それを毒というならば 8 ♯ルート:Sf
~ジークムント視点~
「……おと…ぅさん……」
自分以外に誰もいなくなった部屋で、俺は一人その言葉を繰り返していた。
ひなの年齢は、15。俺、23。
みんなの年齢は、特に明かしてないから年上って程度にしか思われていないんだとしても。
「せめて、お兄ちゃんとか…いいようがあるでしょ? ひな」
文句を言いたい相手に届きもしない愚痴をこぼす。
「まぁ、ひなだから許すけどさ」
ため息をつき、机にひじをついて両手を互いの指の間に指を差し込む格好で組み、組んで重なった指先の上に額を乗せた。
「にしても……どうしたもんかね。アレは」
ひなのステータスに関しては、食事の際にとかどこそこで会った時に確認をし続けてきた。
だから警戒しなきゃいけないとは思っていたけど、まさか一気にステータスがあんな状態になるだなんて思うわけがない。
警戒していた箇所は極端に少なかったのに、さっき確認した時に顔に出さないように頑張った俺を誰か褒めてほしい。
ひなの頭(頭頂部)のみに闇属性の傾向が強くみられ、かつ、シファルからその部分の髪が提出されて。
髪だけ確認したら、禍々しいものが髪を覆いつくしていた。
そんなものを体につけっぱなしにしているひな。そして、黒くなる時に体からあふれ出てくるモヤのようなもの。
瘴気が発生する対象の中に、現段階では生物は魔物とかそういうものしかなかった。
人間から瘴気が発生した事例は、今のところない。
それとも聖女の色を持たないとは言いつつも、ステータス上は聖女扱いになっているひなが持っているナニカによって瘴気が集まっている?
もしくは、ひなが抱えているナニカによって、ひなから瘴気があふれ出ている?
でも、瘴気に直接触れてしまえば、普段通りに過ごすなんて無理な話。
その一番わかりやすいのが、ナーヴだろう。
ナーヴの体調で、瘴気がどの辺まで近づいているのかわかるほどだ。
召喚が必要になったキッカケも、ナーヴの体調変化からシファルが王城で隔離すべきだと俺に話してきたのがそれにあたる。
最初はわずかな咳から始まって、王城で寝泊まりするようにしてからはすこしずつ咳をする頻度が上がっていた。
元々住んでいた場所は、最初に瘴気が確認出来た場所からかなり近い場所の森。
家族はなんでもなく、ナーヴだけが過剰に反応した。
ナーヴの妹が森の中で摘んできた花。それが瘴気に侵されていたとは気づかず、無邪気に手渡された花によって体調を崩し始めたナーヴ。
幼なじみのシファルが見舞いに行った時に、いつもとは違うとナーヴの家にあるありとあらゆるものを調べて一輪の花にたどり着いた。
ごくわずかな瘴気に気づいたシファルもだけど、花粉が舞う程度の瘴気にすら反応してしまうナーヴって……。
そこから花を摘んだ場所を特定して、文献によって何年後に召喚の儀式が必要になるのかなどの会議が開かれ、召喚にかかわる人間を選抜し。
「今回は文献よりも少し早かったから、準備までも時間が足りなかったっけ」
机上の資料を開き、その日からを振り返る。
ひなのステータスに聖女と書かれているのに、いわゆる二つ名といわれるものがいまだに付いていない。
過去の聖女についた名前もいろいろあったけど、五代目の聖女は最終的に崩壊の聖女としか言われず。
まぁ、国を滅ぼしかけたんだからそう言われても仕方がないよな。
ひなが見たという夢は、その時の聖女のことだろう。
過去の文献でも、過去の聖女が行なってきた浄化について、以降の聖女に夢見という形で伝えられると聞かされていた。
ただし、その情報を知らされるのは、王位継承権がある人間にだけ。今回は、俺とアレクがそれにあたる。
王位継承権一位の俺と二位のアレク。ひながその夢を見たのなら、俺たちが立場を明らかにしない理由も理解したんだろう。
「あの子なら、その時の聖女みたいなことは起きない気がするけどな」
ふう…と胸の奥の重たさを吐き出すように、短く息を吐いた。
「瘴気だの闇属性だのも問題だけど、ひなの未来の項目にノイズみたいなのがかかりはじめたな。あれじゃ、死亡予定があとどれくらいかわからなくなったな……。未来が変わってくれてりゃ問題ないけど、瘴気だの闇属性だの抱えていたら早まった可能性も想定しなきゃいけない」
召喚と浄化に関してを統括する立場でもある俺。
ましてや鑑定のスキル持ち。人が明かしたくないものまでも、勝手に暴いてしまえる。
さっきのアレクのスキルだってそうだ。
頭の中に浮かべた光景を、手をつないだ対象全員で共有可能というものだ。音声付きで。
もしも、の話。
真実しか話せないように出来るスキル持ちなんかいたら、人のありとあらゆるものを曝け出させることが可能になってしまう。
組み合わせ次第で、国も人も心もどうとでも動かせるほどの能力。
自分たちが手にしたものをどう扱うか次第で、未来はどっちへも転がせる。
だから明かせない。明かすのは、本当に信頼が置ける人間にだけ。
アレクは弟というだけじゃなく、俺よりも国王になるべき人物と思えた。年功序列なんか関係ないほどに、アイツには器の大きさや威厳があり、感情に揺さぶられてやることがブレるということがない。
まわりが俺を国王にと推してきても、俺はアレクを支える側でいいとチャラチャラした感じで過ごしている。
俺の存在が、アレクのスキルが、他のやつらの明かされていないスキルが、今後…毒になるか薬になるか。
それが今回の浄化に対してどう役立てられるか。
最終的にひなを生かせるか、死なせてしまうのか。
浄化だけしてくれたらそれでいいだなんて思っちゃいないけど、教会関係者は聖女を浄化までは散々持ち上げておきつつ、浄化が終われば毎回切り捨てるように関わらなくなっていった記述があった。
そんな使い捨てみたいな関係で終わらせたくはない。
ひなは自分の中にある死亡予定のことなんか知るはずもないまま、浄化のための召喚が今後行われないためにと動き出そうとしてくれている。
召喚をしなくていい=浄化が必要なら自力でどうにか出来る術を見つけようとしているってことだ。
この国で産まれて生きてきた俺たちが気づかなかったことに目を向け、俺たちと一緒に未来を考えようとしてくれている。
きっと元いた世界に帰れないとわかった上で、ここで生きるために…と、自分と同じことが起きないために。
召喚の時の生け贄がいらなくなって、一緒に生きるために子どもを産むことが出来るように…とも。
「なんだかんだで、浄化以前の段階でも、ひなに救われている気がするな」
あの子の存在は、国だけじゃなく俺にとっても救いだと思ってる。
「たとえ、シファルと恋仲だってステータスに出ててもね」
奪う気はない。そんな勇気もない。俺にはきっと、愛されるだけの魅力もない。
俺にはないものがシファルにあるから、ひなは心を寄せたんだろう?
アイツが思い浮かべた、シファルを見つめるひなの表情。
まるで自分へ向けられた視線のようで、胸がギュッと苦しくなった。
あの視線が自分へ向けられたものだったならと、シファルへ向けちゃいけない感情を向けそうになったほど。
それでも、飲み込んだ。
恋も、毒にも薬にもなるのだと、シファルが脳内で告げていたことが頭から離れなかったこともあったから。
感情もスキルも道具もなんだって、使い方次第で、使う人間次第でもある。
俺は、穢れた人間になるわけにはいかない。
「……なんせ、お父さんですから」
自虐して、はは…と苦く笑う。
さっきひなに伝えた言葉は、俺にも頼ってねという思いも含めている。そのことに気づいて、いつか俺の手をつかみに来てほしい。
俺ならしてやれることが、まだまだあるんだ。明かせないだけで、なんだってしてやれるはず。
組んでいた手を外し、手のひらを上に向けてジッと手のひらを見下ろす。
「この手につかめるものがささやかなものなんだとしても、ひなが笑ってくれるためになんだってやるのに」
浄化だけは俺たちには出来ないことだ。ひなに頼るしかない。
けれど、だ。
これからが一番大事な時期だ。そこをどう過ごすか、支えるか。それでひなの未来も変わるかもしれない。
「さて、と」
さっき預かったひなの髪の毛を手に、ある場所へ。
三人が禁書庫から帰ってきた時に、新しい話が聞けることを願いつつ、普段は向かわない場所へと俺は急いだ。




