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聖女の色持ちではないんですがね 9





「冷めてしまうぞ」


こっちをちらりと見てから、そう呟く。


「あ、うん」


湯気を立てているそれは確かに美味しそうではある。


「それともスープは苦手か? 食べられないものが実はあったとかか?」


わかってる。わかってるけど、素直に手をつけられなくて。


「……はあ。わかった。ならば、俺が証明すればいいんだな」


とか、会話の何に反応したのかわからない言葉を吐く。


「証明って」


こっちはそんなこと、なにも口にしていないのに?


立ち上がり、あたしの横に腰かけて。


「よこせ」


短くそう告げて、あたしの手からスプーンを奪う。


「……うん、上手く出来た。毒も入っていない。…ほら、食べろ」


一口食べて見せて、味の保障と毒見をしてくれる。


(って……毒?)


「ち、違……っ。毒入っているなんて、疑ってなんか!」


微塵も思っていなかったのに。


疑ったと思われているのが、悲しい。


「そんなつもりはなくって……あたし、は」


違う意味で食べられていなかっただけなのに、この人は。


「カルナーク…は、どうしてこれ……持ってきてくれたの」


答えを想像できてしまうのに、聞かずにはいられない。


聞きたくないのに。


『聖女だから、早い回復を願っている』


とか言われたら、それ以外のなにもあたしにはないんだってことが確定しそうで。


すがるように、彼の服の裾を握ってしまう。


「…お前。なんで、そんな……」


どんな表情しているんだろうか、あたしは。


あたしと見つめ合う格好になったカルナークが、大きく目を見張った後に眉間にしわを寄せて険しい顔つきになった。


裾を握っているあたしの手に、カルナークの手が重なる。


重なっている2つの手を見下ろしていたら、一瞬でカルナークとの距離がゼロになった。


気づいた時には、真横から片手で抱きしめられていて、重ねられた手はそのままで。


「大丈夫だ。俺は、さっきお前が俺を案じてくれたから、同じことを返しているだけだ。お前が俺を大事にしてくれた。だから、それを真似ただけだ。不安になる方へと、勝手に行かなくていい」


ゆっくりと、ちゃんと聞こえるように伝えてくれる。


背中に回された手のひらが、トントンと心音の感覚で叩いている。


「寝不足と空腹は、頭の回転を悪くする。いくらかでも眠れたのなら、今度は腹の中にちゃんと必要なものを入れてやったらいい。……味は、よかった。俺が作った割には」


泣き出しそうになっていたあたし。


ただし、最後の一言で涙がピタリと止まってしまう。


「へ」


「ん?」


まさかでしょう? と思って、うつむきかけた顔を上げる。


「カルナーク、料理……?」


カタコトな言葉でなんとか質問すれば、「やっぱりおかしいか? 俺が料理なんて」とか恥ずかしそうに視線をそらされる。


首を左右に振って、激しく“いいえ”を示せばどこか嬉しそうに笑う。


「時々、煮詰まった時とかに作るんだ。どう作れば美味しくなるかとか、誰かに作る時には相手が食べた時の顔を想像したりして。……だから、その……お、俺は、お前が…これを…」


そう言いながら、みるみるうちに首まで真っ赤になっていく。


パッと体を離して、元いた場所に戻ってしまう。


「いいから、早く……食べろ」


いいかけた言葉と、彼の態度。それだけで十分だった。


予想していた言葉ではなかったけど、いい意味で裏切ってくれた。


「いただき、ます」


いつものように、手を合わせる。


「ん? なんだ、それは」


今あたしがした仕草を不思議そうに見ていたカルナークに。


「食事の前にするあいさつだよ。食材を作ってくれた人に、この……スープを作ってくれた人に…感謝してから食べるの」


ちらりと視線を一瞬だけ向けてから、すぐにスプーンでスープをすくう。


「そ、うか」


あたしの返事を聞いたカルナークは、なんだか嬉しそうに頬を緩めていた。


あたたかなスープが体に入っていく。


染み入るっていうのは、こういう感じなのかな。


「……癒される」


脳内で呟いたと思っていたその言葉は、カルナークの耳に入っていて。


この国の何の歌かわからないけど、カルナークが鼻歌を唄っている。


(急にごきげん……?)


ごきげんの理由を知らずに、あたしは一口ごとに元気をもらっている気がして、自然と笑顔になっていた。


あんなにあったスープを食べきり、満たされたあたし。


空になったお皿を見て、満足げにあたしを見ているカルナーク。


お腹も落ち着いたし、さっき思ったことを聞いてみようかなとふと思った。


(お腹が満たされると、ちゃんと頭が働くな。うん)


さっきカルナークが言っていたことを反芻するように頭に浮かべ、彼が来た時に考えていたことを聞くことにする。


「どうして、あたしが起きたことに気づけたの? あのタイミングで食事が出来るなんて」


防犯カメラがあるわけじゃあるまいし、心電図とかの機材があるんでもないのに。


「どうやって気づけたの?」


知らないうちに魔法でもかけられていたのかとか考えても、今のあたしには答えを導きだせない。


なら、真っ向から聞くしかない。


「カルナークなら、ごまかさないで答えてくれるかな、って」


そう思ったんだ。


スープを持ってきたトレイに、食器を乗せながら苦笑いをするカルナーク。


「教えられない話?」


言いにくそうにしている彼にそう聞けば、首をゆるく振るだけ。


「怒らないなら、言う」


それだけ返してきた彼に、コクコクと何度か頷いてみせる。


「…………じゃあ、タネ明かし。俺が持ってるスキルが、関係してる」


スキル?


首をかしげると、また顔を赤らめて視線をそらされる。


そっぽを向いたままで、カルナークは言う。


「俺が持つスキルは、人の魔力の揺らぎなんかを察することが出来る」


「魔力……」


言葉をオウム返しすると、「ああ」と短く返す声がする。


「魔力、か」


本当にここはあたしがいた場所じゃなく、どこかの別な世界で。


あたしは聖女として召喚をされた、はず。多分。


ニセモノの聖女に、何か力があるんだろうか。


両手を広げ、手のひらを見下ろす。


なにもあたしには見えない、感じられない、あると思えない。


手の形をこぶしに変えて、黙り込んだあたしに。


「お前の魔力は、あるよ。それと」


そこまで言いかけて、耳まで真っ赤になってうつむいて。


「………………心地よかった」


ものすごい間の後に、どこか嬉しそうに呟いた。



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