まどろみの中で
竜人族のもてなしを受け、魚料理中心の宴を堪能した僕。
族長もお酒を進めてはきたが、僕は一滴も飲もうとはせず、彼も無理にはすすめなかった。
良かった……亜人の村に行くと必ずお酒を飲んで暴走するというジンクスが出来てしまいそうで怖かったんだよね。
窮地を乗り越えたことを内心喜んでいた僕だが、それとはまた違うちょっとした問題が別で起きていた。
「うゅ~……」
「ほら、ラグ、大丈夫?」
「あにさま……ごめんなひゃい。ひくっ……」
こちらは僕達一行に二つ貸し与えられた部屋の内、男性用の方である。
帰還したラグが予想外の歓迎を受け、どうも飲み過ぎてしまったらしい。
真っ赤な顔で僕に抱えられながらやってきた彼を、敷かれた布団の上におろす。
「えぅ……ぼくとしたことが、ふかくなのれす。あのていどのさけでよってしまうなんてぇ~……」
「次からはもう少し控えようね」
秘酒《竜の滝》を僕は飲まなかったけれど、匂いだけ嗅いだところハーブ系の香りが特徴的な、綺麗な透明のお酒だった。例によって酒精は結構きついようで、お酒に強いヨルとアサには中々好評だったみたい。メリュエルもちびちび飲んでいた様だ。
そんな強い酒をしこたま飲んだラグは座ったまま頭をかくかくと揺らしている……眠いのを我慢している子供のようだ。僕は彼を寝かそうと室内のランプを消し、隣に座る。
「う~……あにさま?」
「ほら、もう寝た方がいいよ」
僕がラグの背中をさすってやると、彼はぼんやりとこっちを見上げた。
目の焦点がどうもあっていない気がする。
「あにさまがちかい……これはゆめなのでしょうか?」
「違うからね。さぁもう横になって」
「ぜいたくなゆめなのです……せっかくなのであにさまをひとりじめしたいです……」
「あ、ちょっと! も~、仕方ないな……」
彼はそういうと僕のお腹に顔をこすりつけ、そして幸せそうな顔で抱きついてゴロンと横になる。なんか子犬みたいで庇護欲をそそる姿だ。
「しあわせです……」
どうやらラグは酔うと甘えたくなる性質らしい……普段のきりっとした彼と大分ギャップがあってちょっと面白い。そのまままとわりついてくるラグの綺麗な髪を僕は撫でてあげる。
(可愛いなぁ。もし僕に普通の弟がいたら、こんな感じだったのかな……?)
他の人に見られると誤解されそうな姿だけど、まぁ……いいか。ここには僕らだけなんだし。
里から一人で旅を続けて、僕らと出会うまでずっと一人だった彼だから、さびしかったのも無理はないと思うし……疲れていて引きはがすも正直面倒だった。
(男同士だから別に問題ないよね……)
穏やかに寝息を立て始める彼を見ていると僕も眠くなってきて、彼の抱き枕に甘んじながらぼんやりと天井を見上げる。
月明りに静かに響く虫の声音は心地よく耳を揺らし、眠りの中へ誘っていく。
「ふわぁ……。おやすみ……ラグ」
その言葉を最後に、手放した意識の端っこで耳に届いたのは……吐息と共に吐き出されたうわごと。
「あにさま……ぼく……すき、です」
(ん……。なん……て)
だが、その頃にはもう僕の意識はまどろみの中に落ち込んでおり、その言葉は結局記憶に残ることはなかった。
◆
そして翌日。
僕が起きるなり、そばで正座していたラグが地面をこするように頭を下げる。
「ああ、兄様ッ! 昨晩は申し訳ございませんでしたッ!!」
「ふぁぁ……昨日のこと? 別に気にしなくていいよ」
「部屋に連れて来ていただいたことまでは覚えているのですが、その後があやふやで……。起きたら、兄様の、お体に……しがみついていて! あ、あのなにか失礼をはたらいたり、暴言を吐いたりしませんでしたかッ!? ボクはなんてことを……あぁぁぁぁ!」
「いや別に……そんなに気にしないでよ。僕にとって君は可愛い弟みたいなもんなんだから。あの位のことで何とも思わないよ」
「可愛い……弟ですか。ですよね……」
頭を抱えて髪を振りみだしたラグを僕が取りなすと、彼はなんとも言えない表情で顔を俯ける……。ああ、気を付けていたのについ言っちゃったよ……男の子に可愛いは無いよね。
「はぁ……あの、族長がお目覚めになられたら、昨晩の広間に集まって欲しいと」
「うん、分かった。身支度をしたらすぐに行くよ」
「はい……」
ああ、やっぱりすごく落ち込んでる……ラグは僕が声をかける間もなく、肩を落として出ていってしまった。そこまで気を落とさないでも……。
――それからしばらくして。
集まった僕達を目の前にして、ディーグル族長は昨日の話の続きを始めた。
「昨日世話になったばかりで済まないが、あなた達に頼みがある……。どうかラグを連れ……ある場所に向かって欲しいのだ。我々はそこを水神様の祠と呼んでいる……」
「族長……では、私が?」
「ああ……年若いお前に、一族、いや……世界の命運をゆだねるのは酷かもしれぬ。だがこればかりは、《精霊の祝福》を宿すお前に任せるしかない。試練に打ち勝って水神様に認められ、祠にある霊具をその手におさめるのだ」
「……わかりました」
「あの、僕らは何をすれば……それに、霊具って?」
口を挟んだ僕の疑問には、メリュエルが答えてくれる。
「霊具とは古の《継承者》が精霊達の王から託されたとされる、四つの力ある宝物のこと……。私達もどのようなものであるか詳しくは聞き及んではいませんが、ひとたび使えば大地を砕き、津波を呼び寄せ、天災とみまがうような力を発揮する恐ろしい道具なのだと聞いています。そしてそれを操るには、大いなる試練に打ち勝たなければならないのだとか……」
「なるほど……僕らはそれを手伝えばいいんですか?」
族長は僕の言葉に少しお茶をにごすような言い方をする。
「ん……まあ、な。過酷というか、特殊な試練のようだが、あなた達の力を借りられれば見込みはある。どうか力を貸してもらいたい……」
「僕は異存はありませんが……皆の身に危険が及ぶようであれば……」
「いや、そういった類の試練では無いと聞いている。どうだろうか?」
さすがにこれは断れそうにない。話が大きくなってきて戸惑いしか無いけど、僕もあんな魔人達に自分の大切な人達が襲われたらと思うと、ぞっとするし。
皆で意思を確認し合い、僕は彼に向かってうなずいた。
「わかりました。協力します」
「恩に着る……。ではラグ、この方達と共に祠へ。必ずや霊具を手に入れ、世界を守ってくれ」
「……命に代えましても。では、皆さま……こちらへ」
彼は立ち上がると僕達をいざなう。
緊張しているのか、先程のことをまだ引きずっているのか、少し浮かない表情だ。
しかし、精霊の王達の試練だなんて……一体どんなものなんだろう?
物語の中の話みたいで、ちょっとドキドキしてくる……別に僕が受ける訳じゃないんだけどね。
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