006 ヒデキ
興味を持って頂きありがとうございます。
ちょっと長くなってしまったのですが……人物対比がしやすいのでこのままアップします。
〈ヒデキ〉
俺の名は山田秀紀。
今はヒデキという名で生活を送っている。
帝国北西部のシリタミア領領都ニシビスから馬車で1日ほど移動した所にある寒村出身だ。
俺はそこの農民の子として生まれた転生者だ。
前世で悪友たちと悪ふざけをして集団で死んだのだが、ブリギッドと言う女神から加護らしき物を貰ってこの世界に転生してきたのだ。
40歳を迎えた日に幼馴染の5人で集まり飲み屋をハシゴしていたのだが、何を思ったのか酔った勢いで橋の上から真冬の荒川に飛び込みそのまま全員水死してしまったらしい。
気が付いたらどこもかしこも真っ白な世界に俺たち5人は立っていた。
「ここは……死後の世界か?」
「わはは。そりゃあ酔って真冬の荒川に飛び込んだら死ぬわな」
「だな。誰だよ川に飛び込もうなんて言ったヤツ」
「秀紀よ!思わず私も死んじゃったじゃない!」
「それより死後も全員が同じ世界にいるって不思議ね」
そこにガタイの立派な女がいつのまにか立っていて俺たちに話しかけてきた。
「私の名はブリギッド。この世界と他の世界を橋渡しする任を受けている神です」
「神?んで、俺たちはこれからどうなるんだ?」
「汝らは享楽に身を落とし他者を貶め、後先何も考えずに行動した結果、命を落としました」
「人生は楽しまなければ損だしな!他者を貶めって……?」
「アイツの事じゃね?ほら、梶井だったっけ?」
「だな。高校卒業までおもちゃだったヤツな」
「懐かしいわ。アイツを虐めていた時が1番楽しかったわね」
「アイツが代わりに死ねば良かったのよ!」
「こいつらが私の愛息を……ただ、汝らの本来の寿命はまだ多く残っており、また、そのまま生命の輪廻に戻すには魂が穢れ過ぎています。それであなた方が住んでいた地球とは別の世界に転生させる事にし、そこで懺悔の人生を送り魂を少しでも浄化させなさい」
「懺悔?また赤ちゃんから始めるのか?」
「そうですね。苦労をして人生を見つめ直すと良いでしょう。それ程にあなた方、特に山田秀紀の魂は穢れています」
「穢れているか……結構な事だ。で、異世界転生と言えばなんか加護をくれるんだろ?」
「穢れ人に加護など与えませんが、能力として現地の民のために働けるよう、男には膂力と初級火魔法を、女性には膂力と豊穣を試練として与えましょう」
「火魔法か。それは使えそうだな。それじゃあとっとと異世界に送ってくれ!」
こんな会話をブリギッドとの間でしていた。
女神は「試練」と言ったが膂力と火魔法ってやっぱ加護だよな。
友人たちも一緒に加護を貰い同じ場所に転生するよう言った事もあり、俺の村は転生者が同時に5人も生まれた。
そして、生まれ持って加護を所持している事もあり領主のシリタミア様の援助で帝都エクバタナにある帝立セレーコス学院に入学する事になっている。
だからと言って実際の生活は貧しい方だ。
装備も鉄のブロードソードに皮鎧と言った冒険初心者の装備を今も使っているくらいだ。
「ふう、俺たちもこれでようやくD級か……」
俺たちは冒険者ギルド、ニシビス支部で依頼達成の報告をし、それによりランクが上がった証明書を感慨深く見つめていた。
氏名 ヒデキ ヤマダ
種族 人族
年齢 15歳
職業 剣士、魔術師(火魔法)
所属国 セレーコス帝国(シリタミア領)
所属ギルド 冒険者ギルド D級
称号 シリタミア領勇者候補、騎士爵
女神の加護によって火魔法の獲得と膂力のアップがしやすくなっていて、女たちは豊穣という能力が得やすいようだ。
それと怪我が治りやすく病気になりにくい身体で寿命も普通の人族より倍くらい長いらしい。
これは他の4人も同じであり、特に火魔法については今の時点でも領軍魔術師と同じくらいの攻撃力があるという事で領の勇者候補となり騎士爵を受けた。
「たく……なんで俺たちが国じゃなく領の勇者なんだよ、なぁ?」
「そうだよなぁ。それに加護もパッとしないしな」
「だな。火魔法は別として膂力なんて主人公のスキルじゃないぜ」
「私なんて膂力と豊穣よ。完全に農民スキルじゃない!」
「農民スキルって可愛くない!」
俺の言葉に同時に転生してきた、リョウジ、シンヤ、アイリそしてサナエがそれに応える。
この世界には技能というものがある。
そのスキルは習得度によってレベル1からレベル10まであるようなのだが、この世界ではレベル8が実質最高レベルなのだそうだ。
実情としてはレベル1は初心者、レベル3で中級、レベル5で上級、レベル7だと達人で8になると超人級になるだろう。
そして、このスキルやレベルは各国の首都にある教会で多額の献金をして調べないと分からないらしい。
職業はこちらでの申告と試験により決まるのでスキルとは関係がない。
そして、加護の関係か俺たちは多少だが他の奴らよりスキルが得やすいようだ。
膂力があれば剣を振るのも容易い。
そう言った事もあって剣術の上達は早く、農民スキルと言っているアイリとサナエでさえ領軍の小隊長レベルよりも強くなっていたし、豊穣もまた領の収穫を大きく左右するものという事で俺と同様、彼女らも騎士爵を授爵している。
騎士爵を拝受すると姓を名乗れるので俺は生前と同じヤマダと名乗る事にした。
昔はダサい名前とか思っていたが、下手な名前を付けると厨二病っぽく聞こえるだろうと5人で話し合ったのだ。
「まぁ、この歳でD級なんてそうはいないだろうから学院では無双できるんじゃねぇ?」
「そうだな。それくらいのチートはあるだろうな」
「げへへ。そうしたら女にモテるようになるかな?」
「もう、アンタの口からはいつも女なんだから……」
「無双したらきっとモテるわよ。黙ってさえいれば貴族のお嬢様の目に止まるんじゃない?」
俺たちはそう言うと、ふーっとため息を吐いた。
「なんだかなぁ……思っていたのとちょっと違うよなぁ」
「ヒデキ、またそれか。仕方がないだろ、川に飛び込んだのは俺たちなんだから」
「生活はアレだが、慣れちまえば悪くねぇぜ」
「でも、やっぱ以前の生活が懐かしいよね」
「勇者候補になっても生活が楽になった訳でないしね」
騎士爵持ちは領軍の中隊長以上の職位となるが、今は拝受したばかりなので名ばかりの小隊長だ。
僅かな給金しかないが、もう少し実績を積めば給金も上がり装備も支給を得る事もある。
そんな俺たちはこの先の進路がおおよそ決定しており、学院を卒業後はシリタミア領に戻り領軍に正式に配属されて中隊長となって魔獣狩りの日常が続くのだろう。
いや、今もそうだ。
これからギルドを出て拠点としている安宿に戻り、装備の手入れをしてから安酒をあおりながら飯。
木のベッドに薄っぺらい布団で寝て明日もまた魔獣狩りだ。
軍にいない分、ランクの低い魔獣なので怪我をする可能性は低いが報酬もそれに合わせて安い。
閉塞感の強いこの生活から抜け出したいが……無理だ。
「「「「「はぁ……」」」」」
俺たちは2度目のため息を吐き、報酬の銀貨を握りしめてギルドを後にしたのだった。
〈リュウタ〉
昨日はお風呂から出た後は土魔法で簡単にベッドを作り、布団を敷いてマーナと一緒に寝ていた。
布団は神界の最高峰の麓にある湖に生息している大型水鳥から採れる羽毛を神布で縫製した掛け布団。
それと同じ地域に自生している木綿から創った敷布団。
ふんわりと身体を包んでくれるような心地よさはそれこそ人をダメにする寝具と言えるかも知れない。
そういえばこの5万年、睡眠も取っていなかったなぁ、と思いながら久しぶりの布団に包まれながら気が付いたら朝になっていた。
朝といっても日が昇ったばかりで朝ご飯を食べるような時間でもない。
いろんな物を作れるようになったのだし、折角だから持ち運びできる家を作ろうと思い至り早速建てる事にした。
「小さい家で良いんだけど、キッチンと寛げるリビング、寝室と大きめのお風呂、それとトイレや客室も欲しいよな」
浄化を使えば便も処理されるようなのでトイレも2つ設置する事にしようかと考えていたら妄想がどんどん膨らんでいった。
「リビングは暖炉があると良いよな」
「ベッドはマーナもいるからやっぱキングサイズ2つ分は必要だよなぁ〜」
「風呂は脚を伸ばして横になれるくらいは欲しいから5〜6人は余裕で入れるくらいの大きさにしようか」
「家の中に鍛冶場があると良いかも〜」
など考えながら図面を引いていくとそれなりの邸宅といった大きさになった。
そしてそれを元にして家を建てるぞ!
持ち運びできるように先ず土台を作る。
深さ100センチ、地面からも100センチほどの高さの土台の枠組みを土魔法で造り、そこに神鋼で作った配筋を施してから神界で採取している砂を使ったコンクリートを流し込む。
同時に地面からの湿気が上がらないように土台の間には防湿コンクリートを厚さ10センチになるように土台と一体形成で作る。
「魔法で乾燥させて〜っと、その間に木材の加工だな」
俺は虚空庫内にある木材を加工して柱や壁などを作っていく。
当然木材は神界樹であり、強度や耐腐食性、防虫性などは人間界の樹木とは比較にならないほど高い。
それを組んでいき木魔法でその木材を一体化させる。
接合部分から繋ぎ目がなくなり強度が高くなるだけでなく釘などを使わずに家を建てる事ができる。
断熱材として神鋼を薄く引き伸ばしたもので20センチ厚の神界羊毛を覆い真空圧縮した真空断熱材を創り、それを床下や壁、天井裏に隙間なく施工する。
窓のガラスはせっかく虚空庫内に大量にあるので神玉石を加工してガラスの代わりに使い、トリプルガラスを創りそれを使用。
「うん。断熱もこれで完璧だな……おっと、もう朝食には程よい時間か」
建築は虚空庫内の自動建築に切り替えて、俺は朝食の準備に取り掛かる事にした。
やはりマーナもいるのでしっかりと朝ごはんを食べさせたいしね。
今朝は飯盒5つ分、1升の米を同時に炊きそれと一緒に具沢山の味噌汁を作った。
「まさか味噌まで入っているとは思わなかったよ」
俺はそう呟きながら、里芋、牛蒡、にんじん、玉ねぎ、こんにゃくそして豚肉で豚汁を寸胴いっぱいに作る。
旨味調味料まで用意されているのは流石に両親ズだ。感謝感謝。
そして炊き上がった米と梅干しで握り飯を20個程作り朝食用に4個ほどテーブルに並べた。
マーナには牛肉を焼き、これを食べやすいように切り分ける。
「マーナ!朝ご飯だぞ!」
〈ハーイ!〉
マーナは尻尾を左右に大きく振りながら結構な量の肉を平らげ、俺も負けじと握り飯を頬張る。
熱々の握り飯に豚汁で胃袋を満たした俺は再び家造りを始めることにし、出来上がった土台を虚空庫に収納して虚空庫内で家を建設していく事にした。
それと同時に木製家具も同様に作っていく。
ベッド、ソファ、テーブル、椅子……。
一旦、作ろうと思っただけで勝手に製作してくれるのは楽ちんである。
野宿した場所を元のように均し、再びペルセリスに向かって歩き出す事にした。
マーナは俺の横をトテトテと少し足速に、だけど足が短いので俺と歩く速度は変わらずに進んでいく。
今日も温かな日差しと心地よい微風を受けながらゆっくりと歩を進める。
「魔獣や獣は適当に狩っていこうな。素材屋や肉屋で買い取ってもらえるから」
〈わかったー〉
マーナは周囲に人がいない場合は念話で話しかけて貰うように言ってある。
それと言うのも俺は念話よりも直接話す事に慣れているのでつい言葉にしてしまうからだ。
こうやってまったり旅をするのも悪くないな。
田舎の街道はその地域の領主が魔獣狩を定期的にする事は先ずないので、歩いていると普通に魔獣に出くわす。
集団で襲ってくる魔獣もいるのだが、事前に探知できるので近づいてくる前に弓矢で射殺してしまうから問題はない。
退治した魔獣は虚空庫に収納して素材に分類する。
不必要なものは虚空庫内で廃棄もできるようなので廃棄していく。
「この辺りに棲息しているグランボアと言う魔獣のお肉は美味しいらしいんだよな。夜はこの魔獣を料理しようか?」
〈たのしみー!〉
マーナは食い意地が張っているようで食事の話しには特に反応が早い。
尻尾の振りも一気に大きく早くなる。
そう話していたらグランボアが街道に出てきた。
体高3メートル、体長6メートルはあろう体躯に対してマーナは子犬程の大きさ。
そんなマーナがグランボアを威嚇したのだ。
グランボアは臨戦態勢となり頭を一段と低くしてこちらに突進しようと後ろ足で地面を蹴るように土を後方へと吹き飛ばしている。
これは突進する前の準備運動で、生身の人間がこの突進を受けるとダンプカーに撥ね飛ばされたと同じくらいの衝撃となる。
しかし小さく可愛らしいマーナだが戦闘力は相当高く、アジア象並の大きさであるグランボアに遅れを取る事もなく危なげなく屠っていた。
グランボアに向かって飛び出したマーナは横から回り込むと首元に食らいつき身体を大きく捻った。
見た目からは想像できない鋭い牙が分厚いグランボアの皮を突き破り、首から鮮血が噴き出してそのまま大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。
〈たおしたよー〉
真っ赤に血で染まったマーナに洗浄魔法をかけていつもの真っ白でふわふわな姿に戻る。
「ありがとうな、マーナ」
俺はそう言うと虚空庫にグランボアを収納して血抜きや解体を行う。
肉だけでなく肝臓や心臓、胆嚢、そしてオスだったので精巣なんかも素材として売れる。
他にも牙や毛皮などを分類し、他は廃棄した。
「凄い量の肉が取れたよ。しばらくは肉に困らないよね」
〈ニク!ニクーっ!〉
肉が手に入ると俺も気分は少し高揚するがマーナは狼なだけあり肉に対する反応は凄まじいものがある。
まあ、実際は一旦虚空庫に収納すればいくら消費しても翌日には元の量に戻るからマーナが腹一杯食べたとしても肉の在庫がなくなることはない。
何より虚空庫内には元から鳥、牛、豚、羊など多種多様の肉類があるので肉に困る事はまずないのだけど。
マーナは尻尾を左右に大きく振りながら〈ニク!ニク!〉と言いながら歩いている。
他に人がいるなら「わぅ!わぅ!」と聞こえるだろう、思わず抱き上げてぎゅっとしたくなる可愛さだ。
昼までに雉に似た鳥を弓矢で射たり、うさぎ、穴熊、シカなどを狩っては虚空庫に収納して解体していく。
「さて、お昼はグランボアを使って猪鍋にしようか。マーナはソテーがいいかな?それとも生肉の方がいいか?」
〈ひをとおしたほうがすきー!〉
「そうか。栄養も考えてレバーと心臓も調理しようか」
〈レバー!!!ごしゅじんさますきー!〉
嬉しそうに俺の周りを小躍りするかのようにぐるぐる回るマーナを微笑ましく思いながら料理の準備をする。
簡易の竈門を土魔法で造り赤味噌を使った猪鍋と猪肉を堪能したいので串にグランボアのレバーや肉、野菜などを刺した串焼きも用意。
串焼きは調味料はシンプルに塩と胡椒だけ。
ルーナの分は本当に僅かな塩だけだ。
ジューと言う肉の焼ける音と匂いが聴覚と嗅覚を通して俺の食欲を惹起させる。
「焼くだけだと言うのに、暴力的に胃を掴まれている感じだな」
〈がまんできないよーはやくたべよー!〉
「もう少し火が通ればもっと旨くなるからな」
神界において料理の神である 磐鹿六雁命に弟子入りして料理スキル99になっている俺は食材の旨さを最大限に引き出す事ができる。
「磐鹿六雁の親父のお陰で美味い飯を食べる事ができるんだよな。本当にありがとう!」
8000人以上の神から手解きを受けた事もあり大抵の事はそれなりに出来るだろうがやはり衣・食・住に関する事は生活する上で最も重要だろう。
改めて両親ズに感謝して昼食を頂く事にした。
俺は猪鍋を突きながら串に刺さったグランボアの肉をそにのまま齧り付き、マーナにはマーナ用の皿に取り分けて食べる。
〈おいしー!〉
マーナは尻尾を左右にぶんぶん振りながらガフガフと肉やレバーを平らげていく。
俺も猪鍋を胃袋に流し込みながら串焼きと以前作ったおにぎりを虚空庫から取り出して頬張る。
美味い物を食べられる幸せを噛み締めながら昼食の時間を過ごすのだった。
食事を終えマーナと再び歩き始めた。
知識にはあるがその殆どを初めて目にする俺は全てが新鮮で興味が惹かれる物ばかりだ。
初めて見る草木、花、小動物……昨日までと違って少し心に余裕ができたのも関係するだろうか。
鑑定を使いながら薬草や食べられる植物を採取し、魔獣や獣などを狩りながら歩みを進めていく。
マーナは俺の横をトテトテ歩きながら尻尾を左右に振る。
そして時折俺の事を見上げながら頭を俺の足に擦り寄せてくる。
そんな可愛いマーナと楽しく歩いていると時間が過ぎていくのも早く、時間で言うなら3時頃かといった時に事件が発生した。
この世界に来て初めて、人の声が微かに聞こえてきたのだ。
いや、悲鳴と言った方が正しいだろう。
俺とマーナは顔を見合わせて、悲鳴のする方向へと走り出した。
すると馬車が3台と馬6頭に跨る騎士たちと言うちょっとした集団が魔物に囲まれて襲われていたのだ。
鑑定すると魔物はゴブリンと言う妖精種であり、身長は120センチほどで交戦的な種族である事が分かった。
妖精種と言っても可愛らしいものではなく尖った耳に大きく裂けた口、ギョロッとした目に焦茶色の体色をした嫌悪感を催す見た目だ。
魔獣には種類があるのだが、ゴブリンやオーガなどの妖精種、オークやボア、ホーンラビットと言った獣種、飛竜のような竜種そして地龍や飛龍などの龍種だ。
妖精種は魔法が使えるといった特徴があり総じて食用には向かない。
オークは人型の魔獣ではあるが進化しても魔法が使えない事、そして何よりその肉は食用にできる事から獣種に分類されていた。
「おー、これはちょっと厳しそうだな」
〈ちょっとたいへんそうですー〉
ゴブリンは毛皮で作った突貫衣に少し錆びた西洋剣を持っており、それが100体もいる。
それに対して防衛側は6人のハーフプレートアーマーを身に付けた騎士が主戦力の様で、他には鑑定で分かったのだが馬車の中に非戦闘員が14人いる様だ。
ゴブリンは小さくてもその膂力は人間以上であり、6対100というのは分が悪いどころか完全に負け戦だ。
「マーナ!ここで待て!」
〈ボクもれんけいしてたたかえるよ!〉
「そうか、それなら奴らの後方から襲ってくれ」
〈ウン、わかったー!〉
今までマーナと連携して戦った事がなかったのだが、マーナが一緒に戦いたがっているので連携戦をしてみる事にした。
俺は馬車の方へと真っ直ぐ向かい、マーナはゴブリンの後方から急襲して挟撃する事に。
刀を涙紋刀に変えて抜刀し馬車までの間にいるゴブリンを斬り捨てていき、こちらに殺意を向けさせる。
ゴブリンはまるで豆腐でも切るかのように胴体を上下に分かつ。
騎士たちはいきなり現れたであろう俺に驚きの顔を見せてはいたが、
「不要かも知れないが手助けに参上した!」
と俺が叫ぶと「かたじけない」と騎士の1人が一言だけ俺に向かって伝えゴブリンと剣を交える。
俺は騎士たちに群がるゴブリンたちを一閃で屠っていくのでゴブリンの屍がどんどん増えていく。
ゴブリンが俺の刀を剣で受けようとしても、剣ごと身体を分断されていくのだから防御しようがないのだ。
マーナもまた小さな形をしているのだが、奴らが敵意を向けた逆の方向から攻撃されればゴブリンたちに争う術なく、俺とマーナによって次々と数を減らしていき10分もしないうちに生あるゴブリンは1体もいなくなった。
良く見るとマーナによって首を引き千切られた死体が20体ほどあった。
〈ごしゅじんさま、ボクもゴブリンをたいじしたよー〉
〈ああ、ありがとう。助かったよ〉
他にも人がいるので俺も念話でマーナに感謝を伝える。
マーナは俺の予想以上に多くのゴブリンを屠っていたのだ。
口周りが鮮血で赤くなっていたので浄化魔法でマーナを綺麗にし、ゴブリンの屍は虚空庫に収めて討伐証明部位以外は廃棄した。
正直なところゴブリンの様な精霊種は肉も不味く、同じ精霊種のオーガの様に牙が武器として利用できると言った有用な部位がないからだ。
俺は騎士たちに近づいて声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「助かった。お陰で我らは軽い怪我だけで済んだ。改めてお礼をしたい」
騎士の中でも1人だけ意匠が凝っているプレートアーマーを身につけている男が俺の前に来て頭を下げた。
「いえ、当たり前の事をしただけですから」
「それでは当国は助けられても礼の一つもしない国と評されてしまう」
そんなやり取りをしていると1台の馬車から侍女らしき者が降りてきて、
「このパーティを率いておりますエレン・バクトゥリアからお礼を申したいとのこと」
侍女の言葉を聞いた騎士たちは馬車から俺に向かうまでの間に3人ずつ左右に分かれて跪く。
そして馬車の扉が開いたかと思うと1人の女性が侍女の手を取って降りて来て俺の前まで歩いて来た。
どこかの貴族の子女のようで長距離移動中にも関わらずしっかりと体面を考えてあるドレス姿であった。
そして、彼女の耳先は少し尖がっている……エルフ族の女性だ。
恐らくまだ未成年だろうか顔に幼さが残る風貌だが、非常に美しく俺の心臓は鼓動を早めた。
「この度は私共をゴブリンの襲撃から助けて下さり誠にありがとうございました」
そう言うとスカートの中ほどを軽く摘み上げて、右足を後ろに引き膝を曲げ腰を落として俺に礼を行った。
いわゆるカーテシーだ。
助けられたと言う事もあってなのだろうか、俺を立てての礼をとってくれたようだ。
それに対して俺は背筋を伸ばして顎を強く引き礼に応える。
「私はバクトゥーリア王国の第2王女、エレン・バクトゥリアと申します。何分ペルセリスへ向かう途中故、満足なお礼をする事が叶わず心苦しいのですが、ペルセリス到着の際にしっかりと此度のお礼をば……」
背筋をしっかりと伸ばしたエレンは凛とした非常にしっかりとした芯のある女性である事が話し方から分かる。
「高貴な方に先に挨拶をさせてしまい申し訳ありません。私はリュウタ。リュウタ・カジと申します。この度はたまたま居合わせただけの事ですからそう大仰になさらなくても宜しいかと」
俺の紹介を聞いてエレンの後ろに控えていた燕尾服に身を包んだ侍従の目が僅かに見開いた。
だが次の瞬間何事もなかったかのように彼女の後ろに控えている。
「いえ、それは私だけでなく国としての体面が保てません」
エレンの言葉に俺は言葉を詰まらせるが、後ろに立っていた侍従が口を開いた。
「話の途中に大変申し訳ありません。もしかしたら、リュウタ様は私共と同じペルセリスに向かう途中ではないでしょうか?」
「……そうですね。ペルセリスを経由して最終的には帝都エクバタナに向かう予定ですが、それが何か」
「実は私どもも同じ行き先でして……もし宜しければ道中の警護として依頼させて頂く事はできますでしょうか?」
「依頼?」
「はい。何分、我らの警備は騎士が6人のみであり今後も同じような襲撃があった場合どうも心許無く」
侍従の言葉を聞いたエレンは両手を胸の前で合わせて頷いており、騎士のリーダーと思しき男性も大きく頷いていた。
「……俺…私は徒歩での旅で馬車の皆様には速度的に……」
「それでしたら私の馬車に乗って下されば宜しいですわ!」
エレンは俺の言葉に被る勢いで提案して来た。
「私にはマーナと言う小さな眷属もおり……」
「なんて可愛い眷属なのかしら!当然一緒で構いません!!」
「リュウタ様、王女もそう申しておりますので如何でしょうか」
侍従は王女と言う言葉を強調して俺が断りにくい状況を作り出す。
まあ、今回はのんびり行ければ良いし、行き先が同じであれば同行者がいても良いだろう。
「分かりました。それでは依頼とではなく同行とさせてください。それでも宜しいでしょうか?」
「それはどうしてでしょうか?」
「警護依頼を受けるためには冒険者ギルドに加入していないといけないと思うのですが、まだ鍛治師ギルドにしか加入していないのです」
「なるほど……それでは加入後に警護依頼をお願いできますでしょうか?」
できたらのんびりとした旅行を考えてはいたのだが、正直いうとエレンは美人だしそんな美人に頼られるというのも悪くない。
「ギルドの警護依頼の受注条件があると思いますのでそれ次第でも良いでしょうか?」
「はいっ!お願いします!!」
「殿下……それではリュウタ様は私と殿下、そして侍女のマヨルカと同じ馬車でお願い致します」
「この武器も持ち込んでも……?」
「はい。できれば警護も併せてお願いできればと思いますので」
俺は彼女らに同行する事になったので騎士たちや御者、他の侍女たちに自己紹介を行い、王女の馬車に同乗させてもらう事になった。
同行する侍従はセバスティオヌ、侍女長はマヨルカそして騎士長はアンドゴラスという名であり、馬車の中ではエレンとマヨルカが並んで座り、エレンの正面に俺、俺の隣はセバスティオヌという並びだ。
同乗中、念のため寝室のみの家を20人分、そして大浴場を虚空庫内で建設し用意しておく事にした。
「リュウタ様はどちらの出身でらっしゃるのですか?」
「エレン様、お……私に敬語は不要ですよ」
「それならリュウタ様も敬語をおやめください」
「う……」
「リュウタ様、殿下がそれをお望みでおりますので」
「……はい。エレン様、これで良いですか?」
「様も必要ないです!」
「(はぁ)エレン、でいいかな?」
「はい!それがいいです!」
何だかエレンのお尻には尻尾があってそれが大きく左右に振られているように感じる……
〈ごしゅじんさま、つがいですかー?〉
いきなりマーナから念話が飛び込んできたかと思えば、とんでもない事を言い出した。
思わず吹き出しそうになったので、わざとらしく咳き込んでみた。
「リュウタ、大丈夫?」
「あ、ごめん大丈夫だよ」
マーナの頭に置かれていた手に思わず力が入る。
〈ごしゅじんさま、てれなくてもいいですよー〉
〈違うから!もう、変なこと言わないでよ〉
〈エレンというひとからはつがいになりたいおーらがすごいですけどねー〉
マーナはそう言うと俺の膝の上で欠伸をして丸くなった。
「あっ、俺の出身ですか?この国の辺境でサカスターナという地方があって、そこのカジ村ですよ。正直なところ何もない所です」
俺が話しを戻してそう答えるとセバスティオヌは小さく「やはり」と呟いた。
何が「やはり」なのかは知らないが気に留める事なく話しを続けていく。
エレンもまた楽しそうにバクトゥリア王国の事について話してくれ、自分はエルフの中でもハイエルフという種族だといった事などを話す。
「リュウタ様のお腰に下げていらっしゃる剣はどなたが打たれたのでしょう」
「あ、これですか?これは俺が成人を迎えた際に打ったものです」
「見せてもらっても宜しいでしょうか?」
セバスティオヌがそう嘆願してくるので俺は涙紋刀を抜き刀身を見せる。
綺麗な紋が浮かび見た目にも素晴らしい業物である事は鍛治師なら誰でも分かるだろう。
だが、刀身からは魔力にも似た力が込められた上に種々のエンチャントがなされ、この世界の1流と言われる鍛治師であっても造る事は不可能な刀なのであまり人目に晒したくはなかったが、どのような評価が得られるか知りたかったので見せる事にしたのだ。
「これは……聖剣、でしょうか?」
「これですか?これはランク分けで言うなら特1等になりますかね。なので聖剣というより神剣になり損ねたと言った方が正しいかもですね」
「神剣……」
この世界では聖剣とか魔剣と呼ばれる非常にレベルの高い武器が存在する。
聖剣ともなると優1等くらいだろうか。
知識の中ではこの大陸に聖剣は全部で10振り。
そのうちの1本がバクトゥーリア王国にあり、4本がカジ村、3本が帝国で2本がレマイオスという帝国から西に隣接する国にある。
魔族の治めるパルティア王国には同じ優1等の魔剣が3本存在していた。
しかし、俺が所持する涙紋刀はそれを遥かに超えた特1等。
セバスティオヌが言葉を失うのも当たり前の事なのだ。
「この手のものは使用者登録がされていますから俺以外は使えないですけどね」
「いや、それでも!」
「……っ!騎士の皆さんに伝達を。魔獣に囲まれています」
「えっ?何故分かるですか?」
「マーナ、手伝ってくれ」
「アンッ!」
「馬車はなるべく固まり、迎撃陣形を取ってください!」
セバスティオヌが驚きの表情を見せている中、俺とマーナは馬車の外に飛び出すのだった。
お読み下さり誠にありがとうございます。
今回の話はいかがでしたでしょうか?
宜しければ感想・ブクマ・評価を頂けると嬉しく思います。
これからも少しでも楽しんで貰えるよう頑張っていきたいと思います。