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抱えられるもの、抱えられないこと 2 ♯ルート:Sf







~シファル視点~



毎日同じことを繰り返し、そのたびにいちゃついてるの? と言いたくなる時間を無言で過ごす。


訓練が終わったら、懲りずにバカ(・・)が目の前の誰かが困るような目で見つめていることが多くて、俺が部屋まで送る。


そこまでが、訓練の一括り…みたいな?


訓練開始から半月ほど経っただろうか。部屋までもうすぐだってのに、彼女が足を止めた。


「どうかした?」


そう聞けば、最近あまり眠れていないせいなのか、頭痛が酷いという。


なにか薬かお茶でももらえないよね? と控えめなお願いをされる俺。


「頭痛…か。なにかの条件つきで痛むの? 起きてる時、寝ている時、何かをしている時、こういう姿勢の時…とか。思い当たることはない? 頭痛もいろいろあるんだよね、原因がさ」


といっても、俺自身、薬学を学ぶようになってから知った知識である。


彼女は足を止めたまま黙って考えて、小さな声で「わかんないんだよなぁ」と独り言みたいに呟いてから首を振った。


「痛いのは、頭の先っちょなんだよねぇ」


「…先っちょ」


「先っちょ」


そういいながら、人差し指を立てて頭の先の方を示す。


頭頂部とか先端とかならわかるけど、先っちょ…! “ちょっ”て、なに!?


「ぷく……っくっくっく」


ひなから顔をそらして、声をなるべく殺し肩を揺らして笑う。


思いのほか、面白くて笑いが止まらないや。


「……先っちょ」


「ふはっ」


「……っちょ?」


「ぷっ」


「シファルー。…つんつん」


わき腹を指先でつつき、俺をもっと笑わせようとする。やってることは、まるで昔からの友達みたい。


「ちょ…っと、やめ! あんま、笑わないようにしてるってのに!」


と口から出てしまい「…あ」と後悔を丸出しにした。


何回目かの訓練の後に許したシファル呼びをして、俺のわき腹をつついたまま人差し指を立てたまま呆然としてる。


「……笑わないように?」


彼女の口元が、あきらかに歪んでいる。怒ってるのか泣いているのかそれとも苦しいのか。形容しがたい顔で。


何か言いかけるように口を開いては、唇を結ぶ。


わき腹をつついた手を、そのまま俺の袖を摘まむようにして、クン…ッと軽く引く。


「好きだよ……」


いきなりの告白に、驚きすぎて「ふぁ?!」と変な声が出る。


「シファルの笑ったとこ、好きだよ? あたしは」


「は…」


あっぶねぇ。おかしな方向に勘違いするとこだった。


(…って?)


「俺、笑ったとこ見せたことなんかあんま」


「…うん、ないよね? なかった、そんなに。めっちゃレア」


思い出しながら話しているのか、うなずいては時々ふっ…と笑う。


「そんな、思い出し笑いするほどおかしな顔で笑うのか…俺」


なんて冗談めかして言えば、また首を左右に振って「ううん」と言う。


「好きな笑顔だよ、シファルのは」


ほら…また俺が誤解するようなことをいう。


なんて返せばいいのかわからず、後頭部をカリッと掻くだけの俺。


こういう時にどうしたらいいのか、いろんな経験値が足りなくて嫌になる。


ジークだったなら。アレクだったなら。そんなことばかり考えて生きてるから、ちっとも変われないでいるのにな。


変われない原因を知ってて何もしなきゃ、変わろうとしてないって言ってるようなもんだよ。


(あぁ、嫌だ。自分のことを好きだなんて、絶対に思えない)


小さなコンプレックスがあちこちに落ちては、拾いに行くことも出来ずに見なかったことにしてばかりだ。


「ひな…さ。そういうの、やめときなよ」


だから、口にしちゃうんだ。


「誤解をさせて、勘違いするやつばっかになるじゃん。カルナークみたいにさ」


一歩だけ距離を空けて立ち、ひなの顔を見ないようにして。


「とりあえず、頭痛の痛み止めになるの、なにか考えて処方してみるよ」


そうして、頭の中をこれからする調剤のことで埋めるようにする。


「あとは…よく眠れるようなものが何かあれば、それも別で出そうかな。それだったらクンイソウあたりなんかよさそうな」


ベラベラと一人で語りながら歩いてく。ひなをほったらかしにして。


「とりあえずは、鎮痛剤を出したら、飲んでから部屋に戻っ……」


ひなの薬の話をしていたはずなのに、薬飲んでいきなよねって言おうとして振り向いたら俺は一人だった。


「……ひな?」


俺の声が廊下に響くだけで、誰の声も足音も聞こえない。


怒らせたか、呆れさせちゃったかな。


また後頭部をカリッと掻いて、調剤をしに行く。


今の俺があの子にしてやれることったら、薬絡みなんだろうし。


薬草の組み合わせを考えて、薬草を砕いて粉にして……ってやってたら、何も考えないですむかと思っていたのに。


「頭痛……ツラいんだろうな。他の奴らから頭痛の話は出てなかったし」


ジークからもアレクからも、そしてカルナークからも出てない話だ。


知らない人ばかりの場所で、いきなり役目を果たせって言われて、生活に慣れる前に背負わされた責任が重すぎるよな。


「確かこっちに一か月くらい前に作ったやつがあったはずだな……えーっと」


頭痛を別にしても、それまでと同じようになんて眠れるわけがない。


「なんだっけ…ポプリだか、サシェ? だっけ。そろそろ熟成されてるはずだから、使えるんじゃないか? これ」


気休め程度だっていいから、どうにかしてやれたらいい。


俺以外のみんなには、出来ることがいっぱいある。特にカルナークは、浄化前の段階からの重要人物になったわけだしな。


(俺には、ひなを救えたり支えられるものなんかない)


身の程はわきまえているつもりだ。


だから引き受けたんだ、誰でも出来そうな訓練の報告レポートを書くってだけの仕事をさ。


飲み薬とクンイソウで作ったサシェを手にしてから、訓練中にほぼ書けていたレポートも持って部屋を出る。


コツコツと鳴る、自分の靴音だけがやたら廊下に響いて聞こえる。


さっきまではひなの声が俺の声と一緒に響いていたはずなのに、たったそれだけのことが妙に胸に来る。


時々チクンとする胸の奥の違和感に、気づいているようで気づかないふり。


その痛みや感情に名前をつけちゃいけない気がした。


それでも思い出すつもりがなくても、あの子のいろんな表情が脳裏に浮かぶ頻度が上がっている時点で、その名前は付いているようなもの。


それを認めたら、後戻りできないとわかってるから、俺は目を背け続けるしか出来ない。


薬草に携わるようになったからなんだろうか。


カルナークをみていて、ふと思ったことがある。


アイツが今…楽しげに過ごせている感情が何なのかを知ってて、その感情がもしもカルナークにとって毒になるとしたら? なんて思ったことがある。


アイツに効いている毒は、きっと即効性の毒なんだろう。


あっという間に心と体に入り込んで、もう毒を抜くことも出来ないし、そんな隙もないくらいに毒に侵されてしまった。


(それが俺だったら?)


俺の弟、カルナークが、魔法以外で初めて興味を抱き、心を傾けてほしいと望んだ相手。


俺が幼い時に抱えていたコンプレックスのことなんか、カルナークは知らないってわかっていても、いまだに距離は詰められないまま。


魔力を減らした俺を心底心配して声をかけてくれているとわかっていても、原因がお前だって言えるはずもない俺。


言ったからって魔力が戻るわけじゃないとわかっているし、本音を明かしても気まずくなるだけ。


そんな相手と同じ感情を、同じ相手に向けていいはずがない。


俺は並んで競えるような男じゃない。兄貴じゃない。そんな……価値はない。


そこまで理解しているのに、考えてしまう。


(もしも、俺がその毒に侵されているとするなら?)


ジークの部屋までもうすぐなのに、足が止まってしまった。


もしも、を想像して、顔が歪んでいるのに、このままジークに会えるはずがない。


きっと“らしくない”表情をしているだろうから。


(もしも、俺が毒に侵されているとするならば)


片手に握られているサシェを見下ろし、眉間にしわを寄せた。


(間違いなく、遅効性の毒だろうな。気づけば体に深く馴染んで、毒で体に異変が起きていても気づけないくらいになってて。いつから効いていたのかもわからないくらいに、自然に体に馴染んで)


「きっと……もう、抜け出せない沼みたいな(こい)…」


意識してしまえば、もうどうしようもなくなるのに。


兄弟で同じ毒のはずなのに、効き方が違うだけ。


「……どっちの方が、ツラくないんだろうな」


自嘲するように呟き、ため息をつく。


ドア二つ分を通り過ぎて、ジークの部屋へ。


さっさと渡すものを渡して、彼女のところへ薬を届けに行こう。


会うたびにきっと深く侵されてしまうとわかっているけど、笑っていてほしい気持ちの方が大きいとも気づいたから。


「頭痛の原因がわかればいいんだけどな」


今はまだ、その毒を甘んじて受け入れていくしかない。


解毒するかどうかを決めるのは、まだあとでもいいはずだ。


「どうせ……成就するはずがないんだから」


わかっている結末に、歪ませたまま口角をあげてあの子の部屋へと向かった。



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