◆崩壊する城内にて(???視点)
ここは、コーンヒル伯爵様の元居城の地下牢だ……そして私は、かつてこの居城で彼の配下として大きく重用されていた、ブサール子爵という者なのである。
我が主が姿を消してすぐ……この城はフェルマー伯爵の兵に取り囲まれ、臣下の我々の中で主だったものは様々な不正の証拠を見つけられ、投獄されてしまった。
そして今や、周辺一帯はあの憎きフェルマーの手に落ちてしまったのである。
口惜しい……コーンヒル伯爵様の計画が成就すれば、あと数年でフェルマーめの領土を大きく削りとり、その功労者として厚く優遇された我々は、今以上に贅をつくした華やかな生活を送ることが約束されていたであろうに……。
あの日はおかしなことに、夜にもならぬうちに猛烈な眠気が襲ってきて、城中の人間がぐっすりと眠りこんでしまったようなのだ。
そして翌朝になって起きて見ればこの通り、手かせを掛けられて囚人と化していた。なにがなんだかわからぬ……一体どこの馬鹿者がこんなことをしでかしたのだ、ぐぬぬ……理不尽だ!
しかもその後に王都の裁判所で、我らが不在のまま一方的に裁判が行われたらしく、判決文には終身刑と記されていた。奴の部下からその書面をじかに見せられ、怒りで眼がくらんだ私は鉄柵があることも忘れて突進して顔面をぶつけ……その場にひっくり返ることになった。
こんな馬鹿げた話があっていいはずがないであろう!
(無期懲役……? こんな暗い牢獄で、後の半生を過ごせというのか! あまりに無慈悲ではないか……。平民など、いくら搾取した所で、貴族たる我々が罪に問われていいはずが無いのであるッ……!)
思い出すだけで鼻が痛み、苛立って地面に両手を打ち付けると周囲から「うるせえぞ!」とドスの効いた声が上がり……私は怯えた後、悔しさに爪を噛む。
こんな品性の欠片も無い犯罪者共と、クサい牢屋に閉じ込められ、私の人生が終わるかと思うと…耐えられん! いつか絶対に脱出し、フェルマーの奴にこれ以上の苦渋を味わわせてやる……!
私はもう一度床を殴りつける……だがしかし、今回は犯罪者共から非難の声は上がらなかった。
――ドズゥン!!
その音は同時に起きた別の振動でかきけされてしまったのである。
(なっ、なんなのだ!? 地震か?)
天井からパラパラと石くれや砂が降り注ぐ。
揺れはさらに強く何度も響き、周囲の石壁からピシピシと音が立ち始める……。
「な、なんだぁ!?」
「おい! 番兵……何が起こってんだ!? 出しやがれェ!」
柵がガンガンと叩かれて囚人の怒号があちこちから飛び交うが、見張りの兵士の反応はなく、石壁に刻まれた亀裂はどんどん拡がって……ゴトゴトと天井から落ちる石つぶてが私の頭を直撃した。
(ぐがっ!? どういうことなのだ……!? い、いや、待てよ……これは脱獄のチャンスというものでは無いのか? そうだ、そうに違いない! 神が我が望みを聞き届け下さったのだ!)
私は喜びに両手を突き上げて叫んだ!
「牢まで壊して私をお助け下さるとは……やはり神々は尊き身分、貴族の我々の味方なのである! 万歳! 万歳!」
「うるせえぞおっさん! 頭いかれてんのか!?」
すさまじい轟音に阿鼻叫喚の悲鳴がひびき渡る中、一人歓喜の声を上げる私。犯罪者共が何かを言っておるが……フフハハハハ、聞こえんなぁ貴様らの不心得者の言葉など!
「かっ、壁が……潰される! ひぁああぁ!」
「番兵はいないのか! 職務を放棄してどこかへ行くなど、貴様ら仕事を舐めているのか!? クソ、私の時間が失われる……あの女狐どもの友情ごっこのせいでェェェッ!」
「こんなことになるって知ってりゃせめて、さっきの巡回の時にせめて便所にいかせてくだせぇって言ってたのによぉ、ちくしょう!」
「お、おれはァ……元・ギルマスだった男、だぞっ……こんなところで、緑頭ァ……」
鉄柵を必死に石でガツガツと叩く音が聞こえておる……愉快愉快。せいぜい足搔くがいいわ……とか言ってる場合では無くなって来たのである。
天井は次第に低くなり、牢の鉄柵がひしゃげてきおったぞ……ま、マズい。こ、このままでは私まで潰される……!
(ひぃぃやぁぁぁぁぁ……か、神よっ、お助けェェッ! ……うぉっ!? と、通れる!)
それはギリギリのタイミングであった。
天井からの圧力で鉄柵はぐにゃりと曲がり、ようやっと人一人通れるくらいの隙間が目の前に出現する。もし数秒でも遅れていれば、岩の下敷きになっていたであろう……。
「ハ、ハハッハ……やはり天は私を生かす! 運命なのだきっと!」
周囲でも幾人かがそうして抜け出したようで、叫びながら誰かが外に走って行った。
私は周りのゾッとする光景を見ないようにして、所々落ち込んだ地下牢の階段を上がってゆく。
「ま、待っていろフェルマーめ……私は、ゼィ、必ずお前を殺しに。ゼハァ、ハァ――」
何とか最後まで登り切って城内の明かりが顔を照らした時、私は歓喜した。
「出、出た……? ハハハッ、出たぞ、出たのだ……自由なのだ! ざまあみろ!」
小躍りしながら通路をかけ出す私の足は軽かった。
(広間を抜け……外に出て厩舎の馬をうばい、逃げてやる。私の剣の腕を舐めるなよ……)
腕の鎖はやっかいだが、これ位ならとそこらに立て掛けられていた掃除用の箒をつかみ、私は広間への入り口をくぐる。
だがその時、目の前にビシャっと飛び散ったなにかに……私は足を止めた。
「あ……?」
じゅうたんと重なるようにして流れて来た、濃い赤色の液体。
それはじわりと私の足に沁みこむ。
(血……、死……?)
――ドッ。
その大元となった目の前に倒れた囚人の体には、首が無かった。
「血――! ししししし、死ィ――ッ!!!!!! いや、ハハ、ハ…………ま、まぁよいのである! 私には関係ない、関係ないぞぉ?」
私はそれを避けるように大回りして、通路から出てゆく。
あんなクズ共の死などより今は我が身よ!
「ど、どどどうでもよいので……ある?」
口元を震わせながらのろのろ動き始めた私の前に立ちふさがったのは、奇妙な風体をした大柄な男だった。身に着けた甲冑も、頭部を丸ごとおおう二本角突きの鉄仮面も全て真っ黒という恐ろしげな者……。
その趣味の悪い某は何も言わず、微動だにせずこちらを見下ろす。
普段であれば、真っ先に踵を返して逃げ出すところだが、私はあまりのことが立て続けに起こり判断力を奪われていたのだ。
ここからどうやって脱出するかばかりを考えていたせいで、周りがどうなっているか見ようともせず私はそやつに話しかけた。
「誰の配下か知らんが、私はブサール・ロアン・セドリック子爵なるぞ……その汚い体を避けて道を開け……」
ズムッ……。
身体の中央を何かが貫く。
「ガブッ……な……ぜ?」
口の中から何かが溢れ……両手を赤く濡らす。そして今更ながら気づく……黒仮面の奥にいるおびただしい数の無残な死体達に。
腹の半ばに突き立つ黒い大剣は、無造作に引き抜かれ私はそのまま前のめりに倒れた。激痛で壊れそうな頭に響くのは耳障りな子供達の高い声である。
「あ~ぁ、あっという間に終わっちまったじゃん。コイツのせいで……つまんね~の」
「……油断するな、何匹か逃がしたんだ。じきに誰かやってくるだろ……もっとまともな軍隊か、それこそ冒険者とかいう連中とかがな」
「じゃあ、丁度よかったじゃん、街まで行く手間が省けたってことだ。《継承者》とかいう奴に向けて……いい撒き餌になったっしょ」
無邪気な子供の声は、違和感だらけだったが……それよりも。
(なんだこれは……なぜ……。……神など、おらんではないか……あんなに、金を……寄進して、こんな事態に備えたのに! 迎えが来ぬ……どうして!?)
私は信じていた……せめて死ぬときには我々のような高潔な魂の持ち主は天に招かれるのだと。しかしいつまで経っても視界は暗いままで光の柱は降りてこない。
(これでは……まるで、地獄)
今わの際の凍えるような寒さの中で手にした私の冥途への土産は結局、神の存在などまやかしなのだというくだらない結論だけでなのであった……。
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