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第36話 出産する悪役令嬢

「おそらく妊娠しているでしょう」


 医者に告げられて、私は「はぁ……」と間の抜けた声を出してしまった。

 思い当たる節はあるから否定的な発言はできない。

 嬉しくないのかと言われれば、そんなことはない。

 ただ、あまりにも突然すぎて思考と気持ちがついてこなかった。


「おめでとうございます、妃殿下」


「ありがとう」


 私のお腹の中に辻くんの子供がいるかもしれない。

 つまり、この子はお世継ぎになる。


 そういった話は王妃にもされたが、どうせすぐに王宮を出て行くのだから構うもんか、と軽く考えていた。


「妊娠初期は流産しやすく、まだ喜ぶには早いです。激しい運動は禁物ですぞ」


 医者に念を押された私はトボトボと辻くんの待つ部屋へ向かった。


 辻くんはこの状況を見て、なんと言うだろう。

 折角、王宮を抜け出してスローライフを再開する準備が整ったのに、と落胆するだろうか。

 それとも、父親になる覚悟なんてできていないのに、と叱られるだろうか。


「あの、大切な話があって」


 私は震える声で医者に言われたことをそのまま伝えた。

 私の報告に辻くんの動きが止まり、表情がこわばる。それから数秒して顔を輝かせた。


「僕、父親になるんですね。今まで以上に美鈴さんを大切にしないと。絶対に無理はしないでください」


 辻くんらしい。

 私を抱き寄せる手が震えている。

 多分、嬉しくもあり、不安もあるのだろう。

 それでも私に気を遣って気丈に振る舞ってくれているのだ。


「よかった、よかった」


 時間の経過と共に現状を受け入れられ、辻くんから拒絶されなかったことで思わず涙が出てしまった。

 辻くんが喜んでくれたことも嬉しいし、私に子供が宿っていることも嬉しかった。


 それからの辻くんはより心配性になり、私に社交禁止を言い渡すほどだった。

 辻くんは、まだ全然目立たない私のお腹をそっと撫でてくれる。

 その表情はとても嬉しそうで、幸せそうで、私は今更ながらに彼の子供を宿すことができて良かったと思った。

 しかし、嬉しいことばかりではない。


「ごめんね」


「なぜ謝るのですか? 大好きな美鈴さんとの子供がこれから生まれてくるんです。こんなにも幸せなことはありませんよ」


「そうだけど、約束のスローライフを送れていないから」


「まだまだ人生は長いですからね。その頃にはこの子も連れて、スローライフを満喫しましょう」


 日に日に膨らむお腹をさすりながら、辻くんは私の手を取ってくれた。


「美鈴さんはこの子を無事に産むことを優先してください」


「うん。分かった。元気な男の子を産むよ」


 辻くんは子供の性別に関して何も言わなかったが、やはり王族の子供といえば男児だろう。

 ここまで続いてきた血統の直系が絶えてしまうのは避けたい。


 臨月になると誰かしらの女性が私の側に付いてくれるようになった。

 ムギちゃんは完全に私の侍女となり、「座っていないでちゃんと動きなさい」、「お腹を冷やさない」などとうるさくも心配してくれた。

 ジーツーも子供の存在に気づいてからは寄り添って一緒にお腹を温めてくれた。


 マオさんなんかは、毎日のようにお見舞いの品を置いていくようになった。

 たまに会うと「また腹が大きくなったな!」と言うものだから、親戚のおじさんみたいだった。


 そしてある日、遂にその時がやってきた。

 深夜、お腹に違和感を感じて目を覚ました私は焦ってジーツーを起こした。

 強い痛みに悶えていると、動転したジーツーが世界中に響き渡るほどの咆哮ほうこうを放ち、すぐに産婆たちが駆けつけた。ちなみに窓ガラスは衝撃で全部割れた。

 産婆以外にも、何事かと多くの人が集まったようだが、そこまで気にかける余裕はなかった。


 ムギちゃんに腰を押してもらい、痛みに耐えながらそのときを待つ。

 そして、産婆の合図通りに悲鳴を上げながら、力んだ直後「おぎゃあああ!」という力強い泣き声が聞こえた。


「王子のご誕生です!」


 私はぐったりとベッドに身を預け、医者の診察を待つ。

 ようやく息が整うと、ムギちゃんが白いおくるみにくるんだ赤ん坊を連れてきてくれた。


 これが、私の子か。


 体を起こしてもらい、赤ん坊を腕の中に乗せてもらう。

 しわしわで真っ赤な顔。小さいけれど、しっかりと重みがある。途端に落としてしまいそうで怖くなった。


 前世でも出産経験のない私は新生児を見るのは初めてだ。

 髪の色は辻くんと同じ金髪だった。

 まだ瞼は開かないようだけれど、小さな手で私の指を力強く握っている。


「美鈴さん!」


 勢いよく扉を開き、辻くんがベッドに駆け寄る。


「ありがとうございます。本当に。元気な子ですね。……美鈴さんが無事で良かった」


 辻くんは顔を近づけ、子供ごと私を包み込み、頬にキスをしてくれた。


 子供を抱こうとして、あわあわしている辻くんをムギちゃんが「しっかりしろ」と叱っている。

 その姿を見て笑ってしまい、痛みに悶えた。


 産後の経過も良好で、私は親しい婦人たちとお茶会を開くまで回復した。

 誰もが祝福の言葉を送ってくれる。

 近々、国民にもお披露目となるようでその準備も着実に進んでいるようだ。


 辻くんもムギちゃんもマオさんも息子にメロメロだった。

 もちろん私もメロメロだ。

 産まれた直後はあんなにもしわしわだったのに、ここまで変わるものかと思うほどに可愛い。

 さすが美形のフェルド王子の子とあって整ったお顔だ。


 ゲームの世界とか、転生とか、スローライフとか全てがどうでもよくなる可愛さだった。


 そして今日。

 王宮の前に集まった国民たちに私たちの息子――ファイがお披露目された。

 名付けの親は辻くんだ。


 国民たちは大いに祝福してくれたが、驚きはしていないようだった。

 それもそのはず。

 あの夜、ジーツーが咆哮を上げたものだから、国民たちは「出産が始まった」あるいは「出産を終えたのだろう」と勘づいていたらしい。


 すっごく恥ずかしい。

 もし2回目があるなら、気をつけるように言っておこう。


 私の魔力についてだが、なくなったわけではないようだった。

 ただ、明らかに魔力量は減っている。

 七分の三しかない。では、七分の四はどこへいってしまったのか。


 その答えは我が子、ファイだ。


 あの子は母の魔力の半分以上を持っていった。

 色でいうなら、レッド、オレンジ、グリーン、ブルー。

 火、光、風、水の精霊魔法を発動するために必要な魔力を継承している。


 当の本人は何も知らずに天使のように笑っているが、辻くんとは違って自分の中に魔力を宿して、精霊魔法を行使できる存在になってしまった。


 念のためにあの子が成長するまでは魔力が暴走しないよう、すぴろんに魔力制御をお願いしておいた。

 この話をした時の国王陛下とお父様の焦った顔は忘れようにも忘れられない。

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アシュリーの黒い結婚〜幕を開けたのは、地味メガネ令嬢が未来の侯爵様に抱きつぶされる日々でした~
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