瞳に映りこむモノの存在 5 ♯ルート:Sf
~ジークムント視点~
カラコンとかいうものは、俺たちだけの時には入れなくなったひな。
夜空みたいな黒さのある瞳に、まっすぐ見つめられたら吸い込まれそうだ。
念話をするでもないのに、俺とアレクに手を握られたひなの口が開くのを待つだけの俺たち。
話そうとしてるけど、最初の一言がなかなか出てこないのがわかる。
でも、こんなのは想定の範囲内。
ひなが会話が苦手なのは出会った時からわかっていたことだし、何より話そうとしている内容自体がひなにとって言い出しにくいことなんだろうな。
珍しいひなからのお願いだから、ひなの心意気に免じて勝手にステータスを覘くなんてことはしない。
最初から最後まで、ひなが伝えようとする言葉だけで情報や思いを預かろうと決めた。
「あの、ね」
「うん」
「…あぁ」
ひなの指先が、どんどん冷たくなっていく。
ひなの手に重ねた手を一瞬離して、すぐさま両手で包み込むようにする。
俺の体温が移ればいいのに、なんて思いながら。
横から感じる視線に顔を真横に向ければ、まるで親のような生ぬるい視線で俺を見ているアレクがいて。
「……うざっ」
照れ隠しに悪態をつき、視線を戻す。
「…ふふ。ほんと、仲いーよね。なんだかんだで」
俺とアレクのやりとりで、そんなこと思わないでほしいんだけどな。
「だろ? 俺とジークは仲良しだ」
そして、アレクは大変満足そう。
(もう、どうでもいいや)
何とも言えない二人の空気感に、肩の力が抜けてしまう。
どこか緊張していたのかな、俺も。
「二人に、ね。……渡したいものがあるのと、浄化の後についてお願いがあるの」
ゆっくりと、噛みしめるように吐き出されたその言葉に首をかしげる。
「渡したいものは予想つかないけど、浄化の後のお願いっていうなら、シファルは一緒に話を聞かなくてもいいの? 浄化の後のアレコレはシファルが主導になるんでしょ?」
漠然とだけど、浄化の後の研究だのなんだのについてかと思った俺は、そう聞き返した。
それだけだったのに、ひなの表情がどこか哀しげで。
「…ど」
“どうしたの”と聞こうとした俺の言葉を遮って、ひなが言葉を重ねる。
「ダメッ…っ」
何かを拒絶する言葉を。
ひなは俺の手から手を抜き、枕の下へと勢いよく手を突っ込む。
「コレ、託したい」
枕の下から引っ込ぬかれた手に、思ったよりも多い紙関係。それを俺とアレクで受け取って、頭をくっつけるようにして確かめる。
俺たち5人の名前がそれぞれ書かれた封筒と、俺たちの父親=国王への封筒。
それと別で封筒に入れられていない、折りたたまれただけの便せんが数枚分ある。
「……今、読むものか? 浄化の後か?」
アレクがトーンを落として、ひなへと確かめる。
ひなは一瞬チラッとアレクを見て、俺を見て。わずかな間の後に、ふふ…と小さく笑ってから、便せん以外は浄化の後だと返した。
「預かってくれるのは、ジークでもアレックスでもいい。二人が決めていいの」
どこか笑顔なんだけど、寂しそうな顔つきで言葉を続けていく。
「便せんの方は、浄化の後に次の召喚が行なわれないための魔法とかいろんなこと、外部から来たあたしだから見えたものや違和感、それにみんなが気づけていない属性の組み合わせとか。あたしがいた世界での知識もいくつか書いてあるから、それも組み合わせたらって思ってね」
ひなが伝えたいこととその意味はわかる。
「でも、それは今も、そしてこれからだって…ひなも一緒に…向き合うん、でしょ?」
どうしてこれを伝えてきているのかを察せても、確認したくなる。
ひなが、もしもステータスの通りでみんなの前から消えてしまった場合の話をしているんだとしても。
「それと、ジークに1個だけ謝ろうと思って」
俺がした質問への返しがないまま、別な話が振られる。
どうして答えてくれないの? と問いかけたいのに、言葉が出てこない。
バツが悪いのか、俺から視線をそらしながらポツリと呟くひな。
「不確定なんだけど、多分…ね? ステータス、見えにくくしたの…あたし自身かもしれない…って。だから、困らせて…心配させて……ごめんな、さい」
ひなのステータスの文字の上に、ペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたみたいな線がいっぱいになったやつとかいろいろあったけど。
「え……、見えなかったやつ、全部、ひな…っぽいの?」
ひなにそんなことに干渉できる能力の項目、あったっけ?
「だ、だから、確定じゃないんだけど…って。ただ、ね? 自分の中でも何かがおかしいとは思ったことがたくさんあって。それをジークに見てもらったら、きっとすぐにわかるんだろうなと思った時もあったけど、ステータスを見られたら……その……」
そこまで言いかけて、視線を彷徨わせて言いよどむ。
「この際だから、言いたいことは言ってしまえ。陽向」
アレクがひなの肩をポンと叩き、邪さのない笑顔で話しかけた。
ひなは一瞬驚いた顔になってから、いつものふにゃんとした笑顔に戻って俺へと向き直す。
「その、ね? 全部…見透かされて、汚い自分も見られそうで……嫌われちゃうの怖くて…見られたくないって思ったりもした。多分」
「……あ」
ひなの気持ちがこぼれていく。
「まぁ、カルナークにはリアルに見ないでほしい格好の時にいろいろ見られたりはしたんだけど、ジークのって…あたしにも見えない部分を見られ…ちゃうじゃない? 自分でも気づけなかったこととか? ……だ、から……その、拒みたくなった時期が…あって」
比較対象がカルナークって。
その物言いに、俺もアレクも思わずふき出す。
「アレは、ダメだよ。しかもさっきなんて、下着を普通に手にして選んでたしね」
「…うん。アレは、かなり恥ずかしい」
ひなが真っ赤になってうつむく。
首まで赤くなって、可愛いや。
「で、ね? だから……ジークなりに考えがあって見守ってくれていたんでしょ? なのに、ごめんなさい」
うつむいたまま、呟いたひな。
そこまで罪悪感を抱かなくってもいいのにな。
何が起きているのかがわからなくて、ひなを守れない焦燥感があって、どうしてなんだと思ったことはあったけど。
と、ふとひなの腰のあたりをみると、封筒がもうひとつあるのが見えた。
「それは?」
封筒を指さすと、ひながうつむいた格好で手だけを動かして封筒を手にする。
「見たことがない文字が書かれているけど、それって?」
封筒の表書きに、なにかの記号みたいなモノ。
「これは、あたしがいた世界の文字なの。表だけ向こうの世界の文字にしたけど、中はこっちの文字にしてあるから読めると思うよ」
そう説明してくれるのに、その封筒を俺たちに渡す気配がない。
ただ、両手の指先で封筒の下をつまむように持ってるだけだ。
視線の先は、封筒の表書きの文字の場所で留まっている。
「陽向? 伝えたいことがあったら、口にしてみろ。…俺たちは、陽向のことを大事に思っているぞ?」
アレクが静かに語りかける。
「…う、ん」
途切れながら相槌を打ち、またすこし黙ってからひなが封筒をスッと指先で俺たちへと送り出してきた。
「あの、さ」
そうして、またためらって。
「……やっぱりダメだ。ちゃんと、口で伝えたいのに…」
今にも泣きだしそうな目で、俺たちを見つめてくる。
俺たちは二人同時にひなの手を取って、ごく自然に両手の指先にそれぞれキスを落とす。
俺は左手に、アレクは右手に。
キスを落とし、その指先に乞うように額をつけて文言を告げる。
「我、ジークムント・ル・エメラは、ひなへ永遠の忠誠と敬意と愛を捧げることを誓う」
「我、アレックス・ル・エメラは、陽向へ永遠の忠誠と敬意と愛を捧げることを誓う」
キスをした指先が、白くかすかに光って消える。俺たち王族がこの文言を告げた時だけに現れる光だ。
この言葉はこの国での、いわゆるプロポーズと言われているものだ。
ひながこの国の名前を記憶していたら、わかるかもしれない言葉も含むんだけどね。この場合。
「え? え? な、なに? それ」
ひなが今度は困った顔つきになってて、俺たちは目を合わせて笑いあう。
今にもこぼれそうなひなの涙を引っ込めてあげたくて。泣き顔にさせたくなくて。
「はは。ビックリした? …でも、俺たちの本気の愛情を示す言葉だよ。ひながこの手紙に何を書いたのかは知らないけど、俺たちは俺たちが持てるすべてでひなが抱えるいろんなことから護ってあげる。だからね、ひな」
「俺たちに、どんな感情でも思いでも、嬉しいことも悲しいことも、なんでも…預けてくれ。この誓いの言葉にかけて、陽向への愛情を以って…叶えてみせる。不安があれば、一緒に考えよう」
「…あぁ。なんていったって、俺たちが使える権力はこの国で最強で最大だからね。権力も資金も、情報も魔法も人脈も…必要なものがあれば集めてくるから」
「俺たち……王族に任せてくれ」
名前に“ル”が入るのは、王族だけ。
そして、この国の名前はエメラ、だ。
「改めて、この国の王位継承権第一位を持つジークだよ」
「俺は第二位のアレックスだ」
ひなが今まで見たことがないくらいに、目を丸くして俺たちを見ている。
どっちを見ていいのかわからないとでも言いたげに、視線を何度も彷徨わせながら。
俺とアレクは見合って、はは…と笑ってしまう。
そこに、ひながポツリと呟きを落とす。
「……知ってた…けど……さ。まさか、今…言うの?」
あぁ、やっぱり気づいていたんだ。ひな、頭いいもんな。でも、じゃあなんで驚いてるの? と思った俺。
「今言ったことに、一番驚いてるの?」
確認のために聞き返せば、コクリとうなずく。
「聞いちゃダメなんだって思ってたし、過去の聖女たちの記憶でも浄化後に明かされていたから」
と、ひな。
そういうことねーと思いつつ、「ひなは、特別」と告げる。
「だってさ、そんなの盾にして何かしてとか買ってよとか…言わなさそうだもん」
俺はそう言えば、アレクがその後に続けて。
「陽向は、俺たちに害を与えようとはしない…だろ?」
と言った。
うんうんと俺も同意し、「ひなは、まわりに優しくできる子だから」と呟き、空いている左手でひなの頬に触れて。
「…え? え?」
ひなの右頬にキスをする。
そんな俺を見て、アレクは右手でひなの頬に触れてから真似るようにキスをした。
「へ? あ?」
真っ赤になるひなへ、俺たちは告げる。
「大好きだよ、ひな」
「愛おしく思っているぞ、陽向」
ひなだけに捧げる、愛の言葉を。




