火の試練と精霊の契約
「火の国に行くのはいいけど……どのくらいかかるんだ?」
アリスと共に旅立つことを決めた昭人は、まず目的地までの距離を確認することにした。
「歩いて行くなら一週間はかかるわね。でも、王族専用の転移門を使えば、すぐに都に行けるはずよ。」
「転移門? そんな便利なものがあるのか。」
「ええ。でも、誰でも使えるわけじゃないの。王族の血を引く者か、王が認めた者だけ。」
アリスの言葉に、昭人は少し考えた。どうにかして王族の資格を証明できれば、すぐに火の国へ行ける。
「……その転移門って、どこにあるんだ?」
「村の近くに、古い神殿があるはずよ。そこに門があるわ。」
「よし、行ってみよう。」
二人は、草原を抜けて村へと向かった。
村の近くにあるという神殿は、思ったよりも荒れ果てていた。石造りの建物は苔むし、ところどころ崩れている。
「ここが……?」
「ええ。昔は火の神イグナスを祀る神殿だったの。でも、今は誰も来なくなったわ。」
昭人は、神殿の奥に進む。すると、石の扉が目の前に現れた。
「この奥に転移門が?」
「ええ。でも、この扉は簡単には開かないわ。」
アリスが扉に手をかざすと、扉が淡く光った。しかし、すぐに光は消え、扉はびくともしなかった。
「……やっぱり、試練を受けないとダメみたいね。」
「試練?」
アリスは少し不安そうな顔をした。
「火の精霊イグナスの試練に合格しないと、門は開かないの。」
「精霊の試練か……やるしかないな。」
昭人がそう言うと、突然神殿の中が赤く光り、石の扉がゆっくりと開いた。
「え? 開いた?」
「違う……試練が始まったのよ!」
神殿の奥から、灼熱の炎が吹き出した。その炎の中から、巨大な赤い狼のような姿をした精霊が現れる。
「汝は誰だ?」
「俺は高橋昭人。異世界から来た料理人だ。」
「料理人……? ふん、この場にふさわしいか試してやろう。」
イグナスが前足を振るうと、目の前に鉄鍋と食材が現れた。
「この試練を乗り越えたければ、我を満足させる料理を作れ。」
「料理の試練か……面白いな。」
昭人は食材を確認する。肉と野菜、そして香辛料のようなものが揃っている。しかし、調理器具は最低限しかない。
「これで満足させろってか……いいだろう!」
彼はすぐに火を起こし、鍋を温めた。肉を焼き、野菜を炒め、香辛料を加えて煮込んでいく。その香りが広がると、イグナスの目が僅かに細まった。
「これは……」
「最後の仕上げだ!」
昭人は、香ばしく焼いたスパイスを加え、スープに深みを持たせた。そして、慎重に盛り付けると、イグナスの前に差し出した。
「さあ、食べてくれ。」
イグナスは皿を見つめた後、ゆっくりと口をつけた。
「……熱い。しかし……この味は……!」
精霊は驚いたように目を見開く。
「……見事だ。これほどの料理をこの場で作るとは……。」
イグナスは立ち上がると、昭人の前に歩み寄った。
「汝の力を認めよう。我と契約を結ぶ資格を授ける。」
精霊の体が輝き、アリスの手に赤い紋章が浮かび上がる。
「これは……?」
「火の精霊イグナスとの契約の証。これでお前は真の火の国の王族として認められる。」
アリスは驚いたように手を見つめる。
「私が……本当に?」
「そうだ。そして、お前の隣にいる料理人もまた、この世界を導く者となるだろう。」
昭人はイグナスの言葉を噛み締めた。
「俺は、料理でこの世界を救う。それがエリシエルから与えられた使命だからな。」
「ならば、我も見届けよう。その使命が果たされる日を。」
精霊が消えた瞬間、神殿の奥の転移門が光を放つ。
「これで火の国へ行ける……!」
アリスと昭人は顔を見合わせ、決意を固めた。
――世界を救うための旅は、今始まったばかりだ。