瞳に映りこむモノの存在 6 ♯ルート:Sf
両頬に、二人の唇が触れた。
すこし薄めのジークの唇は冷たくて、下唇がすこしだけ厚めのアレックスの唇はぬいぐるみみたいな感触と温度で。
唐突に語られた、二人の正式な名前。
この国の名前入り=王族かそれに準ずる立場の人だということ、だ。
二人がどんな意図で名乗って、どんな力でも使って味方になるよって言ってくれているのか。
そのすべてを理解した顔なんか出来ないけれど、きっと最大で最高の愛を以って伝えてくれたんだということだけは理解できた。
元々、二人がどんな立場にいる人かは気づいていたからこそ、今回のお願いも本来の意味合いで国を護る立場の人にしたかっただけ。
「……もう」
ただ、されたことは免疫がない上に、二人ともイケメンだわイケボだわで、脳内がお祭りみたいな状態になってしまうあたし。
シファルのことが好きなのに、これはこれで別腹みたいに思えてしまう。
それに、さ。
この二人はあたしとシファルのこれまでのやりとりを見てきて、付き合ってはいないけどどんな感情を互いに抱いているかは気づいている。
だから、薬を飲む時の口移しを見ないでいてくれたんだと思っている。
大人な二人で、王族の二人。そして、今あたしに伝えてくれたようにあたしを大事に思ってくれている二人。
こんな形で、こんなタイミングで。
「背中押してくれて…ありがとう」
二人がくれた愛情を、あたしも違う形になってもいいから返さなきゃと思う。
念話にしてもらって、すこしだけ逃げの姿勢になろうかと思ったけど、やっぱりちゃんと伝えなきゃ…だ。
「その手紙ね……遺書、なの」
心臓がドクドク鳴る。この言葉はとても重たいモノだと、知っているから。
元いた世界の自分がどんな存在になったかわからないけれど、もしも亡くなったことになっていたなら言葉を伝えられたなら…と何度も考えた。
自分がこの世界で消えちゃうかもしれないとわかった時、想いを残したいって強く思った。
それぞれに対して書いた手紙は、だいたいが感謝の気持ちを伝えたもの。
二人に託そうとしている遺書は、そうじゃない。
自分が消えるとわかっていて、あたしがいなくなった世界でこれからも生きるみんなへ書いたモノだ。
あたしが姿かたちもなくなるのか、姿だけは残るのか。元いた世界に戻るのか。
何一つ現段階じゃわからないけれど、自分の最期の在り方を選びたいと思ったんだ。
「これを二人に渡すことで、本当の意味で自分の未来を…受け入れようと思って」
二人にこの想いがまっすぐ届くようにと願いながら、二人が握ってくれている手を離す。
手のひらを上にして、手を乗せてと笑顔で示す。
二人とも何も聞かずに、まるでエスコートのそれみたいにそっと手を重ねてくれる。
重ねられた手。親指の腹で、二人の指先をスリッと撫でた。
指が長くてキレイなジークの手。剣ダコなのか指の腹や手のひらにかたい場所がある、大きなアレックスの手。
お返しとばかりに、二人の指先に順にキスをした。
「誓いの言葉はあげられないけれど、二人が今後護っていく国を一緒に浄化していくことで、その思いへのお返しにさせてね。もしも…誓えたとしても……一人にしか誓えない、から」
脳裏に浮かんだ顔は、この場所にいない彼だ。
「でもね」
その彼が一番大切だけど、目の前の二人も大切だ。
「ジーク」
「ん?」
「アレックス」
「…なんだ?」
優しくてあたたかい二人を、あたしは。
「愛しく、思ってるよ」
「…ひな」
「ひな…た」
胸の奥が痛くて苦しくて切ないはずなのに、それ以上にあたたかいんだ。
あたしが二人へとそう告げた瞬間、あたしの両手が淡く光る。
「…え」
この光について何も知らないはずなのに、体が勝手に動く。
二人から手を離し、拝むように手のひらを合わせてから、ゆっくりと開く。
まるで何かを受け取るみたいに開かれた手のひらに光が集まりはじめる。
「あぁ。…やっと発現か」
アレックスが呟き「だな」とジークが続ける。
光がピンポン玉よりすこし大きいくらいに集まりはじめ、光の色が濃くなったと感じた刹那…一気に光がはじけ飛んだ。
「や…っ」
まぶしさに目を閉じると、アレックスの声が「もういいぞ」と教えてくれた。
おそるおそる目を開ければ、あたしの手のひらの上に見おぼえがある物が浮かんでいる。
「これ……」
それについているチェーンを手にして、上へ持ちあげてみる。
「懐中時計?」
似たものをアレックスが持っていたはず。
よく見ると、リューズに黒い石がはめ込まれている。アレックスのは色が違った気がするんだけどな。
「これって?」
なにか受け取ってはいけない物のような気がするんだけど、気のせい?
二人に質問してみると、予想範囲外の返しが来る。
「王位継承者じゃなきゃ持てないアイテムだ」
告げられた言葉の重みがわかるだけに、一瞬、背中に冷たいものが走った。
「ちょ…っと、待って! 待って! 待って! え? なに? なんであたしの手にそれが?」
動揺を隠せないあたしに、二人がポケットから似た物を取り出して微笑む。
「おそろいだよ?」
なんて、まるでそのへんのシャツでもおそろいコーデしましたみたいな物言いで。
「いやいやいやいや…ダメでしょ。なんで王位継承者が持つ物が、二人以外の手にあるの!」
なんでそんなものが現れたの?
時計を掲げて放心するあたしに、二人が「行こう」と手を差し出す。
「へ? は? どこに? このタイミングでどこに? それにあたし…こんな格好だし」
何か嫌な予感がして、断ろうとするけれど。
「コイツが、ひなが行かなきゃいけない場所への道案内をしてくれるよ」
なんて、気になることを言うんだもん。
さっきの手紙などなどを、一旦ジークがジャケットの内ポケットにおさめて、アレックスが脱いだ上着をあたしに着せる。
「ほら、いくぞ。時計を手に持て、陽向」
そのままあたしを背負い、3人で部屋を出ることになった。
「ひな。時計を手のひらに乗せて、方向転換する場所になったら方角を示す場所があたたかくなるんだ。そうなったら教えてくれる? それと、時計が小さく震えたら教えてね」
ジークの説明に従い、時計が示す方へと城内を行ったり来たりする。
「…禁書庫?」
そうだ。この行き方は、道は違えどもあの日の行動に似ている。
「どうして…?」
禁書庫に行きたいだなんて、一言も言ってなかったのに。
「ナーヴから、連れてけって言われてた。だけど、どうせなら…ってアレクと話はしていたんだよね」
「…あぁ。ただ、発現するための条件を満たせるのかが不確定だったからな。…よかった。発現出来て」
「ナーヴくん?」
そんな話を彼と話していない。夢の内容に関しては、互いに明かしあわなくても勝手に共有できているようなものだったし。
「本人曰く、ひなの方に出ていない夢の内容なんじゃないかってさ」
あたしの方に明かされないこと? でもどうしてナーヴくんにだけ?
「…え。そうな…あ、ここで右へ」
アレックスが、早足なのに不思議と揺れないように運んでくれている。
「あぁ」
曲がる時も、問題なし。
「…重たくない?」
耳元で囁くと、「ちっとも」と返してくれる。
ぎゅっと抱きついた背中は、お兄ちゃんみたいに広い。
「…ふふ。お兄ちゃんの背中みたいだ」
思わずそうもらすと、「光栄だな」なんて弾んだ声で返してきた。
「…ね、ちょっと。いつだったか俺、お父さんって言われた気がするんだけど。2つしか違わないのに、俺が父親でアレクが兄って」
ジークがいつかにもらしてしまったことで、文句を言ってくる。
「ごめんねー、ジーク。ジークもお兄ちゃんってことで許してくれる?」
口を尖らせた姿がどこか幼くて、頬がゆるんでしまう。
「しょうがないなぁ。可愛い妹にしてあげるよ」
あっさり許してくれる、妹に甘いお兄ちゃんが出来たみたい。
「…………ふふ。嬉しいな、どんどん兄弟が増えていくね」
背中からあっちこっちと指さしながら進む先で、懐中時計が小さく震えた。
「あ! 震えた」
そう告げると、アレックスが背中から降ろしてくれて、時計のリューズを示す。
「よく見たらここから光の線が出ているはず。時計の持ち主にしか見えないようになってるから、よーく目を凝らしてね」
あたしからすれば、思ったよりも明るい光の線が出ているのに。
「これ、本当に見えてないの?」
確かめてみても、二人とも首を振るだけ。
時計を手に、光が示す場所を指さして二人に伝える。
「ここにつながってる」
今回は廊下にある額の裏に光が当たっていて、二人は絵を外して光の先を押してと教えてくれた。
見た目は何もないのに、光の先に触れるとボタンみたいな硬さに触れる。
そっと押せば、あの日聞いたような音がして絵の下に扉が現れる。
「え?」
見たことがないドアを押し開けると、つながった先にあったのは。
「……なんだかなぁ」
と、いかにも嫌そうな顔つきをするナーヴくんの部屋だった。




