悪女、リーシャ・ジニアースの断罪倍返し
「リーシャ・ジニアース! キミとの婚約は今日ォ、この時よりィ、破棄させてもらぁぁーうッ!!」
デビュタントボールのその日。
私は晴れて16歳になり、婚約者にエスコートされてきたこの舞踏会の場にて。
その私の婚約者である彼。
公爵家の御令息であるディリム・トゥヘンボークが、感情に任せてそのお顔を真っ赤に染め上げ、馬鹿でかい声で会場中に響かせた。
会場は一気に静まり返った。
「申し訳ございませんディリム様。今一度、お聞かせ願えますでしょうか?」
「なにぃ!? 耳まで遠くなったのか! いいかよく聞けッ! 貴様との! 婚約は! 破棄だと! 言ったのだ! この愚か者めがぁああーッ!」
まあまあ。
熟れたトマトのようにお顔をパンパンにして真っ赤にさせて……ディリム様ったら、そのままぱーん、って弾けてしまいそうね。
でもきっと中身はピーマンだから弾けても何も出てきやしないでしょうけれど。
「この私との婚約を破棄、と。ほうほう。まずは理由をお聞きしても?」
「よほど自分の愚かさを周知させたいようだな!? いいだろう! ひとつひとつ貴様の罪を暴いてやろう! 今日、貴様をここまでエスコートしてやったのもまさにィィイ! この断罪劇の為なのだからなぁー!?」
はて、私の罪とな?
このお馬鹿な公爵家のボンボンからは中々に面白そうな話が聞けそうだぞ。
と、私は本気でワクワクしてしまった。
「まずひとつ! 貴様は私を全くもって敬っていない! 初めて出会ってからこの一ヶ月の間、私が何度となく命じても貴様は私にスキンシップを求めてこなかった!」
ふむふむ。
「貴様のようなごくありふれた男爵家の娘など、ごまんといる。その中でも貴様は栄えあるこのスーパーハンサムなディリムの婚約者に運良く選ばれたというのに、何故もっと私に媚びを売りにこない!? 本来なら自ら身体を差し出すくらいが当たり前であるぞ!」
なるほどなあ。
「次に貴様の浅はかさ! 貴様は婚約者であるはずのこの私に一切の忖度をせず、年度末の総合試験結果の順位でこの私を上回り、私をコケにした! あるまじき不敬だ!」
ほうほう。これは不敬罪っと。
「次には貴様があまりにも世間知らずである事! 我がトゥヘンボークは貴様の領地であるジニアース領の開拓資金へ多額の援助金を送っている! そんな事を知らずに私に対して金づかいが荒いなどの無礼な発言! これもまた不敬の極みだ!」
だってディリム様、意味のないところで馬鹿みたいにお金使うから。
「次に貴様が恩知らずである事! 私は貴様には幾度となく大変に希少で価値の高い贈り物をしてやった! なのにもかかわらず貴様はこの私に対して何ひとつしてくれなかった! 普通ならば、婚約者には甘いおやつを作ってくれたりお弁当を作ってくれたりするものだッ! その癖、貴様が私のもとに来る時といえば、やれ勉強がどうだの、礼儀作法がどうだの、社会情勢がどうだのとくだらない話ばかり! せめてもっと気の利いた面白い話を持ってくるくらいしたらどうなのだ!?」
望んでいないものを勝手に押し付けてきて、かつ、私がそれはいらないと拒否しても強引におきざりにしていく事を贈り物と言うのなら確かにいくつか頂いてはいる。
「次に貴様が恥知らずな事! お前は高貴なこの私の婚約者であるというのに、早朝から屋敷周辺のゴミ拾いなどをしていた! そんな下賤な仕事は使用人にやらせればよいと何度も言ったはずだッ!」
それも一応意味があっての事なんだけどねぇ。
「最後に、私の為に尽くしてくれているシエラを貴様が虐め抜いていた事ォオッッ!!」
ん?
「貴様は陰で私の大事な友人であるシエラを酷い言葉で追い詰めて虐め抜いていたらしいな!? 我が婚約者として断じて許されんあるまじき愚行ッ!!」
彼のその言葉共に、彼の傍へと一人の令嬢が駆け寄る。
「そうなんですの、ディリム様。わたくし、もう辛くて辛くて」
彼女はシエラ。
私たち貴族が通う貴族学校の同級生で、私よりも格式が上の伯爵令嬢だ。
「かわいそうにシエラ……もう安心するがいい。私があの悪女を断罪してやるからな」
ディリム様は彼女の肩を抱いて、気持ちの悪い笑みでそう呟いている。
ほほう、私は悪女とな。
まあそれもあながち間違いではないかしらね。
「そういうわけだ、リーシャよ。貴様にはもはや呆れ果てた! 貴様には婚約破棄を申し渡す! 加えてこれまでの貴様の罪は我が父を通じてすでに国王陛下の方にも話を通してあるッ!! 貴様は近々、王命がくだり処罰がなされるであろうなぁッ!? かーっかっかっか! っう、ゲホゲホ!」
むせるくらいなら変な笑い方するもんじゃないわよ。
はーはーと肩で息をしているディリム様を見て私は心の底から「ああッ」と思わず歓喜の声を漏らしてしまいそうになるのを堪えた。
だって待ちに待っていたんですもの。
彼からの断罪劇を。
この、瞬間をッ――。
「はあ、はあ……! わかるかリーシャ! 貴様の愚かさはこうして社交界の場にて拡散されるッ! もはやお前たち男爵家がまともに生活できると思うなよォ? 取り潰しも免れぬかもしれぬなぁァア!?」
なんでもいいけどディリム様っていちいち喋り方がねちょねちょしてんのよね。語尾が気持ち悪いのよ。
「ふくくく! 私が何も知らないと思って甘く見ていたなあリーシャ・ジニアース? 男爵家の癖に学園初まって以来の天才児などと持て囃され、良い気になっていたようだしナァ? 私を陰で見下し、馬鹿にしてきたツケがこれなんだヨォ、リーシャ・ジニアースぅぅううう!?」
自慢のしゃくれた顎がものすごい勢いで飛び出ている。
自称すーぱーハンサム(笑)な彼は高飛車になるとついつい顎がにょきっと飛び出てきちゃうのだ。
それだけは唯一、彼の中でも一番のおもしろポイントである。
ディリム様がほくそ笑むその姿を見て、私は楽しみで仕方がなかった。
これから本当に断罪されるのは彼なのだという、ものすごく近い未来に胸躍らしながら。
「リーシャ・ジニアース。彼が言った事は全て真実か?」
ディリム様からの断罪がひと段落すると、彼のすぐ傍にいたソーマ・ロマリア王太子が低い声で私へとそう問いかける。
「……」
私はソーマ王太子に対して小さなため息と共に顔を横に振って答える。
この夜会にわざわざソーマ王太子が呼ばれていた理由はおそらくこれだ。
ディリム様が私への断罪を大々的に公開して行い、その様子を殿下から陛下へと伝えさせる。
聡明でありながらも悪に対しては冷酷無比なソーマ王太子を利用してまで私を陥れたかったのね。
――もう、本当に大変だわ。
くす、と思わず笑いが溢れてしまいそうになるのを堪えるのが大変だった。
――愚かで哀れな人。
だってこれから始まるのはあなたへの断罪なのだから。
「ソーマ殿下、見てください。この女は言い訳もできないでしょう!?」
ディリム様がほくそ笑んで私を見下す。
「わかったなら今日のところは帰るがいい! そして後日、陛下のもとで私への不敬罪の処遇を存分に受けるのだなァア!?」
最高に気分がよさそうな彼を見て、私も最高に心を躍らせる。
――さあ、それでは始めましょうか。断罪の倍返しを。
「かしこまりました。ディリム様」
まずは挨拶がわりにカーテシーと共に返事をした。
「ふん!」
ふんっと彼はふんぞり返っている。
「最後にわたくしの方からもお伝えしておきたい事がございます」
「ならんならん! 貴様の戯言など聞くに耐えんわ。さっさと出ていけッ!」
しっしっと私を追い出そうとするディリム様とは裏腹にソーマ王太子はギロリと私の方を睨みつけて、
「言いたい事があるなら早く申せリーシャ」
苛立ちを募らせているのか、彼は冷たくそう言い放ってくれた。
私はソーマ王太子の言葉に甘え、続ける。
「まずはディリム様への不敬についてですが、わたくしは成人するまで純潔を保ちなさいと教えられています。なので別にディリム様を敬っていないから触れなかったわけではありません」
まぁ実際は気持ち悪くて触りたくもなかったんだけどね。
「ふざけた事を……それでも普通口付けくらいはするものであろうが! 貴様は手すら触らせぬではないか!」
ディリム様が何か言っているが無視して続けるとしよう。
「次に試験の順位ですが、わたくしがディリム様を忖度して悪い点を取るとなると、ほぼ全教科においてペーパーテストを白紙で提出しなければなりません。貴族学校内においては王族や身分上の者への学問や運動能力に関する配慮は一切する必要はない、と陛下の認可のもと校則で定められております」
「そんな校則など知るか! しかも白紙で出さなければならないとはふざけた事を抜かすな! 私の試験結果が0点だとでもいいのか!?」
「いえ、ディリム様の座学のみに関する試験結果自体は多少点数はあるのですが、貴族学校の総合試験順位は魔法学の実施結果からも算出されております。わたくしは基礎魔力が少々高いので、座学の試験を全て白紙で出したとしてもディリム様より順位が下回るのは難しいかと」
「そ、そんな事知るか! だったらお前がもっと私に勉学を教えればよかったではないか!」
凄いなぁこの人。
私は何度か勉強を見ましょうかと進言した事があったのを完全に忘れているんだ。
マジで頭、ピーマンなのね。
「……続いてお金の件ですが、これはわたくしの考えだけでディリム様に注意を促したのではございません。ディリム様のご父上にもお願いされていたから、それを守っただけにすぎません」
「は? 何を言っている貴様?」
「ディリム様のお父様はディリム様の散財に頭を悩ましておられたのですよ。あなたは勝手に屋敷内にある金庫を開けてはお金を使いたい放題していたでしょう。トゥヘンボーク家の家令の方は実に嘆いておりましたよ。いくら帳簿を調整、修正しても毎月収入と支出が合わないと」
「私の家の金を私がどう使おうと勝手であろうが! だいたい私は母上には言ってあるぞ!」
「だからあなた様のお父様が頭を悩ませいたのですよ。あなたとお母様が金遣いが荒すぎる、とね」
「ふん! そんな事知るか! だいたいうちは金など腐るほどあるんだ。父上はちょっと心配性なだけだ!」
ちょっと、ね。
ふふふ、これはますます楽しくなってきたわ。
「……次に贈り物を、との事でしたがそれに関しては些か事実が捻じ曲げられておりますね。あなた様がわたくしに贈ってくださった物は漏れなく全て、価値のないものです」
「なんだと貴様ァ!? 言うに事欠いて価値がない、だとぉぉおお!?」
「はい。あなたが下さった物、全て挙げてましょう。まずあなたが描いた油絵、絵画の数々。あなたが書いたポエムや詩。そしてあなたが散髪した際の髪の毛の束」
「うむ、そうだ。どれもこのディリムから生まれた唯一無二の芸術品であろうが。将来的価値は何万金貨になるか、予測もつかぬであろう!」
「これらは総じて価値がない物……と、言うよりその全てはゴミ同然です」
「ゴゴゴゴゴッ、ゴミ、だとぉぉぉおおおッ!?」
「はい。まず個人で作られた物に関してそれが価値ある物になるかどうかは、ディリム様が決めるのではなく市場が決めます。一般的な物であれば供給源と需要のバランスで市場価格が決まります。芸術品の場合、市場はその物品価値を定めるにおいてその出来栄えの他、それにどのような背景があるのかをまず考えます。ディリム様は確かにトゥヘンボーク公爵家のご令息ではありますが芸術的な知名度は皆無であり、また根本的にその絵も程度が低すぎるため、これに金銭を支払う価値が生まれるかと考えるとそれはほぼ皆無に等しいでしょう」
「な……きさ」
「更に続けますと絵画やポエム等に関してはただの燃えるゴミで済むので暖炉の肥やしにでもすればまだ良いのですが、問題なのはディリム様の毛髪です。これははっきり言ってゴミ以下の物です」
「貴様、またゴミなどと」
「まず他人の毛髪を束ねて他者に贈るという行為自体、頭がイカれております。確かに毛髪をたくさん集めればカツラとかに使えるかもしれませんが、ディリム様の贈ってこられた毛髪の束は全て短いうえに、ちょっとべたついていて、更にはフケもたくさん付着しており、とてもとてもとても、汚らしいのでまさに汚物と同等と言えます。汚物でしたら畑の肥やしにもなりますが、毛髪ですと畑の肥やしにも、暖炉の肥やしにするのにもおぞましいと考えられますので、まさに汚物以下のゴミと言うに相応しいでしょう」
「お、汚物以下だと、きさ」
「加えて、わたくしはあなた様に何も贈らなかったわけではありません、わたくしはあなた様にいくつもの書類をお渡し致しましたよね? それこそがわたくしからの一番の贈り物です。わたくしはあなたの行動や問題点をまとめた資料をあなたにお渡ししました。その中には座学で習った事をなるべくわかりやすくしてまとめたレポートも入っておりました。ここで先程の成績の件に話を戻します」
「いや、ちょっと待て貴様少し私の話を」
「ディリム様のおつむが相当に終わっている事はわたくしだけでなく、トゥヘンボーク家の者も皆、重々に承知しておりました。はっきりいってこのままでは将来、あなた様はこの国の上流貴族の中でも一番頭が悪い公爵様になってしまいます。何故なら相当におつむが終わっているからです」
「同じ事を二度言うなッ!」
「ディリム様はおつむが相当に終わっているので、おそらくわたくしが渡した書類のほとんどは読まずに積んだままにしておいているのでしょう。というか、そうなっているとすでにあなた様のお父上からもお聞きしております」
「きさ」
「そこでわたくしは直接あなた様に口頭でお伝えしようとしましたが、お前の話はつまらん! と言ってわたくしの言葉をまともに聞こうとは致しませんでしたよね」
「だからそれは貴様の話がつまら」
「書面で送っても駄目。直接説明しても駄目では正直言ってお手上げでした。だからあなた様のおつむを改善する事は諦めました。ディリム様は素行もよろしくなく、おつむも終わっている、とすでに学校だけでなく社交界でもとても有名になっておりました」
「おい、ちょっと待て。私はそんなに有名なのか……?」
「有名です。トゥヘンボーク家の長男は終わってる、と。知らない人はいないのでは? さて、話を戻します。次にゴミ拾いの件です。わたくしのおうち、ジニアース家では、やれる事はなるべく自分でやる、というのを家訓にしており、自分たちの住む屋敷であるなら気が付いた者がゴミを拾うのは当然なのです。確かに貴族がゴミ拾いなどをしているのは威厳を損なうと考える者もいるかもしれませんが、我が家ではそれを美徳と考えております。それに貴族の主が掃除をしてはいけないなどという法律もありませんしね」
「ゴミなど拾うような貧乏貴族になどなりたくはない! そんな奴が婚約者であったと思うと怖気が走るわ!」
「貧乏貴族……?」
「ん? なんだ!?」
「ああ……いえ」
危ない危ない。思わず漏らしてしまうところだった。
どちらが本当に色んな意味で貧しいのか、をね。
「話を戻しますね。最後にシエラの事ですが、わたくしが彼女を虐めていたというのはわたくしの記憶には一切ございません」
「っは! それはそうだろう!? だいたい虐めというものはやった本人は理解していないものだからな!」
お、それだけは初めて同意見だわ。
こんなお馬鹿さんでもそれくらいは理解しているのね。
「ではそうですね。隣にいるシエラさんご本人にお聞きします。シエラさん、わたくしはあなたにどのような事を致しましたか?」
「……もういいんですのね? わたくしが全てを語ってしまっても?」
私は彼女の目を見て笑顔で答える。
「ええ」
「わたくしシエラは、ディリム様の事を非常に馬鹿にした発言をたくさんリーシャ様から聞かされておりましたの」
シエラの言葉を聞いて、ディリム様が彼女の肩を抱いた。
「なるほどな、シエラに私の悪口を吹き込んでいたわけか! なんという陰湿な……」
「はい。ディリム様は頭が終わっている、魔力の素質もなく、考え方に生産性がない為、トゥヘンボーク家が没落する事が目に見えている。だからディリム様と付き合うのはやめろ、と……」
「なんという酷いデマだ! リーシャ貴様、そんな風にシエラを謀ろうとするとはなんと卑怯な女なのだ!」
「おまけに婚約者がいてもあちこちの女に手を出そうとするし、すぐにえっちな事をしようとしてくるし、おまけに脂性だからボディタッチされた部分がねちょねちょしていて気持ちが悪い、と……」
「そ、そんな事はしない。私はシエラだけは特別で……」
「伯爵令嬢のキャサリン、子爵令嬢のメリー、男爵令嬢のサニア。彼女らもまたわたくしと同じくディリム様に言い寄られている、と。そもそもディリム様はリーシャ様という婚約者がいるのにもかかわらず、わたくしと不埒な関係を迫ってきておりました……」
「あ……? おいシエラ、お前さっきから何を……?」
そのタイミングでシエラはスっとディリム様から離れ、私の近くに歩み寄る。
「そしてリーシャ様は仰いましたわ。ディリム様はもうおしまいだ、と」
「な、なに!? おいこれは一体どういう……!?」
周囲の者たちはさきほどから静まり返っている。
そう。
この断罪劇が始められた最初から、皆黙って事の成り行きを見守っている。
だって、本来断罪される予定だったのは――。
「なるほどな。するとディリムよ。これまでの話を統合すると、婚約者であるはずのリーシャはお前の為に奮闘していたが、その温情もわからず利己的にしか物事を考えない愚か者だった、という事か」
ソーマ王太子殿下が低い声と共に鋭く彼を睨み付けた。
「なッ、ち、違いますソーマ殿下! 全てはあの女が不敬であったからで……おい、シエラ! お前も散々リーシャの悪口を私に言っていたであろうが!?」
「え? そんな事言うワケありませんわ」
「は?」
「何を馬鹿な! さっきも辛くてと言っていたであろうが!?」
「ああ、それは本当ですわ。だって今日この日まで、ディリム様に気に入られるように振る舞っていなくてはならなかったんですもの。それが辛くて辛くて」
「な、なん――」
ディリム様が困惑していると。
「ディリム・トゥヘンボーク。どうやらお前はトゥヘンボーク家という名家の嫡男でありながらとんでもない愚か者のようだな。お前の父君はとても紳士で優秀な男だと言うのに。トゥヘンボーク領の税収で集まった金も不可解に消えていると聞いているが、よもやお前が金や帳簿をちょろまかしているのではないのか?」
ソーマ王太子殿下が強めの口調で彼へと尋ねた。
「え!? な、なんでそれを……あ、いや、そんなわけあるはずがないですソーマ殿下!」
「貴様には色々と聞かなければならないようだな。おい、衛兵。ディリムを王宮へ連行しろ。後ほど詳しく事情聴取させてもらう」
「ご、誤解です! 私は何もやましい事は……。というか何故こんな事に!? おかしい、おかしいぞ! さてはリーシャ、貴様が何かしたのか!?」
「……」
私は無言で微笑んだ。
「誤解なのです殿下! 話を聞いて……!」
ソーマ殿下の掛け声と共に多くの衛兵たちが集まり、ディリム殿下はずっと抵抗していたが、そのまま連れて行かれてしまった。
そしてディリム様が連れて行かれた直後、舞踏会場は盛大な拍手に包まれた。
「ありがとうリーシャ!」
「やっと念願の断罪を見れて幸せだわ!」
「リーシャ、あなたのおかげよ!」
会場にいた多くの令嬢たちが私の周りに集まって、私にお礼を述べている。
そう、この断罪劇はこの舞踏会に参加する全ての者が、こうなる事をわかっていたうえでの舞踏会だったのだ。
たった一人、傲慢で愚か者でドスケベで性格最悪な公爵令息のディリム様を除いて。
皆、うんざりさせられていたのだ。あのディリム様の横暴と我儘さに。
しかし下手に逆らうわけにもいかずこれまで皆、沈黙を貫いてきたのだが、彼を陥れる為に私は全ての段取りを整える事にしたのである。
トゥヘンボーク家は実は昨今領地の経営難が続いており、金銭面で大きく困窮していたのだ。それを知らなかったディリム様とその母君はふたりで散財し放題なうえ、屋敷の金庫からも勝手に金を使う始末で公爵はほとほとふたりに愛想を尽かしてした。
そんなディリム様と母君をなんとかするにはそれより力のある者に問題点を聞いてもらうのが一番だと考え、私はあらかじめ王太子殿下に全てを密告していたのである。
「……リーシャ」
そんなソーマ王太子殿下は険しい顔で私の前に来た。
「殿下、この度はご協力、ありがとうございました」
「馬鹿者」
やはり殿下は怒っている。
こんな事に協力させてしまったのだから当然か。
「申し訳ありません殿下。ですが、このようなお願いを聞いていただきまして、まことにありがとうございました」
「違う。こんな真似をしてもしディリムが我を忘れてお前に危害を加えたらどうするつもりだったのだ。私はお前の身を案じて気が気ではなかったのだぞ」
「まあ。でもご安心を、そうしたら全力で逃げますから」
「はぁ……全く。だが、これでもう無駄な演技もいらなくなったな」
「ええ、そうですね」
「聞け! 今日この時よりリーシャ・ジニアースは我が婚約者とする!」
ソーマ殿下は会場中に声を響かせた。
私はかねてよりソーマ殿下から愛を囁かれていたのだ。
だが、トゥヘンボーク領をなんとかする為、先にディリム様へと罰を与えたいが為にこうしてひと芝居打ち、彼を陥れたのである。
と言っても私が実はすでにソーマ殿下と通じている事をディリム様以外はほとんどの者が知っていた。
だからこそ、皆、私に協力してくれたのだ。
「おめでとうリーシャ! 殿下!」
たくさんの祝福を受けて私たちはその日、正式に婚約者となった。婚約破棄をされたその日に、というのも中々面白い結果ではあるが。
こうしてお馬鹿な公爵令息からの断罪を何倍にも返してやり、舞踏会は仕切り直しされたのだった。
それから。
トゥヘンボーク領は王家の監視付きのもと経営計画の立て直しがされる事になった。
ディリム様の父君である公爵様は自らの無能さを恥じて、爵位を返上すると進言してきたらしいが、ソーマ王太子はそれを認めなかった。それより、息子と妻はいないものと考え、領地経営の立て直しに専念する事を命じた。
ディリム様とは違って、彼の父君は優秀だからとソーマ王太子殿下は言っていた。
ディリム様は様々な問題行動を陛下より咎められ、貴人牢へしばらく幽閉される事となり、母君は離婚させられたらしい。
「それにしてもリーシャ。何故あのような危険な真似をした?」
ソーマ殿下は後日、私があの日舞踏会で行った断罪の反逆について尋ねてきた。
そんなの、決まっている。
「断罪などせず、粛々と婚約破棄をしてくるのなら、あのような真似はしませんでした。彼がどう動くかによっていくつかのパターンを考えていたのですが、彼は愚かにもわたくしを辱めるように断罪劇を始めたでしょう?」
「ああ。ディリムの言葉は愚かにも、その全てが罪ではなかったがな」
「ええ。でもやられたらやり返すのがわたくしたちジニアース家の家訓ですので。やられたらやり返しますわ。それも倍返しで。なにせわたくし、悪女ですから」
そう言って微笑んだ。