エピローグ やっぱり最後は名字呼びで
子供たちの成長は見届けさせてもらい、国王と王妃の役目も果たした。
その間、ずっと一緒にいてくれた仲間たちも実はそれぞれの道を歩みたいのではないかと思うようになった。
「ジーツーはずっと私の腕の中のぬいぐるみでいいの?」
可愛らしく「キュウ」と鳴く姿はあの頃と何ら変わりない。
「ムギちゃんはマオさんの所に戻らなくていいの?」
「今更過ぎるでしょ。べつに未練はないわ」
何十年経っても見た目の変わらないムギちゃんは、あの頃と同じように鼻を鳴らした。
ただ、尻尾は垂れている。
「すぴろんは魔力を持っていない私じゃなく、息子たちの側に居た方が食べ放題じゃない?」
「いいえ。わたくしの中の魔力は今でも至高なるお嬢様のマギアレインボーで満たされています」
全員が私たちの元を離れる気配がない。
ありがたいことだ。ジーツーとムギちゃんは無理矢理、仲間に引き入れたのにこんなに長い時間を一緒に過ごしてくれて感謝しかない。
「あんた達が死んだら、精霊界に埋葬して墓守してあげる」
「精霊界? そんな所に入れないでしょ? 特に魔族のムギちゃんは無理じゃない?」
「ジーツーもわたしもスピロへーテも、あんたのマギアレインボーを食べているからね。実はもう精霊の一種だったりするってわけ」
ムギちゃんの言っている意味が分からない。
ジーツーとすぴろんにはマギアレインボーを餌として与えた記憶はあるが、ムギちゃんにはないよ。
「ハイパームギスペシャルよ」
あぁ。ムギちゃんが狂ったように食べていたアイスか。
つまり全員が餌付けされていたことになるのね。
三人は準備万端というように先に行ってしまった。
「随分と遅くなっちゃいましたね」
「そうだね。お互いにおじさんとおばさんだもの」
「もう少しでおじいちゃんとおばあちゃんですよ」
「確かに。またこの手で赤ん坊を抱っこできると思うと感慨深いなぁ」
「唯さん。いや、美鈴さん」
本当の名字で呼ばれるのは数十年ぶりだ。
最初はリリアンヌ呼びに戸惑っていたが、今では逆になってしまった。
やはり慣れというのは恐ろしい。
「一緒にスローライフを楽しみましょうよ」
あれは何十年前の出来事だっただろうか。
忘れもしない運命の日。私が婚約破棄されて、彼と一緒に王宮を逃げ出した日に告げた言葉だ。
ならば、次の言葉は決まっている。
「どこか地方に住んで自給自足するの。魔物を倒してお金を稼ぐような真似はしないわ。服は地味なものに着替えて、身分を隠して過ごすのはどう?」
「控えめに言って神です」
私たちは手を繋ぎ合って王宮を逃げ出した。
あの頃のように足取りは軽くない。私にはマギアレインボーがないし、友くんは精霊魔法を使えない。
だけど、気持ちはあの頃と同じだ。
頭上にはもふもふドラゴンのジーツー。
足元にはツンデレ猫のムギちゃんと、影に潜む魔人すぴろん。
そして、背後には王国騎士団。
特にデルティの部隊が血眼になって追いかけてくる。
「結婚式には出席するから大丈夫! 準備整えといてーっ!」
いつぞやと同じように、彼はマントを翻し、私はドレスの裾を持ち上げて走り続ける。
「行こっ、辻くん!」
私たちが楽しむべき真のスローライフはまだまだ始まったばかりなのだ。
数ある小説の中から当作品を見つけて最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
短編版から飛んできていただいた読者様もありがとうございます。
短編版がランクインしたので思い切って連載しましたが、毎日投稿を続けられてほっとしています。
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2023.6.7 桜枕