抱えられるもの、抱えられないこと 4 ♯ルート:Sf
自分のことを話しているんだとわかるのに、その会話から離れたくなって…逃げた。
ここ最近続く、不眠と頭痛。
ジークには会うたびに体調とか見透かされているんだろうけど、特に言われないからこっちも言わないできた。
ジークが動き出さないor口を出さない=まだ大丈夫な範囲内だと、勝手に判断する。
アレもコレも暴かないでほしいと思っていることも、きっと見透かされているんだろうな。
そういう意味でジークは苦手で、柊也兄ちゃんに似ていることも相まって近づかないようにしている。
どうしても比べてしまうってわかってるもん。
それに、顔を見るたびにきっと…帰りたいって強く思ってしまう。
そんな気持ちが顔に出ちゃったら…。
あたしがこの世界に召喚された理由をどうにかしないまま、後で方法が見つかっても役目を果たしてからにしてねって言われそうだ。
心のどこかで諦めつつも、誰かさんに似た人を見たら錯覚したくなる自分を消せない。
でも、諦めたくもない。
――――こっちに来てから、時間が過ぎるのはあっという間で。
ここんとこ。
あたしって人が思ったよりも冷たい人間だったのかなって時々思うほど、あっちの世界を思い出す頻度が少なくなってきたのを感じている。
こっちの世界の人たちがあたしに優しいことが大きいんだろうけど、その中でも自分に近しく感じられる人がいるのが大きいんだと思っていた。
上手く自分を表現できないことに焦れてしまっても、自分の言葉を待ってくれる人がここには多い。
それがどれくらいアッチの世界にいた時に、あたし自身が求めていたことだったのか。
それを痛感するほどに、味方がいない環境下ではありがたい人たちばかりだ。
あたしよりもすこし年上のシファルは、どこかあたしに似ている。
上手く表現できない自分を知っている人。あたしが困っていたら、すこしだけ勇気を出してくれる。
その気持ちがとてもあたたかくて、なにより嬉しいと思える。
自分のために頑張ろうとしてくれる姿を目の当たりにして、何も感じないなんて無理だよ。
きっとみんな…いい人たちばかり。
ナーヴとは話す機会が極端に少ないけど、幼なじみだというシファルから聞く話では悪い人だって感じられない。
口は悪そうだけど、困っている人の力になる方法を探してくれる。そんな人だって、シファルは言った。
(でもね、シファル)
あたしの中で、そういう人はシファルなんだよ。
訓練後のカルナークの態度にどうしていいのかわからないあたしを、毎回部屋まで送り届けてくれる。
他愛ない話。こっちの世界のこと。元の世界のこと。薬草の話。なんでもない話が楽しくて、無理しないで話せる時間が心地いい人。
それだけ好意を抱きつつあった相手が、笑うことを控えているとか訳が分からないことを言い出した。
時々しか見せてくれないけれど、無意識でか何度か見たことがあるシファルの笑顔は可愛くて。
作ったような笑顔じゃなく、ふわっとやわらかく微笑むその顔をどうして隠すの? と思ったら悲しくなった。
胸の奥がチクンと痛んで、寂しいなと思った刹那、頭の先がジクジクし始めてはいつもの頭痛を知らせる。
その頭痛をどうにかしてほしくてシファルに相談したはずなのに、ね。
勇気を出して伝えたことを無視されたかのように会話が進んでいった事実が、もっと痛みを深めていく。
このままそばにいたら、痛みが増してしまう気がした。その痛みがどれくらいなのか、なんとなく想像出来てしまった。
――気づけば、シファルから離れて、彼の背中を遠くに眺めてから静かに部屋に戻っていったあたし。
元いた世界の鎮痛剤を飲もうか悩んだけど、なんだかどうでもよくなってしまう。
痛かろうが痛くなかろうが、どうせあたしは浄化のために喚ばれただけの人間なのでしょ?
だから、優しくしてもらえる。
期待なんかしちゃダメ。シファルと笑いあう時間がもっとあったらなんて想像しても、想像止まり。
(現実は、無慈悲だ)
元いた世界で散々知ったじゃないか。
頭痛が自分を責めだすと、それがスイッチのように深く心が沈み込んでしまう。
揺れて、ブレて、浮上しかけた心が突き落とされる。
体が大人になっていくと、ホルモンバランスの関係でそういう状態になることもあるっていう。
その影響なのかなと思う時もあったけど、正直よくわからない。
こんなにも自分がブッレブレな人間だったっけ? と悲しくなることしばしば。
あのお祭り事件以降、些細なことでカンタンに心が折れるようになった。
強くなりたくて、立ち上がりたくて…髪を切ったはずなのに、結局はほぼ不登校で中学を卒業するに至った。
「あぁ、ダメだ。地面にめり込みたくなってきた」
痛みを思い出すのは一瞬。痛みは、人を弱くする。
せめても…と願い、この世界に来てからの癒しの場所へとすがるように向かうあたし。
そんな時に、自分はつくづく日本人だなと思う。
「お風呂、最強……」
お湯に浸かっただけで心を浮上させきることは出来ずにいるけれど、それでももうちょっとがんばろうと思える単純なメンタルの自分。
海沿いの街に暮らしていたことも影響あるよね、多分。
なにかあるたびに、川に海に…と水辺に足が向いていた。
どこへ行けば落ち着けるかを、心が一番わかっていたんだと今なら思える。
今日も、そのつもりだった。
――でも、自分が思っていたよりも体が限界だったんだ。
真っ暗になった視界。でも息苦しさはなく、ぬるい何かに沈み込んでいく感覚に不快さを感じることもなく。
「ひな! ひな!」
名前を呼ばれるまで、その空間を心地よく感じていたほどで。
浅いはずのバスタブが深く思えて、どこまで沈めるのかなとか思った気がした。
お湯から引き出されて小さく息を吐くと、ホッとしたような彼の声がして、ぼんやりした視界の中いっぱいに彼の顔があって、すこしだけ顔がゆるんだ。
(シファルの笑った顔だけじゃなくて、こういう真剣な顔も好きだな)
とか不謹慎なことを考えた自分に気づき、微笑むのを堪えた。
喉が渇いたなと思っていたタイミングで、彼が水差しで飲ませようとしてくれるのに、体がいうことをきかない。
(そっか。溺れかけたか、のぼせているのね? あたし)
そこにきてようやっと自分の状態を把握して、どうしていいのかわからなくなっていく。
喉は渇いているのに、飲めないんだもの。
目の前の彼が何度か口をパクパクとして、何かを言いかけては飲み込んで。
多分、すごくわずかな時間の話。
スローモーションに見えたその動きが、どこかモノクロに見えて、意識を失くすのかもと怖くなった時だった。
「あとで謝るから、許せ!」と無理矢理な謝罪の後に、触れたぬくもりと冷たい液体が喉を通っていく感覚。
カラカラだった体に、滲みこんでいく。ゆっくりと、広がっていく。隅々まで。
続きを自力でと促されかかったのを、勇気を出して甘えてみる。
――また彼に触れてほしくて、彼に潤してほしくて。
水が体に入っていくたびに、彼への想いも自覚していくよう。
好きじゃなきゃ許せないその行為を、シファルなら許せる。
(カルナークには、ちょっと嫌だなって思えるんだけどね)
誰かと比較しちゃ、どっちかに悪いことを知っているのに。誰よりも比べられてきたのにね。たくさんの、普通の人たちと。
ぼんやりと無遠慮な彼を思い出していると、いつものようにノックなしで彼がやってきた。
いつもの美味しい水を持って。




