第一話 ものすごいスピードで廊下を滑る......メイド
長い廊下。煌びやかな窓。そして、床。
床をものすごいスピードで滑っていた、メイド服。
「わあああ〜!?」
どっぷどっぷとなみなみに水の入った木のバケツと、モップとともに。
「どいてくださああい!」
その勢いのまま、彼女は転んだ。
そしてバケツは宙を舞い、逆さになる。
落下してくる給仕を、私は受け止めた。
途端、グランデカスケードが私たちにかかった。
「ももも申し訳ございません、お嬢さま!ただいまお着替えを持って参ります!」
「ふ、ふふっ」
私は思わず笑った。
彼女の顔をハンカチーフで拭きとると、手をとりびしょ濡れのまま廊下を走った。
「えっ、おおお嬢さま、どこへっ!?」
この屋敷の浴場。
私は水で萎びた彼女の服を剥ぐ。
「いけません、このような姿を見せるわけにはっ!」
「......」
「あの、おっ、お嬢様っ!!!」
狼狽る彼女の声に返事をせず、脱がした。
別にいいだろう、私だって同じ格好になった。フェアではないか。
一矢纏わぬ姿となった彼女の手を引いて、浴場の椅子に座らせ、髪を洗い、背中を流した。
「私が、私がお嬢様のお背中をお流しします!」
「いいから」
「せめて、自分の体は自分でっ!でっ、てっ!!?」
問答無用で洗った。
そして、滑って転びそうで怖い彼女となんとか湯船にたどり着き、一緒に浸かった。
水面はざっぷうんとなんだか美味しそうすらある音と湯気を立てて、揺れた。
「こんなに良くしていただいているのに、私は何も返せず......
今日だって、お嬢さまが気持ちよく廊下を歩くことができるよう、床をピカピカに輝くほど綺麗にしよう!と意気込んでいたのに......」
「いいえ、水晶のように綺麗になっていたわ。」
給仕は笑顔になる。
「ピカピカにしすぎてしまって、少し歩くだけでスケートリンクのごとく滑るようになっていたけれどね。」
表情を豊かに変える彼女の顔は、とても面白い。
「うっ......」
あっという間に、サファイアレモン的な感じの顔になっている。
「いつも私はドジばっかりで...」
「うん」
「それに引きかえ、お嬢さまは凄まじいです!
大変な書類の山を毎日難なく片付けていますし」
メイドは立ち上がり、両手を大きく掲げた。
湯船に浸かったままの私は見上げて、そうそうそれくらい、いやもっと、山だ。
「それに加えて、ピアノや剣のお稽古まで完璧で!」
「......」
私は押し黙った。
「お嬢様の美しい演奏が聴こえてくると、まだお食事の準備をしている最中なのに、つい耳を傾けてしまうんです。」
私はピアノも、剣も、大嫌いなのだ。
「お仕事の最中なのによくない、ですよね。本当に。ダメダメな私とは、本当に大違いです」
「.........なら、私と変わってみる?」
「.........えっ!?」
「私と1日、交代してみるの。
あなたが私をやって、私がメイドをやる。どう?面白そうじゃない?」
私が給仕を見つめると、彼女は数秒おいて返事を返してきた。
「......た、たしかに、面白いかもしれません。
お嬢さまがメイドをやって、私がお嬢さまを-
でもそしたらきっと、お嬢さまが何もかもこなしてしまって、私はいらなくなってしまいます。
そしてすぐにまた、お嬢さまはメイドからお嬢さまになってしまいます!」
彼女は頭を抱えて狼狽た。
「ふふっ」
私は笑んだ。
「......」
私には考えがあった。
娘の私がドジをすれば、父は私に期待するのをやめる。
そうすれば、もう苦しい仕事も稽古もしなくてよくなるはずだ。
私は手を重ねて、彼女の顔にばしゅっとお湯を飛ばした。
「ひゃっ!?や、やりましたねっ!?」
彼女はお湯を飛ばし返そうとするが、失敗して自分の顔にかかった。
.........
私たちはお互いの服を着て、魔動ドライヤーで髪の毛を乾かしていた。
「面白そうとは言いましたけど、本当にやるつもりじゃなくって!」
「えっ、私に嘘をついたの?」
「まっ、まさか!とんでもありません!!」
「......うん。それでいい。」
私は彼女の姿を頭の毛から爪先まで高速で凝視し終えると、そんな声が口から出ていた。
いつもあたふたと慌て失敗を繰り返している彼女の姿は、品行方正を強要され、重圧で押し潰されそうな私にとってこれ以上ないほどに癒しになっていた。
「ええと......その」
「似合っているし、きっとバレないわ。」
「え、そ、そうでしょうか...?
でも髪の色もかなり違いますし、きっと一瞬で気づかれてしまいます!」
「いいえ、どうせバレない」
私は小さく吐き捨てるように呟いた。
「...でも、お嬢さまのメイド服姿、とても素敵です!
あっ、こんなこと言っては失礼でしょうか!?お許しください...!」
「......お褒めに預かり光栄です、お嬢さま。本日のお食事にはいかが致しましょうか。」
白い手袋を嵌めた私は、彼女のやわらかい素手をとって、言った。
「ふえっ!?お、おじょっ、あっ、わ私がお嬢さまでっ!お嬢さまがメイドで...っ!?
あわわわわわわわわわわわ......」
ドジな彼女ならきっと、計画通り父に私を見限らせられるはずだ。