第8話 はじめましてから。(最終話)
「ごめんね、アン。僕、言葉が足りなくて…。」
前もってお知らせをくれたユーリが、予定通り次の日曜日にやってきた。
中庭に通されたユーリが、椅子に座って振り返りもしないアンに声をかける。
今日ももこもこの髪に赤い髪飾り。赤いワンピース。
「あの、その…アンがアンのことを覚えていないなんて思わなくて…。直接合わせて驚かそうと思ってたんだ。僕のことは覚えていないみたいだったし…。」
「・・・・・」
そうですね。5歳児の記憶って、そんなに当てにしてはいけません。
それに、小さいころから父と一緒にあちこちに仔犬を届けに行っていましたし。
そうね。犬に例えたら、今のユーリは耳がぺたんとして、尻尾はだらんと下がっている、って感じ?
「まさか君が学院に来ないなんて思ってもいなかったからがっかりしたし、君がデビューの時に久しぶりに会ったら、やっぱりアンはアンで、凄くうれしくなっちゃって。ずっと思っていた通りのもこもこの髪もくりくりの瞳も、にぱって笑う笑顔もそのままで…思わずプロポーズしちゃったんだけど、もっと時間をかけて、いろいろ話すべきだったね?」
「・・・・・」
そうですね。説明が不足すぎでしたね。
私にしてみたら、過程をすべてすっ飛ばしてプロポーズされたもんですから。
「ごめんね。君は僕の初恋だった。あの仔犬は君の名前を貰ったんだ。君が赤が似合うように、うちのアンも似合うなあ、って、母に赤いお洋服を作ってもらった。君がアンを連れてきてくれてから、僕の家は明るく、みんなが笑って過ごせる家になったんだ。母も元気になったし。あの…。」
「・・・・・」
「怒ってるよね?」
肩を落として、耳を伏せて、尻尾が股の間に入っちゃった?
仕方ありませんねえ…。
しょんぼりと佇む大型犬に、後ろからそっと忍び寄って、ぎゅうっと抱きしめる。いい男なのに、なんて不器用なんだろう。うふふっ。
「え?アン?」
「え、と。私は残念なことに何も覚えていないので、初めまして、からでよろしければ?」
「ううう、アン。」
おとなしく座っていた、父の友人からお借りして来たプードルのベン君が退屈して後ろ足で鼻を掻く。