002
興味を持って頂きありがとうございます。
修行のため、天目一箇神と俺は、転移と言うもので鍛冶場へと移動した。
目の前の風景が瞬時に入れ替わり、真っ白で明るい空間からいきなり暗くなったので最初は目が慣れず何処にいるか検討もつかなかった。
目が慣れてくると、比較的整理されている鍛冶場だというのが分かってきた。
鍛冶場は煌々と燃え盛る炉から白い光が漏れ、それだけが唯一の光源ということもあって室内は薄暗かったのだ。
木製の無骨なテーブルと椅子が置かれており、勧められるままその椅子に腰掛けると天目一箇神は俺に問いかけてきた。
「それでは今日からわしがお主の師匠となって色々教えていくのじゃから、わしのことは天目師匠と呼ぶように」
「はい、天目師匠!」
「うむ。それでは一つ聞くが、鍛治をする上で先ずは何を鍛えたら良いと思う?」
「えっ、それは炉の温度の見極める力とか、ですか?」
「違うな」
「槌の打ち方とか……」
「全然違う」
「もしかして素材の目利きとか!」
「ふうーっ。全くもって違う」
俺は「違う」を連発されて少し凹んだが、「鍛治はズブの素人なんだから分かる筈がないだろう」と試しに返してみた。
「短気じゃなぁ。まあ、いい。良いか、鍛治で先ず鍛えるのは身体じゃ」
「えっ、身体……?」
「そうじゃ。わしらは槌を打ち続ける。場合によっては不眠不休で数日にも及ぶ。お主の貧弱な身体では半刻すら保たないじゃろうて」
師匠はそう言うと奥に置いてある槌の方に指を刺した。
その槌はどう見ても師匠の身体の大きさに不釣り合いなほど大きく、そして重そうだった。
「あれがわしが使っている槌じゃ。お主もあれを軽々と打ち続ける膂力と持久力、次に打ち続けられる精神力が必要なんじゃ」
「膂力と持久力……それに精神力……」
「と言う事で、これを早速飲むんじゃ!」
そう言うと師匠は俺の前に何やら乳白色の何やら得体の知れない飲み物を置いた。
漢方薬に泥臭さや生臭さをを加えたようなこれは絶対にマズイ!と言うのが分かる匂いを漂わせている。
「天目師匠、これは……?」
「お主の世界でいうプロティンみたいなものじゃ。神界では普通に飲まれているものだぞ?」
「神界?」
「ん?気がつかなんだか?お主は修行という事で生と死の狭間から神界に来ておる」
「人間が来て大丈夫なんでしょうか?」
「お主は特例という事で許可されておる。ただ行動できるのはこの近辺だけじゃがな。ほれ、早う飲め!これにより1時間の鍛錬で1000時間鍛錬したのと同じ効果が修行が終わるまで得られるぞ!」
飲み物はコップというよりもジョッキ、それも大ジョッキほどの大きさ。
俺は恐る恐る口にし……
「……!?旨いっ!」
「そりゃそうじゃ。神界にマズイものなどありゃせんわ。さっさと飲んだら早速鍛錬じゃ!」
「はいっ!」
俺はこの飲み物、とりあえずプロティンと呼ばせてもらうがそれをグイっと飲み干し、師匠の前に立った。
それと時を同じくして鍛冶場に1人の神が入ってきて俺に向かって、
「お前が俺様の弟子になる人間か!俺は天手力男神だ!!」
「取り敢えず膂力などは天手力男神に任せる事にした。神界で1番の力持ちだぞ!彼の事はこれから手力師匠と呼ぶように!」
手力師匠の内臓にまで響き渡る声での自己紹介の後は師匠の丸投げ宣言……
そして天目師匠は意気揚々と鍛冶場を出て行ってしまった。
俺は鍛治ができると思っていたのに筋トレ先生……ゲフンゲフン……手力師匠に師事する事になり鍛治を身に付けるという目標は遠い彼方へと飛んでいってしまったようだ。
「初めまして。俺は……」
「自己紹介などどうでも良い!早よう筋トレの準備をしろ!」
天目師匠が連れてきた手力師匠は全身が筋骨隆々でマッチョという言葉が似合う。
しかも短気のようで挨拶もそこそこに早速トレーニングをする事になった。
師匠も、その男は神界で1番の力持ちとか言っており、然程筋肉が付いていない俺には手力師匠に抗えるような要素を見出すのは非常に困難だった。
それに鍛冶場での筋トレで準備らしい準備などある筈もなく早速筋トレを始める事にした。
「準備終わりました!」
「それでは取り敢えず腕立て伏せを1万回からだ!」
「え?」
「聞こえ何なんだか?腕立て伏せを1万回だ!さっさと始めっ!」
「はいぃぃぃ!」
自慢じゃないが俺は腕立て伏せを10回もできれば良い方で1万回など想像もできない回数だ。
それでも手力師匠は師匠と仰ぐ事を決めた神。
その師匠からの指示だ。
俺は床に両手を突いて腕立て伏せを始める事にした。
1回、2回……3回……
「ほれ、脇を締めろ!」
「はい!」
「腰が上がってるぞ!」
「……はいっ」
「おい?どうした?何しとる?」
「……限、界です……」
「まだ10回もしとらんじゃろうに……仕方がない……」
そう言うと手力師匠は俺に何らかの術を掛けてくれた。
「これは一時的に苦痛を感じさせなくするものじゃ。ホレ、もう一度やってみろ!」
俺は苦痛を感じなくなるだけで腕立て伏せができるか、と思いながらやってみたのだが意外とできるようだ。
「手力師匠、これならもう少しできそうです!」
「もう少しじゃない!1万回だっ!」
俺は手力師匠に言われた通り黙々と腕立て伏せを起こなう。
回数が増えていくに従い額からは珠のような汗が湧き出て、その汗によって床の水溜りは大きくなっていく。
「9998……9999……1万っ!」
「ようし、次は腹筋だな」
「え、休憩は……?」
「何言ってる。給水したらさっさとやらんかっ!」
「はいぃぃぃ……」
結局、腕立て伏せだけでなく、腹筋、背筋、スクワット……etc、と1日を筋トレで過ごした後は煎餅のように薄くて固い布団に潜り込んだ。
恐らくいつもだったら固すぎて寝られないのだろうが、疲労の極致と言えるほどの状態ではどんな固い布団でも天国の様に感じそのまま深い眠りへと誘われるのだった……。
「うぐっ、ぎゃーーーーーっ!」
翌朝、俺は身体の節々の激しい痛みで目を覚ました。
筋肉痛という生易しいものではない。
全身の筋肉が肉離れを起こしたんじゃないかと思えるほどの痛みが襲いかかってきたのだ。
そこに手力師匠がやってきた。
「なんだお主、その情けない声は」
「た、手力師匠〜。全身があまりにも痛くて動けないです……」
「そりゃあ貧弱な身体であれ程の筋力トレーニングをしたのじゃ。筋肉痛にもなろうて」
「痛すぎて寝返りも打てないんですが……」
「今はな。だが超回復が起きているから痛くても無理のない程度に身体を動かすんじゃ。さすればより強い筋肉に生まれ変わるぞ?」
「……そ、それなら耐えてみせます……」
俺は全身の極度の筋肉痛にも耐え、それが収まってきたら再び筋トレ→筋肉痛→回復→筋トレというサイクルでの生活を10年近く過ごす事になった。
10年も終わる頃になると身体に重石を付けながらトレーニングをしても筋肉痛になるような事はなくなっていた。
重石と言っても本物の石を抱えているのではなく、重力増加と言う神術で通常より1000倍もの重力下でのトレーニングだ。
実際にはアレを飲んでいるからそんな環境下で1万年はトレーニングをしていた事になるんだろうか。
「手力師匠〜トレーニング終わりました〜」
「随分と涼しげな顔をしておるな」
「そうですね。最近は結構余裕でできるようになってきました!」
「そうか。それではお主がどれくらい膂力が上がったか確認してみようか」
そう言うと師匠は鍛冶場に小さな台を置き、そこに右肘を置いて、
「お主、試しに腕相撲をしてみよう」
「腕相撲ですか?それは構いませんが……」
どう見ても手力師匠と比べると俺の腕周りは2回りは細く、普通に考えれば勝てそうに到底思えない。
だが手力師匠はやる気満々で台の上に肘を置いて俺を待っている。
俺は「は〜」と大きくため息を吐いて手力師匠と対峙した。
「よし!準備は良いか?始めっ!」
手力師匠の合図で俺はグッと力を入れて……あれ?勝っちゃった?
「んあっ?何だ!?反対側、反対側もだっ!」
手力師匠はまさか自分が負けるとは思っていなかったようでもう一方でも試合する事になったのだがこちらも瞬殺だった。
「悪夢だ……たかが人間に俺が負けるなんて……」
「たまたまですよ〜」
「たまたまで俺に勝てるものかっ!」
そんなやり取りをしていたらいつのまにか天目師匠がやって来て手力師匠の肩に手を置き、
「約束じゃ。此奴に祝福をしてやってくれ」
「分かった。だが、此奴には……寵愛をくれてやろう!」
手力師匠がそう叫ぶと俺の身体が仄かに光った。
「手力師匠!?俺はどうなったんでしょうか?」
「お前には俺様の愛息としての寵愛をくれてやった。肉体は鍛錬をしなくなると直ぐに衰えるが俺様の寵愛を受けるとその膂力は衰える事がなくなる」
「それってかなり凄くないですか?」
聞くと寵愛は一度受け取ると与えた神は後からそれを消し去ることが出来なくなるもので、それに対して祝福は後から取り消す事もでき、多くの場合は祝福に留まるようだった。
「お主の膂力は既にスキル扱いとなっておってな、スキルレベルが99に至っておる。これは神界でも最高クラスじゃ!」
10年間も俺を放っておいた天目師匠がいきなり現れ、まるで自分が修行を付けていたかのように胸を張って威張っていた。
そんな天目師匠を横目で見ながら手力師匠は俺の手を取り、
「そうみたいだな。ここまで努力したお前を我が第一の弟子であり愛息と認めるから今後も精進しろ!」
「はい!よろしくお願いしますっ!」
こうして俺は天目師匠からめでたく卒業を言い渡され次の段階に移る事になった。
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