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【短編小説】エディプス減税

掲載日:2025/12/17

 皿を洗いまだ湿り気が残った手で煙草を取り出して換気扇を回す。

 妻がテレビを見たまま独り言の様に

「見てよ、またニュースになってる。ただやればいいってもんじゃないのにね」

 と言った。

 妻が見ているテレビ画面は、実の両親を包丁で刺殺した若者が警察に連行されるシーンを繰り返しスロー再生で映していた。

 手錠をかけられた若者は俯いている。



 たぶん彼は知らなかったのだ。

 知らないと言う事は実に苦しい。

 妻はテレビから視線を俺に向けると「どうするか決めたの」と訊いた。

 俺は煙を吐き出しながら首を横に振る。

 煙が扇状に広がっていく。むかしの怪獣映画みたいだな、と思う。

 もちろん現実逃避でしかない雑念だ。

 いまの俺には行使したくない決定権がある。


 妻がぼんやりとテレビ画面を眺めたまま呟いた。

「やっぱり、うちの親からにしたいよね」

 俺はうん、と言えずに唸り声で返事をした。

 どちらの親と距離が近いかと言えば物理的にも精神的にも俺の実家だ。

 妻は実家と疎遠で数年は帰っていない。

 それならば妻の家を片付けるのが先になるだろう。

 だがそうなったのは半分くらい俺の所為である、と言う自覚もあってなかなか妻の両親を先にとは言えなかった。


 エディプス減税制度が施行された。

 年老いた親を殺せば相続税が免除されるし、社会保障費も割り引かれると言うものだ。

 かなり問題のある政策ではあるが、死ななくなった老人による高齢化社会にケリをつけるためには仕方がないとも思う。

 介護施設での働きても減り、野良老人が増え過ぎた結果だ。

 しかし、きちんと申請して公認マークの入った道具を使わないとニュースで見た若者の様に逮捕されてしまう。




 だが申請すると言う事は、殺される対象の相手にも通知が行くと言う事だ。

 突然の襲撃は許されていない。

 お互いに覚悟を決めてやる公平性を保つ意味があると言う。

 ただそれは逃走の恐れがあると言う事だし、物理的な距離はデメリットでしかない。


 イヤイヤ、渋々。

 考えれば考えるほど気が重い。こんなものは勢いでやってしまわねばならないのだが。

「要介護認定出るまで待つ訳にはいかねぇもんなぁ」

「あと何年かかると思ってんのよ」

「どっちの親にしても、そうだよな」

 呆けてしまえばラクだ。

 だが物事はそんなに甘くもない。

 それでも税金免除は魅力だし、将来の事を考えたらやらない手は無い。



 しかし逃げられるならまだしも、返り討ちに会うと言うニュースも時おり見る。

 腹を決めた存在は何をするか分からない。

 家中がトラップだらけになって、大怪我を負った襲撃者の通報を受けて駆け付けた警察官も巻き込まれて怪我をしたと言う記事も読んだ。

 親としては殺されるメリットが無い。

 当たり前だ。単純に考えて殺されるのは誰だって厭だろう。


 いい加減に腹を決めねばならない。

「しかし迷ってたってどうしようも無いもんな」

 聞かせる為の独り言はみっともない。

 しかし声に出さない事には踏ん切りがつかない。

 妻はスマホから顔を上げて俺を見た。

 目が「決めたの」と訊いている。

 俺は黙って頷いた。

 妻は分かっていた、と言う様に笑うとスマホの画面を俺に向けた。

 画面には「申し込み完了しました」と書いてある。



 準備の良い妻に笑いながら、やはり不安がある。

「いつ頃に届くんだ、道具は」

 それによっては苦労するかも知れない。

「週明けくらいみたい」

「そうか。じゃあ、有給取っておくか」

「うん」

 楽しそうに笑う妻を見て、俺も自分の親をやる時になったらこんな風に笑えるのだろうかと思ったが、それも減税されて増える予定の不可分所得について考えていたら何とかなる気がしてきた。



「明日は練習場に行こうね」

 指で銃の形を作って俺を撃つマネをして、久しぶりのデートに喜ぶ妻が可愛いと思った。

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