◇アイツのいない日々(シュミレ視点)
……はむ。
フォークに差したハンバーグの欠片を口に放り込み、アタシは眉を寄せる。
「……う~ん、なんか一味足りないのよねぇ」
「ぶ~……文句言うなら自分で作りなよ……」
「あっちらだって頑張ったんですよぅ?」
「そうですよ? シュミレさん……二人に悪いですよ」
「あ~ごめんごめん。そーゆう訳じゃない……訳じゃないんだけどさ」
全員から非難の視線を浴びるのも無理はない。
ポポ、レポが作ったこの食事もそこらの飲食店と遜色ないレベルのものだし……アサのものと比べると劣るかも知れないが、充分美味しいのはわかっている。
つまり……問題はそこではなく、アタシの憂鬱の原因は他にあるのだ。
「はぁ~……アイツがいないとアタシ、やる気でないわ」
ここ数日、食卓にフィルの姿が見えないという、ただそれだけのこと。
たったそれだけでアタシのテンションは激しく落ち込んでいる。
「はぁぁ~……」
「何度もそんなため息つかないで下さいよ。今日もギルドのお仕事があるんですから、フィルの代わりにちゃんとやらないと、愛想をつかされても知りませんよ?」
「アイツはどうせそんなことしないもん……はぁぁぁぁ~」
びたっと食卓に貼りついたままのアタシを余所に、リゼはテキパキと片付けを始める。
「朝食の後片付けを手伝ったら、私達はギルドに行きますから……ポポ達は屋敷周りの手伝いをお願いしますね」
「はいよ! でもフィルたちが帰って来たら、あたしらしばらくなんもしないぞ……」
「アサの大変さが身に沁みましたぁ……あの人は女神ですぅ」
ポポ、レポは家事疲れでくたくただが、なんとか立ち上がりのろのろと動き始める。
あのコンビ、意外と生活力あるのよね……なんだかんだで屋敷の皆をアサの代わりにちゃんとまとめているあたり、意外としっかりしている。
アタシは剣しか振れないし、料理なんてもってのほかだ……作ろうとしたら炭が出来るし、塩と砂糖の違いも良く分かんないし。
それはいいんだけど、リゼなんてもっとひどいんだよ……あれは料理ではなく召喚術だと思う。目玉焼きが異界の暗黒物質と成り果てちゃうんだから、もう誰も彼女にフライパンを握らせようとはしない。
愛があってもあれは食べられないと思うんだ……フィル、その時は死なないでね。
まぁ別にアタシ達が料理できなくてもいいんだもん。
フィルは実は料理上手だから、アサがいなかったらアイツに作ってもらえばいい。《黒の大鷲》の時も良く食事を作ってくれてたんだから。
「ほらシュミレさん、お皿洗い位は出来るでしょう? 働いて下さい! 他の人にも怒られますよ!」
「はいはい……わーったから引っ張らないでよぉ……」
ぼんやり妄想しているとリゼの雷が落ち……やむなくアタシは立ち上がる。
「さあ、それじゃ今日も一日頑張りますよ!」
「あ~い」「ですぅ」「ふわぁ~い……」
元気なのはリゼだけで、それぞれの口からは魂の抜けたようなやる気の無い返事があがった。
◆
扉を開けると――クロウィ冒険者ギルドは今日も賑わいを見せていた。
受付にも列が並んでいるし、室内のいたる所で混雑が発生している。
アタシは隣のリゼに話しかけた。
「そろそろ手狭なんじゃない? ここ……」
「町の人口に比例して冒険者も増えましたからね。こないだクラウゼンさんが話してましたけど、近々大きい建物に移転することになるかもしれないって言ってました。町自体の規模も拡張していくみたいですし……」
「それもアイツのおかげなのよね……大分変わったなぁ」
アタシが知ってる限りじゃ、アイツはこんな大勢の人をまとめるタイプじゃなかったけど……今やこのギルドのほとんどの冒険者は、フィルの実力を認めている。
あの生意気な何とか一家のトゲ……なんちゃらが、フィルがいかにすごいかを喧伝してまわったせいもあるけど、どうもそれだけでもないようすなのだ。
《風の俊英》、とか呼ばれ始めてるらしいし……少しずつ、この領地の外にも名前が広まっていってる……本当に、アイツの足をアタシらが引っ張ってたんだって実感するばっかりよ。
「おい、聞いたか、あの《ハブラ族の古代神殿》の話……ダンジョンの地形が崩壊してえれえことになったらしい。立ち入り禁止だってよ」
「ってか誰が入ったんだよ、あんなSランクのダンジョン。通行止めにしなくても誰も入りゃしねえよ……どこぞの馬鹿か勇者様以外」
は~い、どこぞの馬鹿で~す。
冒険者達の噂話につい心の中で反応してしまうアタシ。
ま、彼らの気持ちも分からなくもない……死んでしまったらなんにもならない。
大体の冒険者は、Bランク位で壁にぶち当たる……それはダンジョンを攻略できるか、自分を死地に追い込めるかと言う所にかかっていると思う。それかよっぽど突き抜けた実力があるかね。
力があっても、CランクDランクのダンジョンで躓いてしまう人は意外と多い。
狭い空間で、トラップや魔物の出現におびえながら、一進一退の探索を繰り返す。
擦りへる精神と体力を保ちながら、どうにか奥の宝部屋にたどり着けても、帰りもまた同じ道を通れるとは限らない……綿密な準備を怠らず、あらゆる状況に対応できるものだけが生き残れる世界。
その現実が見え始めるBランクから上に上がれるものは、全冒険者の一割、いや、その半分にも満たないだろう。多くの者はそこで挑戦をあきらめ、引退するかギルド周辺でこなせる安全な依頼だけを受注するようになり、歩みを止める。
なにが言いたいかと言うと、アタシら……特にフィルは凄いんだよって話ね。リゼに話を聞いたけど、他の助けがあったとはいえあの子達を連れて無事《死地》の一つを踏破した事実は間違いなくアイツが現状最高クラスの冒険者だということを示しているのだ。
そして今は、世界の危機を救うべく魔人との戦いなんてものに巻き込まれちゃってるらしいし……なんでなのよ全く。
「シュミレさん? 立ったままぼうっとしてどうしたんですか? 前進んでますよ」
「なんでもないわよ~……」
そして、アタシらがアイツを追い出した後、彼とずっと一緒に行動していたのがリゼだ。
普通なら二の足を踏むところを、この勇気ある少女はフィルの力になり続けた。
もふもふの金色耳と尻尾が見た目可愛い……かなり可愛いこの亜人の女の子も、フィルに命を救われたと聞く。
それを聞いてアタシの心に生まれたのはやはり嫉妬心である。
(アイツはさ、なんでそう女の子ばっか助けちゃうわけ?)
アタシもある意味その口であるから強くは言えないが、やはり思う所はあるのである。
ポポとレポは……微妙な所だけど、ヨルとアサなんてアイツを主様とか言って慕っちゃってるしさ。メリュエルも……ちょっと油断できない気がする。ラグはまあ、男だから多分大丈夫だろうけど……。
ようするに、アタシはフィルの特別でいたかったんだけど……この調子ではちょっと無理がある気がする。大ボスもここにいるしね……。
「……? どうかしました?」
ジトっとした目で睨むアタシにリゼが首をかしげる。その仕草が非常に可愛くて余計にイラっとした。
「……負けないかんね」
「はぁ……?」
そんなやり取りの内に列は前に進み、やっとで受付の前に出る。
「あ、お二人ともおはようございます~」
対応をしてくれたこの子はシャーリー・リンストック。このギルドの受付嬢を務めているけど……この子もフィルとたまに仲良くお昼を食べていたりするので、意外と油断ならない。
豊かな茶髪を後ろでバレッタでまとめている、いつも目を細めて笑顔の癒し系の女性だけど、フィルより少し年齢は上だったはずだ。アタシは大体同い年で、リゼは二つ程下だって聞いたけど……フィルは年上と年下、どっちが好みなんだろ……ん~。
「……あの~、私何かしましたっけ?」
「シュミレさん?」
「ごめん、何でもない……忘れて」
ついまじまじと座った目で見てしまったことをアタシは詫びた。
でも、大の男でさえビビるアタシの視線を笑顔で受けるとは……なかなかやるわね、この子。
シャーリーは気を悪くした様子もなく、何かを思い出したように手を合わせた。
「あっ、そうです! こちら副マス当てにお手紙が来てまして……戻られたら渡していただけますか?」
シャーリーがリゼに差し出したのは、可愛らしい一通の封筒である……ちょっと待った、これって!
「シュ、シュミレさん、なにするんですか!? ダーメーでーすっ!」
手紙を奪おうとしたアタシに反応し、リゼが素早く身をひるがえす。
こんなとこで朝練の成果を見せなくてもいいってのに!
「貸してよ! これどう見ても女からでしょ!? どこのヤツなの!?」
「ああ……シュミレさんは知らないんでしたっけ。王都にリタっていう宮廷魔法士の女の子がいて……もしかしたらアルティリエさんの手紙も一緒に入っているかも……」
「二人も!? アイツどういう生活してたわけ!? ちょっと、渡しなさい!」
「絶対ダメ!! 人の手紙を盗み見るなんて許されないですよ!」
わかってるわよ……! でも気になるじゃない。絶対その子、フィルのこと好きなんでしょ!?
アイツぅ……アタシらと離れた後、何かに憑りつかれたんじゃないでしょうね!?
女の子ばーっかり集めて……!
「ああもう、なんかイライラして来た……適当に仕事寄こして。体動かして来る」
「ギルドの仕事をストレス発散の為に利用しないでほしいんですけど……。リ、リゼリィさぁん……いいんですか?」
「……少し気持ちはわかりますので、付き合ってきます。後で戻りますから、クラウゼンさんによろしくです」
リゼは苦笑いの後、いくつかの依頼を選択して、シャーリーから紙束を受け取る。
(フィルの奴め……帰って来たら、王都で何して来たのか洗いざらい話させて……その後――久々にボコボコにしてやる! 噛んでやる! フーッ、フーッ!)
アイツに悪いことをしたとは思ってるけど、これは別ッ!
髪の毛が逆立たつようなイライラと、胸のモヤモヤを吹き飛ばすため……アタシはリゼを連れてうっとうしい人混みをかきわけ始めた。
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