火急の事態
「――おとさ~ん、きらきらかして?」
ここはダークエルフ邸の自室。扉を開けて顔を見せたのはネリュだ。
「いいけど、壊さないようにしてね?」
「うん!」
ネリュの言うきらきらとは、ドガンス氏やラクアからもらった要素結晶のことである。
彼女は早速、鼻歌まじりにそれを床にならべるとかちゃかちゃ積み上げたり、ころころ転がしたりして遊びはじめた。宝石みたいで綺麗だから、見ているだけでも楽しいんだろうな。
要素結晶は、魔導回路板にはめたりしないかぎり魔法は発動しないから、彼女の遊び道具にしても心配はないんだけれど……それとは別で、ネリュに関しては少し気になることが多い。
彼女は魔力がとても多いのだ。
通常、魔力はスキルが発現してからその成長と共に増加していく傾向にあるのに……ネリュの魔力は現在でも一般的な冒険者と比べてもひけを取らないくらいだ。
やっぱり、あの左目が関係しているのだろうか……?
あまり極端に高い魔力を持った状態でスキルが発現すると、コントロールできずに自分を傷つけてしまう恐れもあるから、しっかり見守っていてあげないと。
風魔法だったら僕が教えてあげられるんだけどな……お揃いにならないかな。そんな淡い期待を抱きながら眺めていると、彼女が眼帯を取って目をこすりだす。
「む~……」
僕は不審に思って彼女の目を覆い、止めさせる。
「どうしたの……虫に差されたりした?」
「わかんない。なんかね、ときどき、むゆむゆするの~……」
「どれどれ」
僕は黒髪をかきわけて彼女の左目を覗き込んだ。
黒い外側部分も、白い中心部分も特に異常が見られないように思うんだけど、素人判断は良くない。
「メリュエルに見てもらおっか。おいで、ネリュ」
「あい」
彼女を抱え、邸内を歩いていると、リゼの姿を見かけたので聞いてみる。
「あ、リゼ……。あのさ、メリュエル見なかった?」
「む……フィル。……ネリュちゃんがどうかしたんですか?」
彼女は少し不機嫌そうな様子で僕を見たが、抱えたネリュの表情が暗かったので、心配して頭を撫でる。
「ちょっと、時々左目がかゆいんだってさ。心配になっちゃって」
「そうですか。腫れてるなら氷でも当ててみると良いかも知れませんけど……メリュエルさんなら多分、礼拝から帰って来て自室にいると思いますよ?」
「訪ねてみるよ、ありがとう」
「いえいえ……む、まだ私は許してないですからね……」
笑顔になったのは一瞬で、リゼはまた、眉をつりあげてその場を去っていった。
「リゼおねえちゃんとけんかしたの?」
「……いや、まあちょっとね。大人には色々あるんだ……」
「ふ~ん……?」
疑問符を浮かべるネリュに当たりさわりのない言葉で返しながら、僕はメリュエルの部屋を訪ねる。
数度のノックの後、静かに扉は開いた。
「メリュエル、突然ごめん……少しこの子の目を見てもらえないかな? なんか、かゆいらしくて……」
「ふむ……? ではこちらへ」
ネルアス神教の白いローブを脱いでいて、簡素なワンピース姿の彼女は僕らを自室へと招くと手を洗ってきた。
ネリュを小さな椅子に座らせ、片目を覗きこむ。
「痛みはないのですね? 変なものが見えていたりはしませんか?」
「ううん……かゆいだけ」
「瞼周りや裏も腫れていたりする様子はないですし、病気や怪我のたぐいではないと思うのですが……念のために目薬をさしておきましょう。少しじっとしてなさいね」
「はい……ぁぅ」
ネリュのどんぐりまなこに一滴ぽたりと薬が垂らされ……彼女はその刺激に目をぱちくりさせる。
「しばらくはそれで様子を見て下さい。外傷ではないので治癒魔法も効果はありませんから……」
「ありがとう、安心したよ」
メリュエルが薬を渡してくれたので僕は礼を言う。
そしてネリュも彼女に抱きつく。
「メリュおねーちゃん、ありがとー!」
「ふふ、えらいですね……お菓子をあげましょうか」
前回の旅で懐いたネリュにメリュエルは優しい表情を見せると……戸棚から飴玉をいくつか出し、ネリュの手ににぎらせる。
僕はふと、これから予定があったことを思いだした。本当はアサに頼むつもりだったんだけどこの様子だったらいいかな。
「……メリュエル、今日これから時間は空いてる?」
「……何かあるのですか?」
「実は今日、フェルマー伯爵のところに伺わないといけないんだ。その間ネリュの様子を見ていてくれると助かるんだけど。君なら安心だし……」
「別に構いませんけれど。ネリュ、あなたは私でいいのですか?」
メリュエルがネリュに尋ねると、彼女はうれしそうにうなずく。
「メリュおねーちゃん、やさしいからすき」
「……そんなことはないのですが、まぁいいでしょう。私が面倒を見ていますので行っておいでなさい」
「色々ごめんね……。メリュエルはなんでもできるから、つい頼りにしちゃうなぁ」
僕の言葉にメリュエルはすごく微妙な表情で額に手を当てる。
「はぁ、フィルシュ……あなたはそろそろ無自覚に人に好意を向けるのを少し控えた方がいい。そうでないと、トラブルの種が増えてしまいますよ? 先日リゼを怒らせたばかりでしょう?」
「え? どういうこと?」
変なことは言ってないと思うんだけど……首をかしげた僕にメリュエルは苦笑すると、ネリュの手を引いて扉に手をかけた。
「もう……後は自分で考えなさい。それではネリュ、お散歩にでも行きましょうか」
「うん! おとさん、いってくる!」
「いってらっしゃい、気を付けてね……」
う~ん……困ったな。何が気に入らなかったんだろう。
僕は彼女達が去って行った後も、部屋でしばらく頭をひねっていた……。
◆
その日の午後、僕はクラウゼンさんや町長さんと共にフェルマー伯爵の居城を訪問し……同じように呼ばれていた近隣の有力者たちに混じって、話を聞いていた。
「正式に私がコーンヒル伯爵の治めていた所領を引き継いでいくことが決まった。諸君にもこれよりおおいに協力を仰ぎたい。すでに幾人かあちら側に移って仕事を始めてもらっている者達もいるが、なにか問題は出ていないか?」
「やはり、コーンヒル伯爵の悪政のせいで人口流出がはげしい……。様々な経済的支援を行っていく予定ですが、現状他の街に移住した民達も帰還をためらっている状況です。なにかよい地域振興策があればいいのですが……」
発言したのは伯爵の配下の一人。レキドの北にあるサングリスという町の町長を新しく任せられることになったオイエン男爵だ。貴族よりは軍人のような風体の、左頬に刀傷を負った強そうな中年の男性。
「まずはあの課税方法をあらためるところからだな。あれでは民が安心して暮らせん……。新しく事業を始めるものを優遇、移住してきた者の課税は一定期間免除と告知し、人をどんどん呼び込んで行け。既存の住民との軋轢も生じるだろうがうまくやってくれ」
「わかりました……治安の悪化も見過ごせませんので、幾らか兵を送っていただきたい」
そんな少し難しめの話が続くと、僕は自分達の町のことで一杯一杯なのでちょっとついていけない……。
「幸い、今クロウィの街が大きく発展し、財政は潤っている。移住希望者も殺到しているし、今期以降はかなりの税収が見込めそうで、他の街へ支援する余裕もあるだろう。新しい区域の建設状況はどうだ?」
「は、はい! すこぶる順調であります……隣町のギルドマスターのお力もあり、建設も八割方終了しました。今月末からは入居者を呼び込める状態になるかと思われます」
応えるのはモーリス町長だ。この人も新たに貴族位を国から賜って、モーリス・ツェン・ベルガー男爵となったらしい。
ベルガー男爵と呼び変えたら、恐縮してこれまで通りに呼んでくれと言われてしまったけれど……ちょっとややこしいよね。
「それは何よりだ……新体制の統治が成功するかはクロウィの発展にかかっているといっても過言ではない。冒険者ギルドを束ねる二人も、よろしく頼む」
「期待しておりますからな!!」
「我らがフェルマー伯爵領の未来はあなた方にかかっている……。何かあれば言ってくだされ、協力は惜しみませんぞ!」
わっと拍手が上がり、僕らは頭を掻いて謙遜する。
「では、各々方職務へと励み、より一層この領地を豊かに――む……」
伯爵が眉を寄せた理由はすぐに分かった。
騒々しい物音が外から近づいて来る……。
バタバタバタ――ダァンッ!
分厚い扉が体当たりをされたように開けはなたれ、一人のボロボロになった兵士が崩れおちるようにして伯爵の前にひざまずく。
「――どうした! なにがあったのか話せ!」
素早く頭を切り替えた伯爵に、兵士は荒い息を吐きながら状況を説明する。
「――か、火急の要件にてッ……お許し、下さい……。コ、コーンヒルの城がッ、何者かに襲撃され……城内で応戦してはいますが、このままでは……ぜん、め……つ……っ」
夥しい傷を負った兵士は白目をむいてその場で倒れ伏す……僕は駆け寄って息を確かめ、治癒魔法をほどこした。
命は大丈夫だろうと思うけど……元コーンヒル伯爵城で一体、何が起こってるんだ……?
周囲の貴族たちがどよめく中、フェルマー伯爵は迅速に指示をくだす。
「すまないが皆、会議は解散とさせてもらう。直ちに兵を動かし、コーンヒル城へ向かうぞ!」
「「おう!!」」
伯爵の号令に直属の部下達が兵を集める為に出てゆき、他の有力者たちも自らが任された区域の安全確認の為に城を出てゆく。
「クラウゼンさん……」
「ええ……。フェルマー伯爵、我らが先行して様子を見てまいりましょう……彼の魔法なら馬の足よりもよほど速い」
「すまない、頼めるか。……あそこには私の配下の者も大勢留まっている。状態が気がかりだ……」
フェルマー伯爵は兵士を一瞥して唇をかみしめた。
「出来る限りのことはします……ではフィルシュ君、行きましょうか」
「ええ……すいません、失礼します!」
それに僕らは大きくうなずき、出口ではなく部屋の外側に面した窓を開け放ち、飛び出す。
「お二人とも……!? おおっ……」
モーリス町長の驚く声が後ろへと流れてゆく。
クラウゼンさんが重力を緩和してくれてふわりと着地すると……僕らは支援魔法の光を纏い、元コーンヒル伯爵城に向かって一気にその場を駆け出した。
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