隠していた気持ち
――ラグは恥ずかしさを懸命に押し殺し、赤い顔で真剣にこちらを見つめている。
僕は頭が混乱し、額に手をあてる。
「いやいや……ちょっと待って。どうしてさ……どうして僕なの。あんなに魅力的な子達がまわりにいるじゃないか……」
好きとか、好きじゃないとか以前の問題。
思考がついていかない僕は、とりあえず頭を落ち着かせようと、時間稼ぎを試みた。
だがラグは、それを許しはせずまっすぐに言葉をぶつけてくる。
「あなたはご自分のことをなにもわかってない! あそこに皆の居場所を作ってくれたのはあなたなんですよ!? 過小評価もいい所です……! どうせご存じでないのでしょう……あの屋敷の者達が皆、兄様に声をかけていただくのをどれだけ毎日楽しみにしているのか。忙しい中をけずり皆に見せてくれるあなたの笑顔が、どれほど我々に安らぎを与えてくれているか」
「そ、そんな……つもりじゃないんだよ。……僕はただ、皆といると楽しいから自然と笑顔になっちゃうだけで」
確かに、あそこに皆を集めたのは僕だけれど……それは僕だけの力じゃなくて、色々助けてくれる人がいたことで実現できたことだ。
「僕だって、皆に助けられてる。君達がいてくれるからやっていけてるんだよ。何も特別じゃない、あそこで暮らす仲間の一人じゃないか」
「いいえ……違います、少なくともボクや姉様達にとっては……あなたでなければ嫌なんです!」
だが、ラグは迷いなく言いきり、ゆっくりと距離を詰め、僕の腕をつかんだ。
「ボク達を助けた時、あなたは何の見返りも求めなかった。それだけではなく……こんな人とは違う姿の僕達を何一つ疑わず、自分達と同じだと信じて受け入れてくれた。それが、どれだけボク達の心に響いたか……人であるあなたにはわからないでしょう? だからボクは……一生この人に――あなたに付いていきたいと思ったのです」
ラグが、そっと僕の胸に額を当ててつぶやく。
「竜人の寿命は長いから……いずれは時の流れに分かたれることは決まっている。でも、たとえそうだとしても、あなたのそばにずっといたいんです。あなたの隣でなくてもいい……あなたがなにかを返してくれなくても構わない。でもそばであなたを支えて、同じ道の上を共に進んでゆきたい……だから――」
「ラグ……」
どうしたらいいのかわからないまま僕がその細い肩に手をそえると、ラグは息を整え、決意のこもった顔を上げ、大きな声で言った!
「どうか兄様……ボクを、女にして下さい!」
「その発言は誤解を招くからやめてくれる!?」
いやぁ、確かに直接的に言えばそういうことなんでしょうけども。
僕は再度頭を抱えた。
水精王様の視線が痛い……というか妙にそわそわしながら注目している。
(ここからどうなるのです……。早く先を見せなさい……!)
どうやら興味津々のようでぼそぼそと小声が聴こえてくる……完全に心の声が漏れてますが。精霊たちの王様の一人なのに、らしくないというか、俗っぽいというか……。
って、ダメダメ……現実逃避してないでどうにかラグとちゃんと向きあわないと。こんなに不安そうに見つめてるのに……。
しかし本当にラグは華奢で、最初に女の子だと言われたら疑わず素直に受け入れていただろう。今の状態では性別が無いから、おかしいことではないけど……。
でもやはり、ここまで言われても一度認識してしまった関係を崩すまでにはいたらない。僕はまだラグの気持ちに対して今一歩踏みだせずにいる。
「あのさ、ラグ……君は、僕に檻から出してもらったせいで勘違いしてるんだよきっと。僕はそんなに立派な人間じゃ無くて……時には悪いことだってする普通の人間だから。君を助けたのだって、たまたまなんだ。……君を思ってのことじゃない。そんなのに恩義に感じて僕に忠誠を立てないでも……」
「そんなんじゃないっていってるじゃないですか、このわからずや!」
そんな僕の服の胸をつかんぐっと顔を近づけてくるラグ。
「そんなことだけで、少し会えないと気持ちが沈んだり、始終あなたのことを考えて……上の空で仕事が覚束なくなったりしませんよ! あなたが……初めてなんです、こんな感情を覚えたのは! ずるいですよ……あなたは」
その表情はとても苦しそうで……。
「ボクも最初は戸惑いました。《精霊の祝福》があらわれた時から、将来族長のように村を守る強い男にならなければと思っていたんですから。でも、あなたに会って一緒に暮らすうちに本当にそんなこと、どうでも良くなってしまった。わかっています……兄様には姉様達がいるから、ボクのこんな気持ちなんて迷惑だって。本当は知られたくなかった、隠しておけるならその方が良かったんです……」
「……違うよ、それは……。悪いのは鈍感な僕の方だ」
「兄様……」
僕はラグを軽く抱きしめる。
兄と呼んでくれる可愛い弟が出来たなんて、無邪気に喜んでいたのは僕だけだったんだ。そばにいて笑っている時も……きっと色々な気持ちをもてあましていたはずなのに、それに気づかないで。やっぱり僕は、ひどい奴だ……手放しでほめてもらえるようなそんな人間じゃない。
でも僕が彼自身をどう思っているのかは……伝えることができる。
今僕が出来るのはそれだけだと思う。
「ラグ、聞いて。君のことは大好きだよ。でもそれは恋愛感情じゃない。試練だからって、嘘はつけないんだ。ごめん……そんな僕の為に君が性別を決めてしまうなんて。まだ魔人王が目覚めるには時間があるんでしょ……。それまでは僕が皆を守るから、君はちゃんと大事な人を自分の意志で探して欲しい……」
僕の否定の言葉にラグの肩は震えたが、それでも彼は諦めるどころか、さらに意思をみなぎらせた目で睨みつけ……僕の顔を両手でつかんだ。
「いい加減にして下さいッ! 一体どう伝えたら分かってくれるんですか!? そんなに強いのに、あなたはいつも頼りない位に優しくて、一緒にいると幸せな気分になって……。でも今のこんなのボクじゃ、自信を持ってあなたを愛せないから……。だからボクはあなたにこの身体を変えて欲しいって、そう言ってるんです! あなたじゃないとダメなんですっ!」
そのまま語気を強めラグは、にじむ涙を拭いながら必死に言いつのる。
「ボクがそんなに嫌いですか……!? そうでないなら、試練にかこつけたってかまわないじゃないですか……。もし、少しでもあなたの中にボクを受け入れてくれる気持ちがあるなら、お願いだからボクをあなたのモノだと認めてよっ! こんなにあなたのことばっかりで頭が一杯なのに他の人のことなんて……。ボクはもう、あなたじゃなきゃ愛せないよ……」
――ドサッ……。
僕は膝から力が抜けて、尻餅を着いてしまう。
「あ、兄様!?」
腹にズンと衝撃を受けたような気持ちになったんだ……人の気持ちが、こんなに重いなんて……。
(意気地なしだ、僕は……。ダメだよな、これじゃ……)
僕達は、この先《契約者》として、強大な魔人と戦って行かなければならない。そんな中でこの子ははっきりとした自分の意思で僕のことを選んでくれた……。
そして、今この子のことを理解して一番近くでいてあげられるのはきっと、同じ立場である僕だけだ……弟だと思ってたとか、他の人と幸せになって欲しいとか言い訳してちゃダメなんだ。
「兄様……? わっ……!」
倒れた僕の前にしゃがみこみ、見守るラグの細い体を僕は引き寄せる……。
君が出してくれた勇気に比べたらなんてことないけど……。
「ありがとう……ラグ」
今からすることを察したラグの瞳が閉じられ、僕はその唇へそっと口づけをした……ちゃんと行動で応えるべきだと感じたから。
「んっ……」
彼女は拒まずにそれを受け入れ、僕らは少しの間そのままで過ごす。唇を離すと、ラグのイメージにピッタリな淡く清冽な青い光が、その体を包みこむ。
やがてそれは収まり……ラグはぼんやりとした瞳で僕を見上げた。
「あ……あの、ボクの姿、変わっていますか?」
「ううん、そうは見えないけど」
「そう……ですか。でも……えへへ」
まだ変化があった様子はないけれど、でもラグはどこか嬉しそうにはにかむ。
「――これから、数か月を経てお主の体は徐々に変わってゆくでしょう」
「うひゃぁっ!!」
それまで後ろで気配を消していた水精王様の声が響き、ラグが驚き飛び上がる。
そういえばいたんでしたね、水精王様。
彼女はなんとなく満足したような感じで息を吐きだし、これからのことを話しはじめた。
「その間、私は彼女を精霊界……こことは違う世界に連れ出し、力の使い方を教えます。私と同化する方法もね。ではすぐに旅立ちますよ」
「も、もう!? 早すぎませんか!? 少し位余韻にひたらせてくれても……せっかく兄様がボクのことを認めてくれたのに!」
水球からフワリ浮かんだまま出て来る水精王様。
性急な言葉にラグは抗議するが、王様は聞く気が無いようだった。
「なりません、世界の危機は迫っているのですよ……! 力を使いこなし、霊具をさずけられるようになるには、最短でも二月程はかかるのですから……別れの思い出ができただけありがたいと思いなさい!」
水精王様は、もと眠っていた球体の中に尻尾の先を入れ、ぐるぐるとかき混ぜる。そうすると、内部の色が変わり、球体は大きく広がった。
ぼやけた虹色が渦を巻いて、じっと見ていると頭をやられそうだ。
「この中へ入るのです……さすれば、精霊界にたどりつくことができる。さあ、行きますよっ!」
水精王様の尻尾がいきなりシュッと伸び、ラグの首に巻きつくと彼女を引き寄せる。
「うっ……ちょ、もうちょっとだけ、せめてもう一回だけキスを……っ!」
「それはもう見たので良いのです! そしてこれからは地獄の修業の始まりです、覚悟しなさい!」
「兄様ぁっ……こんな別れ方って! ……そうだ、これを!」
めちゃめちゃ自分勝手な水精王様にずりずりと引きずられてゆくラグが伸ばした腕から、何か小さな物が僕に向かって投げ渡される。
――チャリッ。
手の中に収まったそれはこの祠の鍵だった。
「ボク達が入った後、誰にも見つからぬよう閉じておいて下さいっ……! ああもう、この……兄様ぁ、ラグはっ、離れても兄様の事をお慕いしていますからねーっ! 必ず兄様を守れるよう強くなって帰って来ますから!」
「うん……気を付けてね!」
「未練がましいっ! とっとと入りなさい!」
ラグは抵抗しながら何度も僕の方を振り返った後、水精王ごと水球の中へ吸い込まれてその姿を消してしまった。そして穴は閉じ、最後に残ったのは取り残された僕だけだ。
「はーぁ……もう。なんだよそれ、くくっ……」
しまらない終わり方……。
その後僕は緊張の糸が切れたせいか、なんだかおかしくなって一人でしゃがみこみ大笑いしてしまった。
しっかり者で頑張り屋のラグのことだから……きっと期待を上回る成長をとげて帰って来てくれることだろう。
……その時を楽しみにして。
(またね……ラグ)
僕は息を吐き出し、誰もいない空間に手を振って……一人で階段を上がり始めた。
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