転生とレシピ本のスキル
目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。
昭人は、ぼんやりとした意識の中で空を仰いだ。見たことのない色の空、どこか幻想的な光が揺れる森の中。風が木々を揺らし、かすかに聞こえる小鳥のさえずりが異世界の静けさを際立たせていた。
「……ここは、どこだ?」
確かに自分は料理人として働いていたはずだ。だが、深夜の帰り道、ふと足元が崩れるような感覚に襲われた。そして次に目覚めたのが、この場所だった。
「これは……夢か?」
昭人は、混乱しながら周囲を見渡した。
しかし、次第に自分が目にした景色が、ただの夢ではないと感じ始める。
「あれ、もしかして……転生した?」
彼はすぐに自分が異世界に転生したのだと理解した。
転生という概念は、ゲームやアニメ、そして小説の中で幾度となく見たことがある。しかし、まさか自分がその主人公になるとは思ってもみなかった。
立ちあがろうとしたとき、不意に頭の中に声が響いた。
『ようこそ、エリノクシアへ』
その声は穏やかでありながら、どこか威厳に満ちていた。
「エリノクシア……?」
戸惑う昭人の前に、まばゆい光と共に一人の女性が姿を現した。透き通るような銀の髪、穏やかな微笑みを浮かべた女性——エリシエルと名乗る彼女は、この世界の神だという。
「あなたにこの世界の巡礼者としての使命を授けます。エリノクシアの各地には、かつて伝説の料理が存在していました。しかし、それらは長い年月と共に失われ、今では誰も作ることができません。」
「伝説の料理?」昭人は聞き返す。
「そう。料理はただの食事ではありません。人々の文化を支え、心を繋ぐもの。しかし、この世界の歴史の中で、料理の力を封じた者がいます。あなたの役割は、この世界を巡り、再びそれらの料理を取り戻すこと。」
エリシエルが手をかざすと、昭人の目の前に一冊の古びたレシピ本が現れた。
「これは……?」
「これはあなたに授けるスキル。『レシピ本』——あなたがこの世界で新たな料理を生み出すたび、この本に自動で記録されていきます。そして、失われた伝説の料理を復活させることができるでしょう。」
昭人は慎重にレシピ本を手に取った。表紙は古びているが、確かに「料理人」としての何かを感じさせるものだった。
「ただし、注意してください。この世界には、あなたの旅を阻もうとする者もいます。彼らは料理の力を恐れ、その存在を消そうとしている。」
エリシエルの言葉に、昭人は緊張した。
「……俺がやるべきことは、料理を取り戻すこと、ですね?」
「ええ。そして、あなたの料理がこの世界にどんな影響を与えるのか……それは、あなた自身が見極めることです。」
エリシエルの姿が光と共に消えると、静寂が戻ってきた。
手元には確かに『レシピ本』がある。
昭人は深く息を吸い込み、自分の手のひらを見つめた。
「……面白くなってきたじゃないか。」
こうして、昭人の異世界レシピ巡礼の旅が始まった。