第三話 メイドの勇者……爆誕☆
おぞましい寒気が走った私は、じいやからモップをひったくって、急いで彼女の元へ駆けた。
心臓がバクバクと殴り付けられるように痛む。
遣いは何も持っていない右手を振り上げると、メイドに向かって振り下ろした。
「—!!」
振り下ろしがてらその人の腕は変化していく。
鱗に覆われ鋭い爪の生えた、異形の剛腕に。
私はじいやからひったくったモップで、その腕が彼女を掠める前に思いっきり突いた。
遣いの攻撃は、メイドから逸れる。
「やっぱりこっちでしたか、勇者候補はア!」
腕だけでなく、遣いの全身は完全に変わっていた。
瞬きをすると瞳は縦に閉じ、凶悪な牙が生え、尻尾をうねらせている、トカゲの姿。
それは魔物だった。
悲鳴を上げ、逃げ惑う使用人たち。
メイドも執事も、戦えるわけではない。
「勇者がメイドの格好とは、卑怯な真似をオ!」
トカゲは再びその凶悪な腕を振り下ろす。
私はモップで攻撃を受ける。
モップは折れ、私の顔が爪でわずかに切れた。
「早く貴女も逃げなさい!」
私は後ろの彼女に言う。
「だったらお嬢さまも一緒に逃げましょう!」
「だめ!あの魔物私がどうにかしないと!」
すると父が言った。
「下がっていろ」
執事が父に剣を持って来た。
父はそれを受け取ると、トカゲに斬りかかる。
「どのみち、勇者血率が高い人間を消せるのは好都合ですッ!」
トカゲも応戦する。
強靭な鱗の腕は剣と互角にかち合っているように見える。
......が、わずかに父が優勢に見えた。
「先ほどの名刺には、間違いなく本物の王都の印が入っていた。
元の持ち主はどうした?殺したのか!?」
「持ち主も何も、王都にはもう人なんていませんよ!
だって王都はもう魔王様が征服しているんですからね!」
トカゲは飛び上がり、空中から尻尾を叩きつける。
しかし父はそれを見切り、隙のできたトカゲの心臓を突き刺した。
「ガッ!?」
......トカゲは倒れ、動かなくなった。
それを少し離れた場所で眺めて、私たちは安堵した。
しかし、それも束の間だった。
あっちに倒れているはずのトカゲが、何故か、突如私たちの目の前で飛び上がっていた。
突然のことで、頭が混乱する。
少なくとも、彼女を守らなきゃ。私はそう思った。
役する者として、彼女を。
さっきと同じように尻尾を振り下ろすトカゲ。
父は振り返るが、ここへは距離が遠すぎて間に合わない。
私はメイドを庇うように立ち塞がった。
「ぐはっ...!」
そう溢したのは私ではなかった。
「えっ!?」
この一瞬で私の前に、じいやが立ち塞がっていた。
肉がえぐられたような不愉快な音とともに、じいやに尻尾が直撃していた。
「脱皮ですよオ!」
トカゲは蘇生と瞬間移動のネタバラシをすると、ケタケタと嘲笑うように言う。
じいやは倒れこむ。
「じいや、何してるの!」
「早く逃げるのです......主人を守るのが、使用人のつとめ、ですから......!」
そのままじいやは、気を失った。
「じいや?......じいや!!」
私は頭の中がぐちゃぐちゃになって、体の芯では寒気がするのに、顔の表面には嫌な熱さの涙がこみ上げてくる。
小さい荒い息が細かく出て、体が震えてくる。
そんな時父がじいやを肩に担いで言った。
「逃げるぞ」
「無駄ですよオ!」
周りを何人ものトカゲに囲まれていた。
トカゲは私たちを囲い、追い詰めてくる。
向かってくる一人を父が剣で迎え打つ。さらにもう一人が向かって来て、別方向から攻撃を繰り出す。
ただでさえじいやを担いでいる父は、2人を相手するのでもう限界だ。
そんな時、もう一人が私に飛びかかって来た。
「-っ!!」
死を覚悟した、その時だった。
トカゲの頬は強く鈍い音ともに殴られ、そのまま少し離れた地面に落下した。
事切れた分身体を見て、トカゲが言った。
「だ、誰だッ!?——なッ!!?」
トカゲも、私も、驚いた。
その拳の主は、彼女だった。
見間違いかと思ったが。
確かに彼女が、異様な空気を放っていた。
父と応戦していたトカゲはそれに気がつき、彼女に向かった。
彼女は飛びかかってくるトカゲの腹に鋭い脚の一閃を当て、もう一方のトカゲが繰り出してくる尻尾を両手で掴み投げ飛ばした。
その戦いぶりは、まるで部族の太鼓の音でも聴こえてくるかのようだった。
異様な雰囲気を放つ彼女は向かってくるトカゲを倒し、その気迫に思わず後退りする本体に向かって歩いていく。
「な、なんなんですか貴女はア!?勇者血率0.0002%のくせに、貴女は一体誰なんですゥ!?」
「使用人です。主をお守りする———メイドです!!!」
彼女は密かに拾っていた折れたモップを、右手に構えた。
普段の彼女からは想像できないほどに鬼気迫るその姿は、まるで......
彼女はトカゲに一歩ゆっくりと踏み出し、そして素早く迫った。
「くっ......うおおおおおオ!!!」
トカゲも意を決して、彼女に爪を向け走る。
そして激突。
トカゲの爪は彼女の頬を掠めて、外れた。
彼女の折れたモップの先は、トカゲの腹に風穴を開けた。
「ゴハッ.........!!!ありえない......メイドが、勇者など......!
魔王様、どうぞご無事で......ぐはっ!」
水晶を落っことして、そこには <勇者血率0.0002% 中 0.0002%覚醒状態> の文字が映った。
トカゲは今度こそ倒れた。
彼女によって。
メイドの勇者によって。




