ラグの相談
「――はぁ~……贅沢だぁ」
僕は疲れた体を湯の中につけ、ゆっくりと体をほぐしていた。
ダークエルフ邸には大きなお風呂が設置してある。さすがにリタの屋敷のものとは比べ物にならないけど、それでもその半分位はある十人位は入れそうな立派な浴槽だ。
今ここにいるのは僕だけというのがなおさら贅沢だけど……待ち合わせしているのでもう一人入りに来る予定になっている。
そう、今日はいつぞやの約束どおり、竜人の少年ラグの相談を乗って上げるつもりだったのだが……改まって場を設けると僕の方がごちゃごちゃ考えてしまう。
(先輩として、彼の負担を軽くしてあげないと。でもどんな悩み事かな? 改まって言う位だから仕事とかお金とか……もしかして恋愛とか? それは僕じゃちょっと……。いやいや聞く前から弱気になっていてどうするんだ……しっかりしろ!)
逆に悩ましくなって来た頭を抱えていると、引き戸が開いて、少年が姿が見せた。
「……失礼します、兄様」
か細い声であいさつをする彼は、なぜか湯着をまとっている。
彼はあまり人に肌を見せたくないタイプなのか、遠慮してくれているのか……いつも朝練で汗を流した後も僕と一緒に体を流したりはしない……。
竜人は体表に鱗があるから、それを見た人から何か酷いことを言われたことなどがあったりするのかもしれないし……その辺りの感性は人それぞれなのだから、僕が気にすることじゃないな。
「す、すみませんお待たせして。本来なら敬愛する兄様のお背中でも流させていただくところを……」
「いや、堅苦しくしないでいいんだってば。今日は君の話をゆっくり聞きたいだけだし……」
「は、はい、すぐ体を洗ってきます!」
彼はそう言うとこちらに背を向け、体を洗い始める。
丁度真後ろなので、良く見えないけど……ちらっと見るとまるで女の子みたいに白い肌だ。身体の部分部分に、うっすらと見える青い鱗が硝子細工みたいに光っている。
おっとだめだめ、同性とはいえ人が体を洗う所をまじまじと見るなんてあまり品がいいとは言えない。
(ふ~……)
僕は前に向き直り、目をつむって疲れを癒すことに集中する。
――ちゃぷ。
しばらく立つと、彼が隣にゆっくりと着かる音が聞こえた。
「あ、終わったかな? ま、ゆっくり話してよ……あまり長く居ると湯あたりしちゃうかもだけど……」
僕はその端正な横顔につい見入ってしまう。
青水晶みたいな瞳も、なめらかな濃い青の髪も、ととのっていて動く芸術品みたいだ。
それと湯にうつる自分の顔を見比べ、神様はやっぱり、残酷だなぁ……などと思いながら、話し出した彼の言葉に耳をかたむける。
「ありがとうございます。お聞きしたいことがいくつかありまして……まず一番大事なことを。兄様はもしかして、この国の生まれでは無いのではないですか?」
「――えっ!?」
僕はそれにぎくりとする……彼が言ったことが、図星だったからだ。
「どうして、そんなことを……?」
「実は……これを見ていただけますか」
「えっ!?」
僕は、驚いて思わず立ち上がってしまった。
左手首――湯着の袖をまくって見せた部分には、僕のものとよく似た黒い文字が刻まれていたのだ……。普段は鱗などと一緒に隠していたから、気付かなかった。
「……君にも、それがあったのか」
「ええ。我が一族の血脈にも伝わる《精霊の祝福》……これは、精霊たちとゆかりの深い四つの一族に、精霊王達が残した遺産だと言われています。この世界に住まう者達を守るために……」
「四つの一族って……僕は」
「そう……あなたは人間です。でも兄様は、《風魔法》の優れた使い手であるのでしょう? どこかでもしかしたら、エルフの一族の血が混じっているのではありませんか?」
「そんな、はずは……」
僕は……だって、父上と母上は……ッ!
『――こんな屑のようなスキルを授かりおって……! 貴様から、この国に住む資格を剥奪する。目の前から消えろ、このごくつぶしが!』
あの時の記憶が、僕の頭によみがえり激しく心臓が乱れる。
「う、ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……兄様!? 兄様っ!? 落ち着いて下さいっ!」
「ぁ……ぁぁ」
頭ががんがんと壊れそうに痛んで、僕は顔を覆ってしばらく身をちぢめ、湧き出した黒い感情にただ耐える。
しばらくして……。
「う、ぅ……?」
「大丈夫です、大丈夫ですから……」
――気づくと、ラグが抱きしめ、背中を撫でてくれていた。少しの間、頭が真っ白になっていたらしい……。
「落ち着いて、息を深く吸って下さい」
「……ごめん。迷惑をかけたみたいだ」
「いいんです……すみません、ボクが嫌なことを思い出させてしまったのですね」
布越しの暖かい体温に気持ちが安らぎ、されるがままになりながら、僕は痛む頭で何とか答えた。
「僕の血縁の近しい人に、エルフは……いないと思うんだ。だからその辺りは良く分からないや。魔人とかの復活と何か関係があるのかな……」
すると魔人と言う部分に大きく反応し、ラグが驚いて僕の肩をつかんだ。
「魔人の復活!? そ、それは真ですか!? 兄様、お願いがあります……一度我が竜人の村へとお越しくださいませんか! 族長も言っておりました。これ刻印は奴らと戦うための切り札であり、なにか変化があればすぐに戻る様にと……。ですから、すぐにでも……」
「……わかった。そうするよ。僕もこれについてはメリュエルに少し聞いただけでほとんど知らないんだ。ちゃんと知っておかなければならないことだと思うから。だから、ごめん……少し、体を離してくれる?」
「――っ!? も、ももも申し訳ありません!」
僕はそっとラグを押しのける……興奮しているせいか、のしかからんばかりの態勢で、さすがに接近しすぎていて恥ずかしい。こうして見ると、縦長の瞳孔や口から覗く尖った八重歯が特徴的なのが良く分かる。
湯着に透けそうな位赤くなると彼は、すぐに大きく体を離して湯から上がる。
「きょ、今日はなんだかボクも湯あたりしてしまいましたので、日取りは明日以降に決めましょう! そ、それでは兄様、失礼いたします!」
「あ、うん……またね」
そして声のトーンを上げ、頭をぺこぺこと下げながらぎこちない笑みを浮かべ、性急にラグは浴室から出ていった。
(ずいぶん慌ててたな……せっかくの機会なのにちゃんとした話ができなくてごめん……)
疲れた僕は後を追うこともなく……ぼんやりと彼の話について考えを巡らせると、湯あたりしない内に浴槽を抜けだした。
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