019 釣具とビールと唐揚げと
興味を持って頂きありがとうございます。
今回の旅程を再確認してみると、俺はカジ村を出立してから途中でエレンたちと合流。
そして今滞在しているカルマニア領都ペルセリス、次にバビリュニア領都スサを経由して帝都エクバタナが最終地点となっている。
距離的にはカジ村からペルセリスまでがおよそ550キロ、ペルセリスからスサまでが400キロでそこからエクバタナまでが350キロの1300キロ、およそ札幌から沼津までの距離だ。
この世界は徒歩での旅が多いのだが、大体1日で25キロが標準なのでスサまでは16日掛かる事になるが、俺たちは改良馬車のおかげで1週間掛からずに到着できるだろう。
ちなみに、エクバタナから帝国北西部にあるキルキア領都エデッサまで1000キロなのでカジ村からエデッサまで向かうと大体札幌から鹿児島までの距離だと言える。
「スサに向かう途中に幾つか村や街があるけど基本素通りで行こうと思うんだ。どうかな?」
朝食を終え、出発前に執事のセバスティオヌと騎士長であるアンドゴラス、そしてエレン、ノルンとマヨルカを談話室に集まって貰いスサまでのスケジュールの最終打ち合わせを行う事にした。
食料や水は虚空庫に大量にストックしているし、エレンやノルンそしてマヨルカの虚空庫(中)にも収めているのだから途中で補給する必要がない。
何か個人的な用がなければ素通りした方が短期間で移動できるので、それを提案したのだ。
「はい。私としては特に異論はございません」
「私もないわ」
「リュウタ様に合わせます」
「俺は大丈夫だよ」
と4人は同意したのだがノルンは少し考えこんでいるようだった。
「……うむ。妾と出会ったペルシウス高原があったじゃろ。その向こうにはエリュタゥラー海が広がっておるのじゃがな、スサに向かう途中に少し寄り道になるがその海に面した港湾都市があるのじゃ」
「そこで海の幸、か?」
「さすが主人様じゃ。多少寄り道しても良いと思うがどうじゃ?」
「そうだな。魚介類はカジ村でも滅多に食べられないしな」
「バクトゥーリア王国では海がないので川魚は食べますが海の幸は……贅沢品です!」
「そうじゃろ?だから……」
「そうだな。じゃあ寄ろうか!教えてくれてありがとうなノルン!」
「ふふふ。主人様に喜んで貰えると嬉しいものじゃな」
という事で少し当初のプランを変えて港湾都市グリエフと呼ばれる街に寄ることにした。
馬車に乗り込み、俺たちはペルセリスを出てグリエフへ向かう。
今回も馬車は俺とエレン、マヨルカにセバスティオヌ、それにノルンが加わって馬車内は5人、いや、マーナもいるから5人と1匹だ。
元々8人でもゆったり寛げるように創ってあるのとノルンが小さい事もあり問題なく寛げている。
グリエフに寄る事でスサまでの距離は480キロになったが、徒歩だと1日に25キロ程度の移動距離が改良型馬車のお陰で1日に60キロは進める。
数日グリエフに滞在しても徒歩でスサに直行するより大幅に日数を短縮できるのだから、その間の旅を楽しむ事にした。
「こんなに馬車旅を楽しめるなんて少し前まではならあり得なかったわ!」
「そうですな。全てリュウタ様のお陰でございます」
「リュウタ様がいなかったらまだペルセリスにも到着していません……それどころかあの時、死んでいたと思います」
「それって初めて出会った頃だよね。俺もまさかこんな風に3人の女性と婚約するとは思っていなかったよ」
そんな話しをしながら馬車はグリエフへと進んでいく。
ペルシウス高原に沿った街道を進んでいるのだが、先日、周辺の魔獣を大量に屠っている事もあって道中に魔獣に襲われる事は1度もなかった。
俺は膝の上で寝ているマーナを撫でながら、釣り竿を虚空庫で作っていた。
元の世界にあった電動リールと似た魔道具も創る。
そして神峰に植っている神木の繊維と神布、それに神魔鋼を合成してカーボンファイバー製の竿よりも高強度で軽くしかもしなやかな竿を創り上げてその竿にこの魔道具をセットした。
釣り糸は神布と神魔鋼を混ぜて硬化させるとナイロン製の釣り糸よりも遥かに強靭で伸縮性のあるものが出来上がった。
0.1号の細さでも直径10センチの鋼鉄製ワイヤーよりも丈夫なのだ。
最後に神鋼で釣り針を創り、ある機能を付与した。
「リュウタ?何ニヤニヤしているの?」
「ん?あぁ、海に行ったらやはり釣りをしたいなぁって」
「おぉリュウタ様は釣りも嗜まれた事がおありで!」
「嗜むってほどじゃないけどね。折角だから皆で釣りをするのも一興かと思って」
「皆というのは……」
「もちろん、セバスティオヌさんやアンドゴラスさんたち騎士の皆さん、それに御者さんや希望があれば侍女の皆さんも、ですよ」
それを聞いたセバスティオヌは目を輝かせながら俺に手を取り、
「ありがとうございます!私、海で釣りをするのが長年の夢だったのです!」
「セバスティオヌ、良かったね!」
「セバスティオヌさん本当に嬉しそう」
「セバスティオヌ殿を見ておると妾も釣りをしたくなってきたのじゃ」
「そんなに楽しみにしてくれると俺も釣具の作製が失敗できないな」
「いや、釣れたら嬉しいですが、リュウタ様には本当にお世話になりっぱなしでございます故、ご無理なさらず……」
ノルンはエリュタゥラー海に生息する魚介類や食用にできる海の魔獣について教えてくれた。
それぞれの生態についても一流の漁師以上に知っているようで、彼女のレクチャーが続く。
特異満面の顔で話も長くなってはいるが、彼女の話も面白くそれもあって気が付いたらもうこの日の野営準備をしなければいけない時間になった。
土壌を均し、テンモクハウスや宿泊施設などを設置して夕食の準備をする。
今日はペルシウス高原で狩った魔獣のコカトリスを使った唐揚げを作る事にした。
少し生姜とニンニクを効かせたものだ。
彼らの食欲は目を見張るものがあるので1人あたり1キロを目処に揚げていく。
「マヨルカ、悪いけどこれをそのおろし金でおろしてもらえるかい?」
「大根をおろすのですか?」
「ああ。これと一緒に食べるとさっぱりして旨くなるんだ。それとエレンは揚げたものをバットに並べて油を切ってもらえるか?」
「はい!」
「火傷には気をつけてな」
「妾は何をすれば良いんじゃ?」
ノルンはかなり大雑把なところがあるから、彼女でも出来そうな手伝いを探してみた。
「ノルンは……ご飯をお茶碗によそってくれるか?」
「ご飯じゃな!任されたのじゃ!」
そう言うとノルンは張り切ってテーブルに置いておいたお櫃のところに向かった。
侍女たちはテーブルクロスやランナー、燭台などの準備をして食器を並べているところだ。
俺は唐揚げの他に豆腐となめこの味噌汁、トマトサラダなども用意して侍女たちに運ばせる。
ルーナにはコカトリスの直火焼きを食べやすいように切り分けて専用の皿に盛る。
何より唐揚げといったら、やっぱりビールでしょ!
この世界だと15歳以上はお酒を飲めるので取り敢えず全員分のビールを用意する。
「さぁ、食事にしようか!」
俺はそう言うと全員の前にキンキンに冷えたビールを置いていく。
「個人的な事なんだけど、新しい婚約者を迎えたので紹介するよ。この子はノルン。そしてマヨルカも3番目の婚約者となったんだ」
皆はノルンの事をどういった立ち位置の女性なのか分からずにいたのだが、紹介された事もあり「おめでとう」と声を掛けられる。
当然の事ではあるが、以前から同僚として働いていたマヨルカにはより祝いの言葉が集まった。
「主人様……これは少し堪えるのぉ」
「ノルンはこれまで人付き合いがなかったからな。その分俺が祝うよ。婚約してくれてありがとうな」
「ノルンさん……いえ、ノルンがリュウタと婚約してくれて私も嬉しいわ」
「そうですよ!知識も豊富だし本当に頼りになるお姉さんって感じです。これからも宜しくお願いします!」
「んっ、ん〜!えー、新しい旅の仲間も増えておりますので、1人ずつ自己紹介でもしましょう!」
「そ、その前に食事が冷めてしまうから……いただきます!」
『いただきます!!!』
よく冷えたビールと唐揚げという最強のコンビは場を盛り上げるのに最適だ。
ノルンが素直に心情を吐露してくれたおかげで彼女が感じている葛藤を知ることができ、セバスティオヌの計らいで共に旅をしている者達との距離が縮んだような気がする。
1人1人の自己紹介はその人の初めて知る一面俺に教えてくれ、当然エレンやマヨルカの小さかった頃の話しやノルンの話しなど俺にとっても有意義な時間となった。
食後、俺は鍛治室に篭りあるモノを建造するために図面を引く事にした。
エレン、ノルン、マヨルカの3人はお風呂に向かった。
「さて……この世界には存在しない革新的なモノだからな……定員は15人、そして部分水陸両用」
そう、俺が創ろうとしているのは水陸両用船。
街道を走れるほどではないが乗り降りを考えると砂浜まで上がる事ができる様にしたいのだ。
それも釣り船としてだけでなく嵐で海が荒れても問題なく航行できる程安定した航行能力を持った船だ。
「タイヤは泥濘みでも問題なく走行できるように少し太めのものを10本にして……」
豪華客船にするつもりはないが、キャビンはある程度居住性を高める事にしたいので全長45メートルクラスの大きさにした。
この世界にはない魔導エンジンを創り、船体は軽量化と強度を考えて神鋼製だ。
何せ、この世界の船は全て手漕ぎか帆船。
航行能力も貧弱なのだが、今回の船にはそれこそ異次元の能力とも言えるスペックを持たせるのだ。
そのために元世界や神界で得た知識を惜しみなく注ぎ込んで船を創る事にした。
エネルギー源は地龍の魔獣石を10個使用し、予備として更に10個の地龍の魔獣石を使用する事にした。
航行手段はスクリュー2基とジェット水流1基による2種類併用。
航行用魔導エンジンは3基、走行用2基の計5基のエンジンを搭載し、主寝室1、寝室4、リビングや簡易キッチン、シャワー室、トイレなどを設置した。
次いでに、4人乗りができるモーターボートも創るか。
どうせならとことんマリンスポーツを楽しみたいしね。
「よし!この図面を元に虚空庫内で創り上げて行くか」
そう俺は独言て汗を流すために浴室へ向かった。
今、ここには浴室が2つある。
1つは俺専用の移動用住居である「テンモクハウス」に内ある浴室。
そしてバクトゥーリア王国の騎士や侍女達なども使えるように用意した大浴場だ。
「テンモクハウス」の浴室は基本俺だけが入る事を意図して創ってある。
一応、広めなので5人くらいの大人が入っても全く問題はないのだが基本は俺専用だ。
もちろん1人で浸かるのであれば十分過ぎる広さだし何より個人的に風呂に対してはこだわりがあったのでそのこだわりを詰め込んで創り上げているのだから居心地の良さは抜群だ。
ガラッ
俺は浴室の横開きのドアを開けた。
すると俺専用の筈の浴室に婚約者たち3人が入っていたのだ。
「キャッ!」
「お、主人様ようやく来なさった」
「えっ?リュウタ様?」
エレンは浴槽の中で両手で胸を隠して踞り、ノルンはどこも隠さずに仁王立ち。
マヨルカは驚きのあまり浴槽の縁に腰掛けたまま呆然としていた。
「あっごめん!こっちの浴室に入っているとは思わず……」
「もう!いきなり入ってきたらビックリするでしょ!」
「それより、この湯はなんじゃ?」
「もう婚約しているから……私の生まれたままの姿を……」
マヨルカはいつものような完璧さとは程遠い残念な女の子になっていた。
それよりもノルンはこのお風呂の違いに気が付いているようなのだが、それはさすが神獣という事か。
「ああ、このお風呂は向こうの大浴場と違って神水を沸かしているものだからね」
大浴場は魔石を使い水魔法により生み出した水を温めて使っているのに対し、テンモクハウスのお風呂は神石を使い神術により神水を生み出して使用しているのだ。
やはり5万年使い続けてきた神水の方が疲れも取れると言う事もあって自分用のお風呂は迷う事なく神水を使う事にしていたのだ。
「神水……だからか。妾の神力もこの風呂に浸かるとジワリと回復するのじゃ。神獣になってからここまで神力で満たされたのは初めてじゃ」
「「神獣!?」」
エレンとマヨルカは素っ頓狂な声を上げた。
そういえば彼女が神獣だって話していなかったっけ。
「言っていなかったっけ?ノルンはこの世界に君臨する飛龍の帝王のうちの1柱だよ」
「「ひ、飛龍の帝王……」」
「今はお主らと同じ主人様の婚約者じゃがな」
「そうだ。だから普通に接してくれ。な?」
バクトゥーリア王国はエルフの国という事で精霊や神獣に対する畏怖の念の持ち方はセレーコス帝国とは比較にならない程高い。
飛龍の帝王3体のうち1体が王国内におり、信仰の対象ともなっているのだ。
ノルンが普通に接してくれと言われて、はいそうですか、となる筈がない。
ただ、今のノルンは少女みたいな体型だ。
少女のような身長はもちろん、エレンより更に慎ましやかな胸に2人は畏敬よりも母性が優先したらしい。
「うん。ノルン、何かあったらお姉さんに相談してね?」
「そうよ。それに胸は愛されていたら大きくなっていくからね?」
「なんか、悔しさが滲み出てくるのじゃが……まぁ良い。取り敢えずよろしくなのじゃ」
女の子とお風呂というのは俺にはまだ早かったようで、ノルンの話しが終わる頃には鼻血を噴き出し俺は倒れてしまったらしい。
ノルンの要望もありこれからも彼女らはテンモクハウスのお風呂を利用する事になったのだが、時間を決めて俺とはお風呂でかち合わない様にする事になった。
お読み下さり誠にありがとうございます。
今回の話はいかがでしたでしょうか?
宜しければ感想・ブクマ・評価を頂けると嬉しく思います。
これからも少しでも楽しんで貰えるよう頑張っていきたいと思います。