもあるのか、セシリアをいやらしい目で見るだけでなく、上から目線で接する者が大半だったのだ。
当然ながら、そういう者に王配という権力を持たせると、女遊びに走るのは目に見えていたのである。
もれなく全員お断りだった。
そうこうしているうちに、切り捨てた王配候補は百名を超えた。
臣下団の表情は諦め一色となり、こうなったら誰でもいい、セシリアが選んだ男ならば、とまで言い出したのである。
セシリアは臣下団のこの言葉を待っていたようだ。
誰か心に想う男性がいるのかと思えば違った。
セシリアは国外の男に目を向け、王配を選ぶことにしたようだ。
ただ、これまでのように王族や貴族出身者から選ぶわけではないらしい。
彼女が望んだのはアインホルン聖国にいる、将来聖職者になるような男。
つまり、セシリアの亡き叔父である、ラウル枢機卿みたいな男性を望んでいるようだ。
セシリアはラウル枢機卿を尊敬していた。
王族という身でありながらつつましく控えめな暮らしを好み、清貧をこよなく愛するような男性だったから。
アインホルン聖国の神学校に通う者の中には、そういう男性が他にもいるかもしれない。
だから探してこい、と私に命じたのである。
「あの、女王陛下、私はこれでも女なのですが」
「わかっているわ。でもあなたは男所帯で育った上に、騎士隊の学校も男性に交じって平然とこなしていたでしょう」
「それはそうかもしれませんが……」
「大丈夫よ。あなた、男にしか見えないから」
身長は六フィート一インチ(※百八十五)、幼少期から鍛えた体は骨太で、シルエットは完全に男である。
セシリアの言葉を否定できなかった。
「あなたはこれまで多くの愚か者を見てきたでしょう? だから、いい夫になるであろう男というものがわかると思うの」
「その辺の感覚は自信がないのですが……」
「クティリンのときもそうだったじゃない」
実を言えば、クティリンの不貞と犯罪行為についていち早く気付いたのは私だった。
昔から、変なところで勘が働くのである。
「あなたの審美眼を信じているのよ。それにあなた、聖術を習いたいって言っていたでしょう?」
聖術――それは傷や病を癒やしたり、結界を張ったりできる、サポート能力に特化した魔法だ。
そんな聖術は神学校に通わないと習得できないのだ。
「あなたにとって、悪いだけの話ではないでしょう」
「うーーーん、しかし……」
「もう一つ、あなたをアインホルン聖国の神学校に潜入させたい理由があるのよ」
セシリアは深刻な表情で語り始める。




