牛の首
家紋 武範様企画
「牛の首企画」参加作品ですm(_ _)m
警視庁広域捜査一課 篠宮哲司警部補は取調室にて、目の前の何処にでもいそうな青年を胡乱な目で見てため息をついた。
牛の首連続殺人事件 巷間にそう呼ばれる事件の始まりはそこそこの再生数と登録者はいても一般知名度は無いに等しい動画配信者のありふれた動画だった。
「牛の首って、みんな知ってる。この話を聞いたら3日以内に死ぬんだって、俺さ、この話の詳細をゲットしまして、3日たって生きてたら、内容アップするんで、チャンネル登録といいねよろしくっ!」
はっきりと釣りとわかる内容で、それでも僅かにバズったこの動画は結局のところ1週間たっても追加の動画が配信されずにボヤ程度の炎上後に忘れ去られた。
投稿から1ヶ月半ほどたって、件の配信者が東北の山中で遺体となって発見されるまでは。
夏の暑い最中であり、発見された遺体は腐敗が酷く、所持していたと思われる周辺から発見された財布から見つかった身分証と歯形から、例の配信者だと断定された。
崖下から発見された遺体は田舎なこともあり、司法解剖はされずに、状況から滑落による事故死として処理されるところだったが、これといった事件や事故がなかったためにローカル局のテレビニュースで報道されたことで、配信を見ていたファンの一人が動画の内容を匿名で通報したことが切っ掛けで警視庁広域捜査一課の要請を経て、荼毘にふされる前の遺体は急遽、司法解剖へとかけられることとなった。
結果として、腐敗により解剖は困難であったものの滑落のさいについたと思われた傷からは生活反応は出ず、それとは別に刺傷痕が発見され、致命傷はこの刺傷痕であり、死因は恐らくは失血、死亡後に隠蔽のために崖から投げ捨てられたと断定された。
こうして、事故から一転、殺人へと切り替えられた事件は都心住みの配信者が田舎の山中で発見となったために引き続き広域捜査一課預かりとなったのだが、この段階ですでに配信から2ヶ月が経っていた。
そして、その間に同様の事件の可能性がある事案がネット内を騒がせていた。
怪談ものの配信は季節柄多く、「牛の首」配信と同様に「聞いたら死ぬ」「見たら死ぬ」「行ったら死ぬ」といった内容の配信を行った者の配信が途絶えていると話題になったのだ。
遂には「次は誰が行方不明になるか予想するスレ」などという不謹慎極まりないものまで立つ始末。
だが、行方不明だと話題になった配信者のうち一人がまたしても、他県で遺体となって発見されると、各県警本部へと、「行方不明となっている配信者」の捜査願いが出されることとなった。
遂には「次は誰がこ○されるか予想するスレ」が話題となると、警視庁は司法手続きをとり、裁判所からプロバイダへの削除要請が成されると同時に万が一のためと、一向に進展しない捜査の足掛かりとなればと一縷の望みに「スレッド」に名が上がった人物の警護が秘密裏に行われることとなった。
篠宮警部補の前にいるのは、そんな警護中に警護対象を拐おうと襲いかかり捕まった青年だった。
正直に言えば、行方不明とされる人物全てが事件に巻き込まれているかは定かではない。仮にそうだとすれば、実に8件以上の殺人が行われたことになる。
反対に言えば、だからこそ、犯人の絞り込みが全く出来ず、被害者の足取りも不明であったために捜査が難航したのだ。
にも拘わらず、もしかしたらと半ばギャンブルのような考えで張った網にこうも簡単にかかった青年を篠宮警部補はこの事件の主犯と思えなかった。報道に感化された摸倣犯では無いかと訝しんだが、本人はあっさりと「牛の首」配信者の犯行を認めたばかりか、余罪についても一つ話して、実際に遺体が発見されたのだ。
「なんでこんな事したんだ」
篠宮警部補は青年に動機を尋ねる。
西日の差し込む取調室で青年の表情は読み取りづらい、そも、この青年は表情に乏しかった。
「牛の首の話は知ってますか」
たっぷりと間をおいた青年が呟くように言ったのは、そんな一言だった。
篠宮警部補は逆撫でされる感覚に苛立つのを抑えて冷静に考える。内容を知ったら死ぬという、その中身の話しでは無いだろう。詰まる所、「牛の首」という都市伝説を知っているか、ということだろうとあたりをつけるが、それが何の意味があるのか。
「あんたが殺した被害者の配信は今は削除されてるが、証拠の一つとして保管してる。内容はわからんがそういう話があるのは知ってるよ、それがどうした」
自然、ついぶっきらぼうな口調になるが、篠宮警部補はそれを直そうとも、悪いとも思わない。目の前の青年も意に介していないようで、淡々と供述を進めていく。
「俺の両親は畜産業者だった。アメリカの肉骨粉のせいで飼ってた牛を全て殺処分しなきゃなんなくなったあと、新しく買った仔牛を育てたあたりで、うちが殺した牛に祟られてるって噂が流れたんだ」
他人事のように語る青年が何処か薄気味悪く、苛立っていた篠宮警部補は余計に胡散臭いものを見るような目を青年に向ける。
「で、それがこの事件とどう関係してるってんだ」
恫喝のように声を荒げたが、青年は何事もないように話し続ける。
「噂の出所は同業の嫌がらせみたいだったけど、証拠もない、俺は学校で苛められ、うちの牛は気味悪いと買取りを拒否されて買い手がつかなくなった。資金繰りも出来なくなり、近所からも影口を叩かれた両親は夜逃げ同然に消えたんだ、俺を家に残して」
日の差し込みが強くなり、逆光で表情の見えない青年から無感情の声だけが届く。その内容のおぞましさとは裏腹の抑揚のない声に篠宮警部補は怖じ気る。
「それと牛の首の配信は関係ないだろ」
正論なんだが、あまりにも落ち着いた青年の態度に自分が間違っているような錯覚を篠宮警部補は感じていた。
「関係ない。それなら、うちだって関係無かったはずだっ! 根も葉も無い噂で破綻したうちの家族に何の落ち度があったってんだっ! ありもしない話で死ぬとかほざいたんだっ、死んで本望だろ」
急に激昂した青年に篠宮警部補は呑まれたように黙り込んだ。
「ありもしない作り話するなら、周りを巻き込まなきゃいいんだ。無責任な話で迷惑かけていいのかよっ!」
篠宮警部補は、とにかく落ち着けと繰り返して、動機についての話を切り上げようとした。取り敢えず、余罪について、尋ねてみる。
「さあね、何人殺したのか、でも全部じゃないよ」
そんな事をまたぞろ無感情な声になった青年は投げ遣りに言う。
全部じゃ無いとはどういう事だと畳み掛けようとする手前、身を乗り出して来た青年の顔が迫る。
まるで虚のように落ち窪んだ目、焦点の定まらない瞳孔に全身を舐められる感覚を覚えて、うすら寒さに身震いした篠宮警部補の耳に内側から響くように嘲笑に満ちた声がした。
「大変だね、あと何人捕まえることになるんだか」
ホラー巧くなりたい( ;∀;)
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