◆《黒の大鷲》のその後②(ゼロン視点)
「くそがあああぁぁぁぁ! 一体どうなってんだよっ!」
俺は押し寄せる魔物相手に滝のように汗を流していた。
手の中にある黒い魔剣で魔物を切り飛ばすが、その数は一向に減らない。
「「ウウゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」」
《レッドマミー》。血染めの包帯を体に巻き付けたミイラの化け物たちが、途絶えることなく湧き出して来る。
「ゼロン、一旦退きますよ! 《ファイアウォール》!」
「ハァ……こいつら、斬っても斬っても湧いて来て流石にアタシもだるくなって来たわよ……!」
火魔導士リオの魔法によって、魔物の進行が遮られ、俺は岩陰に隠れた。
《纏炎》のユニークスキルの効果は燃焼時間の大幅な増加。火の壁を抜け出た敵も持続的な火炎でどんどん炭屑になって倒れてゆく。
だが今や、リオも女剣士シュミレも肩で息を吐いていた。
今、俺達は、《魔術師コーリンツの墓穴》と言うダンジョンの中盤辺りで、もう二時間ほども足止めを喰らっている。
とっくにダンジョンに侵入して半日は経っているが、攻略はまだ半分程度しか進んでいない。恐らくは最奥まで進んでも、今日中には帰って来られないだろう。
「ッおいメリュエル! お前の《ターンアンデッド》でまとめて地に返せ、そうすりゃ突っ切れるだろ!」
「冗談を言わないで下さい、百体以上もいるのですよ……どれだけ魔力を消費すると思っているのですか。帰りの余力をかなり残しておかないと、ダンジョン内で行き倒れる可能性が高くなるだけです……! 湧き出て来る元を断たないと」
冷静に状況を分析するメリュエルに、俺は黙らざるを得ない。
怒りを発散する為に剣を地面にたたきつけ、舞い上がった砂にシュミレが迷惑そうな顔を向ける。
「てめぇら、たるんでんじゃねぇのかよ! じゃなきゃ、あのクソがいなくなっただけでこんな事になるはずねェだろ! 前はすんなり中ボスの《ブラッドファラオ》にたどり着けたろが!」
《ブラッドファラオ》は存在する限り、この墓穴内の魔物を定期的に再生させ続ける。
そして厄介なのが、たどり着くのが困難なダンジョンの一番奥に存在することだ。
ゆえに雑魚は倒しても無駄……アイテムや魔石は落とすが、安全を最優先にするなら、入り口付近で粘るのが最も無難。
そして《魔術師コーリンツの墓穴》のいやらしい所は、奥に行けば行くほど魔物の落とす品が高品質になる。つまり必然的に奥に入らざるを得ないようになっていることだ。
現状発見されているダンジョンの中でも、最も多くの冒険者の命を飲み込んで来たと言われるこんな場所に再度俺達が挑んだのは、あいつ抜きでも俺達がこれまで以上にやれることを証明する為だったのに……それがどうしてこうなってやがる!
「……弁護する訳ではありませんが、前はフィルシュが全ての雑魚を引き付けていましたからね。風魔法でコントロールしてヘイトを稼ぎつつ、後ろに下がった隙を見て特攻しボスを最短で撃破しましたから……その方法を取るなら誰かが囮にならねば」
クソ火魔法使いが、他人事みたいに言いやがって……整った眉をゆがめるリオに俺はたまらず言い返す。
「じゃあてめえがやれよっ!」
「冗談はよして下さい……私は攻撃力特化の魔法師ですよ? フィルシュの《ヘイスト》も無い今、あんな量の魔物を引き付けては、数分後には魔力切れで肉塊にされていますよ」
「じゃぁシュミレ、お前が――」
「パ~ス。アタシは多対一あんま得意じゃないのわかってんでしょ。一対一専門のジャイアントキラーなんだよね。アイツの《スピードアップ》でもありゃ別だけど」
シュミレの《比例能力補正》は対象に定めた相手が強ければ強い程自分の能力も比例して上昇する。Aクラスまでのダンジョンでは、そのスキルだけで単独でボスを葬ったことも何度かある程だが、逆に通常の敵相手にはそこまで効果を発揮しない。
どいつもこいつもフィルシュフィルシュと……くそ、こいつらSランクパーティーの自負はねえのかよ……。
「もういい、俺がやる! てめぇ等はとっとと先に走ってボスを片付けろ!」
「……賛成しかねます。前回も四人がかりで《ブラッドファラオ》には十分以上かかっている……リオと同等の攻撃力を持つあなたがおらず、フィルシュの援護も無ければ倍以上の時間がかかっても不思議ではありません。彼の《マナ・ブリーズ》も無いのをお忘れですか?」
「ぐっ……」
悔しいが、メリュエルの言うことは正しい。確かにあの野郎が魔力の回復を促し、スキルの回転効率を上げる《マナ・ブリーズ》の魔法を覚えてから俺達のパーティの探索効率は大幅に向上した。
それがねえ今、俺の魔剣《闇の王》も数回連続使用しただけで、使い物にならなくなっちまう……。
俺のユニークスキル《連斬》は使用した魔力に応じ、斬撃の本数が増えるスキルで長期戦には適していない。剣技スキルだけでどれだけ持たせられるか……。
「そうだ……こういう時の為に《ブルーポーションL》を大量に買い込んであったんだろうが!」
俺はそれを思い出した。だが目の前の全員がそれを聞いてきょとんとする。
メリュエルがきつく俺をにらみつけた。
「誰がそれを持って来ているというのです? いつもはフィルシュがかかさず全員分のポーションや異常治療薬を揃えて背負って来てくれていたでしょう?」
「そーよ……皆最低限自分用の《ミックスポーションL》数本ぐらいしか持ってきてないわよ。後切り札のエリクサーとか。ってかろくに食糧すら用意してないんだけど……?」
シュミレの言う通りだ。《ミックスポーション》は体力と魔力を同時に回復できる優れものだが、当然値段はかなり高く、おいそれと使用できる品では無い。そして万能回復薬のエリクサーを使うなど以ての外だ……赤字が過ぎる。
「じゃあどうしろってんだ……まさか、このまま引き下がれとでもいうつもりか!?」
「そのまさかです……。手遅れにならない内に引き下がるべきですね……死体となってこんな墓穴でうろつくのは私は御免です。もし無理に探索を続けるようなら、従う義理は有りませんよ?」
メリュエルが、立ち上がり目の前の炎の壁を指差す。もう効果は切れかけていて、焼け残った《レッドマミー》共がその隙間から手を伸ばしてきている。
もう選択肢は一つしかない。
パーティーの大黒柱である僧侶のメリュエルが、これ以上先に進むようなら同行は出来ないと言っているのだ。多少のポーションだけで最奥までたどり着き、帰還できる程Sクラスのダンジョンは甘くない。それこそ誰を失ってもおかしくない決死行になるだろう。
血管がブチ切れそうだ……この俺様が、俺様が無様に……逃ぐぇるだとぉおお……!
「ぐぁぁぁぁぁ!!!!!! 畜生ォォォッ! 撤退だ! 後続を断て……ずらかるぞっ……!」
俺は地面に剣をもう一度たたきつけ、それを待っていたかのように、再度リオが、迫るミイラを遮る魔法を詠唱する。
「賢明な判断かと……ま、支援魔法使いならいくらでも雇えるでしょう。再挑戦ならいくらでもできる。少々癪ですが今回は帰るとしますか……」
「そうね。大して懐が痛むわけじゃ無し……パーティの名声に傷がつくかも知れないけど、命あっての物種よね」
こいつら……プライドってもんはねえのか……。
俺はぎりぎりと歯を噛みしめる。
あんのフィルシュのクソ野郎にしてやられた気分だ……居なくなってまで俺の足を引っ張りやがるのか……あの緑髪の雑魚風使いが!!
「ククク……ギャハハハハハハハァ――! 許さねえあの雑魚がッ! 今度見つけたら絶対に殺す! 待ってろ!」
俺が上げた叫びを他の奴らは怪訝そうに見ていたが知ったことか……。
わめき散らしながら俺は出口へと先陣を切り、怒りを紛らわせようと魔物どもを切り刻んでゆく。
今度顔を見たら、その頭……絶対にひねり潰してやる。
二度と面を見せるなとは言ったが、今度は逆にその面を拝むのが楽しみになって来たぜ……覚えてろぉッ――!!
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