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手をのばせば、きっと… 1 ♯ルート:Sf




浄化が終わり、シファルがこの世界からいなくなり、空気は澄んでいて、今日もあたしは。


「ひな? 今日、どこか行くって言ってたっけ」


「…ジーク。アレ、どうにか出来ないかな。もう相手をしたくないんだけど…二度と」


この世界で見つけたパーカーっぽい服を着て、廊下を歩きながら髪を上げる。


子どもたちと一緒に作ったシュシュで、手櫛を使って雑にまとめた髪を結ぶ。


「え。また来たの? アイツら。……はぁ。なんだろう、連中には耳と脳がないのか? 教会関係者には頭が悪いやつしか残っていないのか? 上層部をどうにかしても、下の方にいくらかまともなのが残っていると思ってたのに。……悪いね。今からアレクと宰相と護衛連れて、釘刺してくる」


「釘刺しても繰り返してくるなら、教会の仕組み自体を失くしてしまうとか言えないんだよね?」


イラつきながらジークにそう言えば、申し訳なさそうに微笑んでから。


「信仰を完全に無くすことは出来ないんだ」


心のよりどころは、人の心を平穏へと誘う。たとえ、姿かたちが見えるものでなくても。聖女信仰もその一端なだけ。


「あたしが言えた義理じゃないけど、神様なんか信じなくても、自分や自分のまわりにいる誰かを信じられたなら、神様なんかいなくたっていいのに。…神様が何かをしてくれたことなんかなかったでしょ?」


この国の過去をすべて見てきたわけじゃないけど、それでも神様自体が何かをして、この国を救ったかといえば答えはノーだった。


「とにかく、あたしは逃げる。向こうの丘の方の隠れ家に行ってくるから。用事あったら、ナーヴくん経由でお願いします」


「…ん。了解。ゆっくりしておいで。何ならあとでお菓子で持たせるよ、カルナークに」


「あー……いや、いいかな。今日は一人でいたいんだ」


踵を返し、ジークへ背を向け歩き出す。


「わかったよ。でも夕食までには戻っておいでよ? 約束だよ? 食事だけは一緒にしよう」


「……うん」


短く返事をして、お城の門の方へと歩き出した。


門番さんに挨拶をして、スタスタ歩いていくあたし。


「はぁ…ほんとめんどくさい人ばっかり。教会の人たちの頭の固さというか、バカさというか…呆れちゃう」


出かける前のことが、脳裏に浮かぶ。


まだ朝も明けきらないうちに、人の部屋に入ってこようとして護衛に追い出されてた。


「聖女・陽向には、まだ我らが必要だ」だの、「私ほどあなたのことを愛し守れる力を持った人間はいません」だの。


「ああいうのがウザいっていうんだな。初めて知った」


浄化が終わったのに、まだ聖女のあたしと教会をつなげておくメリットがわからない。というか、浄化の時に邪魔だったのはそっちでしょうが。


「それでなくても、過去においても教会の立場って、結構邪魔なものだった感じだった気がするんだよね。私的な感想だけど」


ふむ…を首をかしげて、浄化の流れで知ることとなったこの世界のこれまでのことを思い出していく。


教会がしてきたことといえば、女神信仰という形でみんなの心の安定を見守り、約100年おきに訪れる浄化の時に備えて人材育成の一端を担い、その中で現れた能力が高かった人材を見守り続けて次代へと繋げていく。


で、召喚に使う魔力の一部負担。それと聖女の育成の補助。それと、浄化までのサポート。


やることやってるようでやってないようで、やってた…方なのかな?


それでも、実際あたしがここにやってきて聖女として学んでいく中で感じたのは、教会の連中から聞かされた話に自分のためになったと思えることがなかったという事実だけ。


耳障りのいい言葉だけ適当によこしてきて、最後に頼りになるのは私たちだけですと念押しをして。浄化のサポートにと選ばれた人とは、距離を置いてかかわるようにと言われたこともあった。


みんなとちゃんと話をするようになる前の段階で、それだもの。


(というか、元の世界であんなにも自分にかかわろうとしてくれる人には、相手のいうことだけを信じて、何かあっても自分がこんなんだから好かれないんだって思うほどだったのに。こっちに来てから、その傾向が極端に減った気がする。簡単に変われないと思っていたのに、最初から意外と話も出来ていたし。たまたま相手がお兄ちゃんたちみたいな人だったからっていうのが大きかったんだとしても、今思い出せば違和感はあるよね)


拭えない違和感を胸に抱いたまま、それでもその変化にここでの暮らしは快適になっていたはず。


元た世界で上手く出来なかったコミュニケーションも、みんながあたしの言葉をちゃんと待ってくれていたこともあってか、思いのほかスムーズだった。


生活感や文化の違いはあって当たり前だけど、それをなしにしても自分がこんな風に人の輪の中にいられると思っていなかった。そんな日が来るとも思えなかったのに、高校デビューしようと一歩踏み出して見た目を変えたタイミングで、自分らしくいられる場所に行けること自体が奇跡なんじゃないかな。


まっさらな場所で始まった、新しい生活。子どものように、一歩また一歩と歩いていくしかない日々だった。


その中で再確認したのは、神様が何かをしてくれるわけじゃないってこと。結局は人と人のつながりが、あたしを救って、背中を支えながら一緒に歩こうとしてくれた。


「そう…なんだよね」


いろんなことが起きたって、最後の最後には人と人が向き合って解決するしかないのだから。


この世界はあたしにとって優しい世界…というだけなのかな。


「…ううん、違う、よね?」


優しいだけの世界だったなら、切なくなることはなかっただろう。異世界に飛ばされて、寂しくなるのは仕方がなかったんだとしても。


ここには、何をするんでも離すんでも、自分の都合で急かしてくる人がいない。あたしが考えられるまで、信じて待ってくれる人たち。わからないことを聞ける関係を築けた。


あっちの世界の上手く付き合えなかった人の中には、幼なじみだっていた。長い人で保育園の年長からの付き合いの人がいたはずだ。


こっちに来てから出会った人たちは、関わるようになってわずかな間しかなかったのに、不思議と幼なじみだった彼女たちよりもわかりあいたいと思えた。そう思えたのはきっと、相手の方から同じ気持ちで近づいてくれたからかもしれない。


なにより、信頼関係ってものも必要なんだって気づかされた。信じるまでの過程は無駄じゃなかった。この世界でいえば、ナーヴくんとのつながり方がそれに近いかもしれない。


聖女だから、大事にされる。なんて括りで自分が見られることが許せなくて、悲しくて。


だから、聖女の色持ちじゃないって明かしたところもあったのかな。


『これがあたしだけど、それでもいいですか?』


と。


最初にアレックスに話したのは、本当に偶然だったけど。


「はぁ…はぁ……。チャリが欲しい。結構歩くんだよね、あの丘までって」


息が上がりはじめて、自分の体力のなさを恨めしく思う。


「シファルが帰ってきたら、薬草茶のブレンド…考えてもらわなきゃ」


魔力が減ってから彼が薬学にかかわるようになって、その流れで生活の中に取り入れやすいものとして薬草茶を作るようになったって聞いたことがある。


彼にとってつらい時期だったかもしれないけど、ちゃんと彼の功績として彼の能力は評価されている。


「ほんとスゴイ人なんだよね、努力と…はぁ…はぁ…忍耐力と…あとなんだろ。…はぁ…とにかく諦めない人だよね」


小高い丘の上に立ち、ふぅーーーーっと長く息を吐く。


シファル以外にも、あたしのためにと動こうとしてくれる人はいる。敵ばかりじゃない。とても心地い距離感で、そばにい続けている。


それはあたしが欲しかった関係ばかりで、人と人がわかりあい近づくのに出会ってからの時間なんか関係ないんだなと知らされた。


あんなに求めていたものは、今…あたしのまわりにあふれている。


けど、その中に…彼だけがいない。一番あたしを理解してくれているはずのたった一人が……。


――――浄化から一年半。


聖女を召喚しなくても浄化が出来るようにと計画していたことは、あとはシファルの担当部分だけになり。


きっと戻ってくると信じて、シファルと同じ魔力や属性を持つ人が現れても計画を進ませずに今に至る。


今日もあたしのポケットには、とっくに匂いなんかしなくなったシファル特製のサシェが入ったまま。


彼がくれたものは探しては、自分のまわりに置いて。時々彼の代わりのように話しかけてみたりして、返ってこない答えをずっと待つ。


そんな自分の姿のせいで、みんなに心配をかけているのを知っていても、それでもあたしは待っていたい。


シファルを攻撃したのは、教会関係者の貴族じゃない人で。ある意味捨て駒みたいな感じだった。


さっき部屋の前であたしへの愛を叫んでいた人だ。


その人は教会の上層部に、こう囁かれていたよう。


『聖女が好意を寄せている相手は、お前と同じ属性の魔法を持つ男だ。ましてや、弱くても光魔法の属性もお前は持っている。聖女が必要としているはずの人間のはずだ。やれることが同じなら、お前が成り代わることも可能だろう。恋愛感情など、後付けでどうにかなる。まずは邪魔なものを排除して、自分が入れる隙を作れ。浄化さえすんでしまえば、聖女が乙女である必要はなかろう。聖女の懐に入りこめば、あとは契りを結んでしまえ。関係が出来た者を無碍には出来まい。あの聖女は大変心優しく出来ているからな』


その言葉に乗せられて、シファルを土魔法で攻撃し、小さな種を仕込んで。


シファルはどこぞのゲームにいそうな、樹のモンスターみたいになるはずだったよう。


モンスターか、ただ…人が樹になるだけだったか。どちらにしても、人じゃなくなるはずだった。


シファルがそうなることで、あたしたちが進めていた計画の役に立つはずだったのに、どうして邪魔をした…だの、計画の手助けをしてやろうとしているのに邪魔をするならば矛盾しているだろう…だの。


勝手なことを延々言ってきては、最後の最後にはあたしへの愛を囁いて。


「あんな地味な男よりも、僕の方があなたを満足させられます。僕の中にも光魔法がわずかですがあるので、子どもが産まれたらきっとどちらの力も継承した素晴らしい子どもが育つでしょう。この国のために、教会のために、僕のために…あなたは僕の手を取るべきです。どうでしょうか。一度お試しでお付き合いをしてみるというのは…」


お試しという言葉は、もっと気軽なもののはずなのに、こんなに重いお試しはないと思う。


それに、教会の連中も捨て駒扱いの彼も、あたしが嫌う言葉を口にしていた時点でナシの扱いしかしたくないんだ。


恋愛対象にも、体の関係の対象にも、彼は該当し得ない。


「だぁ…っれが! 地味だっての。魔法とかスキルが欲しくって子作りするんじゃないっての。…好きな人と抱き合うから、意味があるんだっての」


ブツブツ文句を言いながら、大きな布を敷いて丘の上に寝転がる。


なるべく空を感じたくて、時々訪れるこの場所。


あの人が空の中に消えた気がして、空を感じられる場所に行きたくて。


「本当はあの樹に登れたらいいんだろうけど、さすがに無理過ぎるもんな」


遠くに見える、浄化の時に使っていた大木。ここから見ても樹の先端がかなり高いことがわかる。


ナーヴくんは、あたしが望めばそこまで連れて行ってくれるっていうけど、そこまではいいかな? って思ってる。


「まだあの場所に行く勇気は出せないよ」


行きたいようで行けない場所。あの日、シファルが消えた場所。


「…………会いたい。シファル……」


寝転がったまま、両手のひらで顔を覆って静かに泣く。


誰かが見ているわけでもなく、聞いているわけでもないのに、声を殺して。


「そばに来て……、ぎゅって…してよ」


涙を受け止めてくれるなら、彼以外いらない。


シファルだけに触れられたい。


その想いと願いが、どこかの空の下にいるかもしれないシファルに届いてほしいと静かに涙をこぼしていた。




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