空を仰いで、アナタを想う 9 ♯ルート:Sf
~シファル視点~
俺は二人の足を引っ張るつもりは、サラサラなくて。
ほんとになかったのに、どうして今二人の前に立ちはだかった格好になってるんだ?
どこか遠くから聞こえるカルナークの声が、いきなり途絶えて。
意図的に何かによって意識が遮断された感覚。
自分のことなのに、別な次元で傍観しているような気になってくる。
何かが妙だ。
攻撃を受けて以降、自分の体が他人のモノみたいだ。
気持ち悪い感覚をどうにかしようとしても、自分の中の別な力で押し戻されていく。
ナーヴのおかげで魔力の量はかなり戻せて、自分のやらかし以降ずっと出来ずにいた魔力の操作も造作でもなくなった。
カルナークに操作を教えたのは俺だ。魔力の量がそれなりにあった時の感覚を知っているからこそ、この短時間でコツを掴めたというのに。
カルナークとはやれることの方向性は違えども、魔力の量が増えたことで俺がやれることの幅が一気に広がったというのに。
(こんなんじゃ、ただのお荷物じゃないか)
わずかな意識の向こうから、自分が置かれている状況を確かめて愕然とする。
(いつ、ここに来た? 俺は。これは、どういうことだ?)
さっき下で唱えていた呪文のようなものは、多分、ひなが使っている浄化専用の言語だ。
どうしてその言語が俺の口から出たのかもわからないまま、意識がどんどん遠くなっていくのに抗えなくなっていく。
耳のそばで、羽音のようなブゥ…ンという音がしたかと思った次の瞬間には、俺は二人の前に浮いていた。
転移、か?
こんなことが出来るのはナーヴだけだと思っていたのに、一体? と遠くなる意識とは別のところで思案する俺がいる。
――ただ、何も口に出せないだけで。
目の前で二人が浄化の準備を進めていきながら、何度も俺を呼ぶ。
大切にしてきた親友と、大好きな女の子が、俺のことを呼び続けてくれるのに。
さっき攻撃を受けただろう場所が、ジクジクと体内へと静かに拡がるように痛みが増していく。
こうして別のどこかで考えられている俺も、そのうち意識を失くすのかもしれない。
(あぁ、嫌だな。こんな終わり方したくなかった。こんな風に、二人の足を引っ張りたくなかった。こんな風に…)
浄化の後のことは、俺が主導で召喚をしなくても常に浄化が出来るようにするための研究が進んでいる。
過去にはなかった属性やスキルを組み合わせて、みんなで国を救っていく。
たったそれだけのことを、過去には出来る体制じゃなかった。でも、今は出来るかもしれない。
可能性が増えたのなら、試してみるべきだろう。
なのに、教会の連中がそれをよしとはしてくれないまま、浄化の瞬間を迎えてしまった。
主導の俺をどうするつもりでこの状況を作ったのかわからないけれど、少なくともと言っていいのかわからないけど。
(きっと俺の存在か記憶かなにかをいじるか…消すか。ある意味物理的攻撃に近い、子どもみたいなことをやろうとしているんだな。話し合いだとか、そういったレベルは過ぎていたってことか。……国王ってか、ジークたちの父親は、教会の連中になんの牽制もしてくれていなかったのか? ……それとも、俺一人の犠牲なら…とか)
考えたらどんどん最悪のことしか浮かばなくなっていく。まるで沼のようだ。
それでも、考えてしまう。
(犠牲が俺だけですむのなら、ナーヴだったらこれからのことをどうにかしてくれるかもしれない。俺くらいいなくなっても)
俺の存在価値は、あるかと思っていたけど、最初からなかったのかもしれないよなって。
意識がどんどん深く、重くなっていく。
涙が出そうだ。
どういう別れ方になるのかな、二人と。
俺がいなくなったら、死んだら、泣いてくれるだろか。哀しんでくれるだろうか。時々は思い出してくれるんだろうか。
なんてことを俺が思っている間も、ナーヴは俺の状態をどうにかしようと魔法を放ってきた。
分析か解析の魔法か? 俺のまわりで小さくカチッという音が何度も繰り返される。
以前、試しに作った薬の分析を頼んだ時に聞こえた音に似ていた。
けれど、多分だけど、思ったような反応がないんだろ? ナーヴ。舌打ちが増えてる。
(あぁ……なにか、二人に最後に伝えなきゃ。ひなには、好きだよと伝えたい。ナーヴには、ありがとう…か? どっちも今更だけど)
そんなことを考えている間にも、意識はどんどん遠くなっていく。
死を意識した刹那、『聞こえる?』と、聞いたことがない男の声がした。
脳内に直接響くように聞こえてくるそれに、頭の中で応える。
『聞こえてる』とだけ。
すると時間を置かずに、『それじゃ、そのまま聞いてて。今から説明すること』と返事が聞こえる。
(今よりもっと訳が分からない状態になるのか? それを俺は何も出来ないままで傍観し続けるしかないのか?)
歯がゆい思いを抱えながら、ひとまずその声の主からの言葉を待つことにした。
『わかった』
と、俺が返せば、誰かわからないやつからの交信が続く。
聞けば、浄化の前にひなに着けたピアスが媒体になっているとかいう。どうしてそれが媒体に? と思いながらも、説明を聞き続ける。
今のままでいけば、俺は二人の目の前で体中から芽を出して、人間ではなく樹木として姿かたちを変えることになるという。
それも、言葉を発することは出来ないけれど、聞くことは出来る状態で。
俺自体が今後やろうとしていた浄化のキモになる樹木の一つに変えられてしまうだろう、と。
教会の連中の意趣返しというやつらしい。
動き出してしまった研究のすべてを国の方が後押しし始めてしまったのなら、今後の教会の威厳という名の力が減らされてしまうのだとしても、これくらいやり返す権利はあるだろうと思ったというのが理由で。
浄化を行う聖女と、そのメインサポートの光属性の人間と。
二人に共通している誰かを、どうにかしてやるくらいしたって、神は自分たちを裁かないとか思ったとか……どういう自分勝手な理論だよ。
(それで……俺、か)
狙われた理由がわかった。それと、土属性が絡んだことも。
木が育っていくには、土壌は必要だもんな。というか、俺が土扱いか。
さっきからジクジクしながら拡がっていく感覚があるのを、まるで根が拡がっていくみたいだなとどこかで思っていたし。
俺自身が浄化をしていく媒体、か。
二人がみんなと一緒にこの国の未来を変えてくれるのを、朽ちてしまうまで見守れるってことだよな。
『ま……それも、仕方がないんだろ? 今更、どうにも出来ないんだから』
脳内で教会からの攻撃のネタバレをしてくれた誰かに、そう返す。
『俺に残された時間は、少ないんだよな? きっと』
余命じゃないけど、それに近いことを確かめたくて聞いただけだった。
『余命? なんで余命?』
なのに、相手から返ってきた言葉は、俺が焦れるほどにあっけらかんとした物言いで。
『余命だろ? 俺はもう、二人とは一緒に生きられない。ならば、死と一緒だろう?』
焦れったさをどこかの誰かにぶつけても、未来は変えられないのに、ぶつけずにはいられない。
『一緒に生きて笑っていたくても、生きられないのなら……死を受け止めるしか…俺には』
涙なんかこぼれていないのに、俺の心は泣いている。
二人と叶えたい未来を見られないことが、ただ…ただ……悲しくて、苦しくて、悔しい。
目の前で不安げに俺を呼ぶ二人に、大丈夫だと言えないこの身が憎い。
息苦しさに、いっそのこと一思いに息を止めてほしいとすら願いたくなった俺に、声の主はこう呟いた。
『死なせないよ、君は。俺のすべてをかけて、その命を護ってあげる』
『……は?』
望めないことを、彼は簡単に叶えてやるという。
『……アンタ、もしかしてひなの世界でいう…悪魔かなんかか?』
特別な力でも持っていなきゃ、決して叶えられないだろう。俺の願いは。
なのに、声の主は俺を護ってやるという。しかも、会ったこともない俺のために、自分のすべてをかけるともいう。
『俺を救うために、何かを対価にするとかいうのか? この国の召喚の時のように』
焦れつつも、脳内で彼に問いかける。
もしも対価が俺以外の誰かや何かなら、断るべきだ。
奥歯を噛みしめる気持ちで、彼の言葉を待つ。
わずかな間の後に、彼が告げる。
『対価は、一つだけ』と。
『…なんだ』
息を飲むようにして、俺は言葉の続きを待っている。
『……あのね、俺が求める対価は、ひなのピアス一個だけ。ピアスっていうか、石ね』
いよいよもって不可思議だ。
『石、一つ…だと?』
困惑して聞き返せば、彼は明るい声色でこう告げた。
『うん。ラピスラズリ一個でいいよ。……俺の可愛い妹分のために、それで手を打つよ』
妹分? ひなを妹のように思っているのは、一人や二人じゃない。
『お前は…誰だ?』
この場を収められるだけの能力を持っている人物を、浄化のために選ばれた人間以外に知らない俺。
他にいるというのか? ひなを大事に思っているということは、味方……でいいのか?
俺からの問いかけに、『ふふ』とかすかに笑ったような声がしたかと思えば、こう続いた。
『俺は、柊也。ひなの元いた世界の住人で、そっちの世界にいたことがある転移者だよ』
と。




