旅立ちの料理
昭人が異世界エリノクシアへと降り立ってから数時間が経っていた。目の前には草原が広がり、遠くには小さな村のようなものが見える。
「さて、まずは何をするべきか……」
彼の手には、神エリシエルから授かったレシピ本がある。この本は、彼が作った料理や手にした食材の情報を自動で記録するというものだった。しかし、今のところ本の中身は真っ白で、何も記されていない。
「まずは、何か作らないと始まらないよな……」
空腹を感じた昭人は、まず食材を探すことにした。幸い、周囲には木の実や野草が生えており、少し歩くと小川も流れていた。
「水は確保できそうだな。あとは……火を起こせるものが欲しい。」
昭人は、以前キャンプで習った方法を思い出しながら、木の枝や石を集める。そして、何度か失敗しながらも、ついに火を起こすことに成功した。
「よし、簡単なスープでも作ってみるか。」
彼は木の実や野草を小川の水で煮込み、即席のスープを作った。すると、彼の手元にあるレシピ本がほのかに光り、中のページに何かが浮かび上がる。
――《森の恵みスープ》のレシピが記録されました。
「おお……! ちゃんと記録されるのか。」
昭人は驚きながらも、レシピ本の力を実感する。このスープは簡素なものだったが、滋味深く、体に染みわたるような味わいだった。
「悪くない。これなら、異世界でもやっていけそうだな。」
そう思っていた矢先、背後からバサリと草が揺れる音がした。
「誰だ!?」
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。赤みがかった髪に、鋭い眼差し。
「……あなた、何者?」
少女は警戒心をあらわにしながら、昭人をじっと見つめていた。
「俺は昭人。ちょっとした事情でここに来たんだけど……君は?」
少女はしばらく考えた後、ため息をついた。
「……私はアリス。火の国の王族の娘。」
「火の国?」
昭人は初めて聞く国の名に戸惑った。しかし、アリスの雰囲気からして、ただの村娘ではないことは確かだった。
「あなた、さっき何か作ってたわよね? そのスープ、少し分けてくれない?」
昭人は少し考えた後、頷いた。
「いいよ。簡単なスープだけどね。」
アリスは警戒しながらも、スープを口に運んだ。そして、驚いたように目を見開く。
「……これ、美味しい!」
「そうか? まぁ、野草と木の実のスープだけどな。」
「違うわ。こんな味、今まで食べたことがない!」
アリスの言葉に、昭人は違和感を覚えた。
「もしかして、この世界の料理ってそんなに制限されてるのか?」
彼の問いに、アリスは少し黙った後、静かに頷いた。
「……そうよ。この世界の料理は、昔に比べてずっと貧しくなったって言われてるわ。昔は、火の国には伝説の料理があったらしい。でも、それが全部失われて……。」
昭人は、その話を聞いて確信した。
「それが、エリシエルが言っていた“失われた食文化”か……。」
「あなた、どうしてそんなことを知っているの?」
アリスは疑いの眼差しを向ける。昭人は少し迷ったが、正直に答えることにした。
「俺はエリシエルから使命を授かったんだ。この世界の失われた料理を取り戻すために。」
アリスはしばらく黙っていたが、やがて真剣な表情で昭人を見つめた。
「……だったら、私もあなたに協力するわ。」
「え?」
「火の国の王族として、この世界の料理が失われていくのをただ見ているわけにはいかないから。」
昭人は一瞬驚いたが、やがて笑みを浮かべた。
「なら、よろしく頼むよ。まずは、火の国の料理を取り戻すことから始めようか。」
こうして、昭人は最初の仲間であるアリスと共に、異世界の料理を復活させる旅へと踏み出した。
――料理で、世界を変えるために。