竜人村の族長
「――まさか、そ……そんなッ!?」
「ちょっと、ラグッ!?」
「――っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然ラグの速度が増したのは、遠くから立ち上がる煙が見えたときだった。
急降下するラグに、メリュエルの恐怖の悲鳴が響きわたる。
「どういうことなんだ……これは」
少し乱暴に着地し、ラグは姿をすぐに縮めて辺りを厳しい顔で見まわした。
背中に捕まっていた僕らは、降り立ったところにある村の焼け跡に愕然とする。
「も、もう目を開けて大丈夫ですよね……?」
「う、うん……」
しがみついていたメリュエルを解放すると彼女はヘナヘナと崩れおちた。
こりゃ帰りも大変そうだけど、今はそれより……。
これは……何らかの襲撃を受けたんじゃないのか……?
「お~い、誰かいないかッ!?」
ラグが大声で叫ぶ。
すると、それに反応して、焼け残った家屋から数人の人々が姿を見せ始める。
その中の一人に彼は駆け寄っていった。
彼と同じ瑠璃色の髪や瞳の色をした、他より一回り大きな壮年の男性。
「族長! どういうことですか……何があったのです!」
「おお、ラグか……よくぞ帰って来た。そちらの方々は?」
「旅先で私の命を助けて下さった恩人です。しかしこれは……一体? 何が起こったんです、他の皆は?」
「案ずるな……ほとんどが難を逃れている。だが……」
族長と呼ばれた男は、こちらをちらりと見て手振りをした。
「場所を移そう……悪いが客人たちも着いて来ていただけるか?」
「は、はい……」
僕達はその男に従い、焼け残った家屋の一つへと入る。
内部の広い部屋に円座になると、彼は口を開いた。
「私は、ディーグル・リビュアス……この竜人村の族長を務めている」
それぞれと自己紹介を交わした後、族長はラグにたずねる。
「この村に連れて来たということは、彼らも関係者なのだな?」
「ええ、間違いありません。兄様、あれを……」
「あれって……これの事?」
「おお……《精霊の祝福》。あなたもラグと同じ《継承者》であるのか」
僕がそでをまくって出した刻印に彼は目を軽く見開くとうなずき、すぐに本題を切り出す。
「では……客人共々よく聞いてくれ。村を襲って来たのは、魔人だ。そして奴らはある事実を告げた……魔人王――あの、伝承に残る古き大悪が、復活したというのだ……」
「やはり……」
暗い顔で拳を握り締めたのはメリュエルだ。
フォルワーグさんが国に報告した事から教会関係の筋へ情報がもたらされたのか、もしかすると、僕にユニークスキルが発現した時点でこの事態は予想できていたことだったのかも知れない。
「この刻印は一体、どういうものなんですか? 」
ディーグル族長は、僕がはっきりと事情を察していないのを悟ったのか、腕に描かれた刻印に関して説明をしてくれた。
「それは《精霊の祝福》という、かつての精霊の王達が魔人王に対抗する為の鍵として、彼らにまつわる種族にもたらした秘宝だ。人間種族の君がなぜそれを……? どういうことなのだ、ラグ」
「わかりません……風の加護を受けている彼ですが、身内にエルフの一族はいないと。ですが、これを宿している以上……その役目について知っておく義務があると、そう思いこの場にお連れしたのです……」
ラグが真剣な声色で族長に意思を伝え、彼はしっかりとうなずく。
「……そうか、そうだな。では語るとしよう。我らの一族に伝わる、五百年前の魔人との大戦の話を……」
そうして、族長は竜人族に伝わる伝承をゆっくりと話し出した――。
◆
古き時代より、光と闇は共存の関係にあった……いや、共存というより、均衡を保っていたというべきだろうか。光が廃れる時、闇は興り……また逆も然りという形で、長きにわたり天秤が片方に傾くことは無かったのだ。
光を命の糧にする者達――人間や亜人などの種族は、それぞれの力は強くなかったが……互いに手を取り合いよく力を高め合った。一方で闇を糧とする者達――魔物や魔人などは個々の力は強かれど、互いに反発し合い……同種族であっても自分以外は拒絶し排除した。そんな二者だからこそ、釣り合いが取れていたのだと言えよう。
「――だが五百年前、一人の強力な魔人が現われたことで状況は一変してしまったのだ……それが、魔人王。六芒の瞳を持つ闇の化身だ」
ディーグル族長は肺の中の空気を絞り出すようなかすれた声で続ける……。
――彼のものは現れて数年で、逆らうもの全てをねじ伏せ、それまで統一の意思の無かった闇の者達を全て支配し、大地を闇に染める黒の軍勢を造りあげた。
強大な力を持って他の魔人達も次々と彼に忠誠を誓い、協調という武器を新たに手にした、魔人達の軍勢によって、世界中に死の嵐が吹き荒れたのだ……。
多くの種族が絶え、その窮地を重く見た神霊達は光の種族達にその力を分け与え、彼らもより強く団結し戦いに臨んだ。
その時先頭に立って戦ったのが四つの大種族……エルフ、ドワーフ、竜人族、不死鳥族の四つだ。彼らは自然精霊の加護を最も強く受け、その力をその身に借り受け、多くの魔人を打倒、封印していったのだ。
もちろん人族や他種族の亜人からも多くの勇者が生まれ、それを支援したが……その中でとりわけ大きな役割を果たしたのは、《封魔の聖女》と呼ばれた一人の人間の少女だった。
長き旅の末、彼女が中心となり集まった四人の《継承者》と、幾人かの他種族の勇者たちはある地に魔人王を追い詰めることに成功し……最後の戦闘が行われた。
聖女と四人の継承者はその身を犠牲にしてまで対抗したが、それでも魔人王を消滅させることは叶わず、その力を奪い大地に封じ込めることしかできなかった。
しかし、それで十分だった。王を失った魔人達はそれまでの結束が嘘のように反発し合い、残党たちが次々と個別に撃破されて大地を去ると……世界には束の間の平和を戻って来ることになった――。
……語りを終えたディーグル族長は重々しく告げる。
「だが封印は完全な物では無く……前回の失敗を糧に、奴らは狡猾にも復活の時期を見定め、永き雌伏の時を過ごしていた……。姿を現し始めたという事は、戦力が整いつつあるという証拠なのだろうな」
「それじゃ、これから世界は……」
「五百年前と同じ……いや、それ以上の騒乱に巻き込まれるだろう……。しかし、一つ聞かせてもらいたい、ネルアスの巫女よ。何故封印が解けてしまったのだ? 此度のことはネルアス神教会……人間種族の手落ちではないのか?」
彼はメリュエルを強くにらんだ。
「言い訳はできません。私も良くは存じていませんが、魔人王を封印した聖地で何かあったようなのです……よもや、封印がこれ程までに早く弱まるとは……」
対して、メリュエルは苦々しい口ぶりだった。彼女達はずっと僕らと行動を共にしていたから、あまり事情を詳しく分かっていないのだろう。
「……ですが、まだ魔王は完全には覚醒していないはずです。各種族で協力し合い、迅速に戦力を整えて立ち向かう用意をしなければなりません」
「そんなことは言われなくともわかっている! ……だから奴らもそれを見越して我らを先に潰そうと攻撃してきているのだ!」
「……うぅ」
口論が始まりそうになった時だった。アサの膝に座って大人しくしていたネリュが急に左目を押さえてむずがる。
「ネリュちゃん……どうしたの?」
「ひだりの……おめめがなんかへんなかんじする……。なにか、くるよ」
彼女は外を指差すのと同時。
――ドォォォォォォン……!!
振動で家屋が揺れ……。
(何なんだ……もしかして!?)
響き渡る大きな爆発音に僕らがその場から飛び出すと、そこには……。
「――おお、出て来たぜ巣から、ムシケラ共がよぉ」
三体の魔人の姿が、立ち昇る煙の奥に現れていた……。
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